教育基本法;
第9条(宗教教育)宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会 生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。 ② 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗 教的活動をしてはならない。
第10条(教育行政)教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接 に責任を負って行われるべきものである。 ② 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。
第11条(補則)この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。
以上、教育基本法は前文と11の条項からなっています。
この法律は古くなって、実情と合わないから、新しい基本法を制定するというようですが、どこが古いのでしょうか、どこが現実と合わないのでしょうか。
合わないのは、あわせないように意識的にやってきた政権中枢が、自民党が例によって、既成事実をつくり、積み重ねてきた結果、そのようになったというだけでしょう。 理想に近付こうとしないで、理想に現実を少しでも近づけようとしないで、きつく言えば、理想を理想だとして少しずつ破壊してきたのが現状でしょう。
「教育の力」によって、「世界の平和と人類の福祉に貢献」していこうと決意し、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期そう」とスタートしたのに、目指そうとしている世界平和主義、平和のグローバリズムが、いつの間にか矮小なナショナリズムによって時の権力者に都合のいいように改正(改悪)されようとしている。
昨日の続きとなりますが、国旗国歌法が国会で審議されていたとき、政府は何といっていたか、「強制することはしない」とはっきりと公言していました。
しかし、一旦法律が制定されてしまうと、法律を都合よく利用しようという輩が出てきます。制定当時どんなことが議論され、付帯決議等がついたとしても、そういうことは無視され、権力者に都合のいいように解釈されます。指導という名の強制がまかり通ります。
日の丸については、法律があるということで、根拠にされて、学習指導要領に組み込まれ、末端まで指導が徹底され、反対するものは単に排除されるだけではなく、処罰までされる。
愛国心の評価については、時の小泉首相は「その必要はない」と明言しましたが、安倍首相はどうか。「子どもの内面を調べ、国を愛する心情を持っているかどうかで評価するものではない」とは述べてはいるものの、「歴史や伝統を調べたりする態度を評価する」と答えているようです。
小泉よりも安倍の方がはっきり言って、踏み込んでいる。信用できるわけがない。100歩譲って安倍としてはそうだとしても、周囲が、取り巻きが黙ってはいないでしょう。積極的にお先棒を担ごうとするはずです。
何が許せないかといえば、本人が本当の意味での愛国者ではないくせに、米国の僕(しもべ)、ポチ、奴隷にして、売国奴であるのに、国民に、子どもたちに愛国ということを言うことが許せない。
安倍の言っていること、やっていることに愛国心を感じますか。
愛国心を説くものほど愛国者ではない!ということが当てはまります。 いくらアメリカのために「パトリオット」を配備しても、日本のための愛国者にはなれません、アメリカのための愛国者ではあるのかもしれませんが。
北朝鮮がアメリカに向けて発射したミサイルを日本が打ち落とすんだって???どこまでアメリカの奴隷となれば気がすむのか。
アメリカのためには、ご主人様のためには、どんな無理難題でもやってやろう、気に入られようという態度こそ、正に彼らが教科書や憲法を守ろうとしている勢力に対して異口同音に浴びせる『自虐』そのものではないですか。
ミサイル防衛システム(MDシステム)は、不完全極まりないもので、軍需産業を肥え太らせるためだけのものとアメリカでもいわれているというではありませんか。
防衛庁を「防衛省」にまで格上げして、アメリカに取り入ろうとする。日本軍をアメリカ軍の傘下に置こうとしている。これが売国行為でなくてなんていうのでしょうか。
過激なことを?一杯書いてきました。これでも足りませんが、この辺で止めておきます。読んで不愉快になった人もいるかもしれません。
でもこのままいったら本当に日本はダメになってしまうという愛国の情からの発言です。(笑われるかもしれませんが)