「明日の朝までに企画書書き上げますから、グループインタビューに他の企画書と一緒にかけて下さい」
僕はチーフ・プロデューサーの山本和夫さん(現・ドラマデザイン社代表取締役)に懇願していた。
グループインタビューとは、幾つかのドラマの企画書を、一般の主婦やOL(ドラマのメインターゲット)に読んでもらい、その感想を聞くという調査)のこと。
三つの企画書がこの時、出来上がっていたのだが、プロデューサーである僕にはどうしてもやりたい企画があった。
「心の病を治療する医者のドラマ」
「朝までに企画書が書けたら、グループインタビューにかけよう」と山本さんは言った。
僕はタクシーに飛び乗り、自宅に向かった。心が急いていた。自宅に着いたのが午後11時過ぎ。
ワープロの前で一心不乱に自分のやりたいドラマを書き続けた。トランス状態になっていた。企画書のデッドラインは朝の9時半。完全に時間の経つのも忘れていた。こんなに集中して何事かをするのは、後にも先にもあの時一回だった。A4用紙で15枚。
この時、書き上げた企画書が連続ドラマ「心療内科医涼子」の原型。
ギリギリ締切に間に合い、FAXで調査会社に企画書を送った。
午後1時、グループインタビューが始まる。
僕の書いた企画書も入れて、四つの企画書が出席した女性たちに配られ、調査会社の人が司会。
一つ一つの企画書に関して、いろんな側面から女性たちに話を訊く。
最後、遂に僕の書いた企画書の番だ。
企画書を読み終えた女性たちから感想・意見・ドラマ化されたら観たいかどうか、など忌憚のない意見が出始めた。
「心療内科医涼子」の企画書は概ね好評だった。
僕の横に座って、マジックミラー越しに女性たちの声に耳を傾けていたCPの山本さんが手の指で丸を作った。
この企画で行こうという合図だ。
「心療内科」が舞台になる初めてのドラマ。医療監修は「東邦大学大森病院心療内科」。
後に脚本作りの時、お世話になったのが、当時医局長をやられていた平陽一先生。
僕たちプロデューサーとドラマのディレクターは「心療内科」の話を伺いに、何度も大森病院を訪ねた。
望月涼子役、主演は室井滋さんにオファーした。
この前年、室井さんは病院ものの連続ドラマに出演されていたが、「初めて『心の病』を治療する医者」という点で企画に魅力を感じてもらい、出演を快諾して頂いた。
問題は脚本である。
例えば、天才外科医のドラマであれば、治る可能性が著しく低い病をその外科医が他の医者には出来ない見事な手術で一話一話のドラマの解決を作る事ができる。
「起承転結」の「転」がある。
しかし、「心の病」はそういった手術で治すものでは無い。
そんな時、俳優・的場浩司さんのマネージャーさんからこんな話を聞いた。
映画「誘拐」の出演者、渡哲也さん始め皆さんが脚本を絶賛しています、と。
すぐに映画を観て、僕は大阪在住の脚本家・森下直(ただし)さんに会いに行った。
待ち合わせは梅田の新阪急ホテルの喫茶ルーム。
当時、森下さんは映画「誘拐」の脚本で松竹の「城戸賞」を受賞。ABC朝日放送の「部長刑事」の脚本を書かれていた。
彼女と話していて、彼女も僕もアメリカの本格推理作家「エラリー・クィーン」が大好きだという事が分かり、その話で長時間盛り上がった。
そして、森下さんに上京してもらい、「心療内科医涼子」第一話の脚本作りが始まった。
彼女の第三稿がFAXで来た。CPの山本さんが先に読み始めた。僕も遅れて読んでいると、山本さんが指で丸を作った。
「十年に一回出会えるかどうかの素晴らしい脚本だよ!」と。
ここからは僕の勝手な想像だが、「心の病の治療」は「心の中にある謎を解きほぐすこと」。
それは森下直さんが「エラリー・クィーン」を好きだったという事とどこかで繋がるのかも知れない。
さらに、制作会社ノアズのプロデューサー佐藤丈さん、演出の国本雅広さん始め、キャスト・スタッフの皆さんのお陰で「心療内科医涼子」は他では作れないドラマになったと思う。
残念なのは、本放送(1997年10月〜12月)が終わって、未だ一度の再放送もDVD化もされていないという事。
ストレス過多、メンタルヘルスがとっても重要視されている今の世の中、見直されても良いドラマだと思う。自画自賛ではありません。
以下、各話のサブタイトルとゲストを書いておこう。
第一話
「盗食する女」
麻生祐未、藤田朋子
第二話
「虚言する女」
篠原涼子
第三話
「良い子は母を殴る」
榎本加奈子
第四話
「買い物しすぎる女」
斉藤由貴
第五話
「顔を変え続ける女」
菊池麻衣子
第六話
「嫁VS姑 心理戦争」
羽野晶紀
第七話
「水を飲み続ける少女」
奥菜恵
第八話
「トラブルメーカー」
松嶋菜々子
第九話
「首が回らない女優」
手塚理美
第十話
「子供を投げる母」
田中律子
こうして、書いてみるとゲストに出てくださった方々は主演級の女優さんだった。
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