京都八幡高校レスリング部・京都八幡ジュニアレスリングクラブを指導する監督・浅井 努の日記

剛毅果敢(ごうきかかん)をキャッチフレーズに全国優勝を目指す。

祝卒業・森垣 心

2012-03-04 | 高校生レスリング
京都八幡では本年度、中村弦斗と森垣心の2名が巣立っていきました。
昨日3日は小中高の選手、保護者、指導者で送別試合と送る会を開催し送ることができました。

今日は森垣心について語ります。
心は、小学時代から地元橋本クラブで少年野球に取り組み、中学時代はもちろん野球部。
特に男山三中時代の3年時には「4番・ファースト」で活躍し、夏の京都府大会で優勝しました。
府大会優勝後、残念ながら近畿大会で敗れ、全国大会には出場できませんでしたが、
野球関係者からは「かなりバッティングが上手い」ということを聞きました。
当然、数校の高校野球部からスカウトも来ていましたが、夏の野球大会が終了後、9月からレスリングへ転向。
レスリングへの転向のきっかけは、原子紫文の声かけです。
OBの原子紫文も小学時代、地元橋本クラブで少年野球に取り組み、津田豊史、森垣心と一緒に練習。
ようは、少年野球で一緒のチームに所属し、先輩・後輩の間柄でした。
夏季休業中に、原子紫文が森垣に「レスリングは階級制で体重を活かせる」などと口説いてくれ、
8月に初めて練習に来た時のことを、いまでも鮮明に覚えています。
この時から体重が120㎏以上ありましたが、ただのデブと違い、デブの割には足が速く、身のこなしも良く、
身体能力が高い選手というのが第一印象です。
こういう経緯で入学し、1年では北村公平、山原翔一、2年では山原健太、池田智、3年では私と一緒に練習し力をつけました。
朝のランニングでは、日常130㎏あった選手だったので、長距離走は一切せずに、
正門前の坂道ダッシュや50メートル走など、かなり徹底してダッシュさせましたが、よくついてきました。

また、学習・生活面でとても苦労しました。
毎年3月の進級がかかる時期には冷や冷やもので、よく進級し卒業までたどり着きました。
これは、担任の先生はじめ、多くの教科担当の力添え・サポートのおかげであり、卒業できました。
感謝の気持ちでいっぱいです。

卒業後は、大相撲へ転向します。
高校在学時、日常の体重がすでに130㎏あり、試合に出場するたびに10㎏近く減量していました。
いくら120㎏級であっても、軽量級に比べ落としやすいといっても、やはり毎試合10㎏の減量は厳しいです。
レスリングに以前のように130㎏級があれば話しは違ってきますが、この先、さらに筋力・体力がついて大きくなります。
これだけが転向理由ではありませんが、
減量が伴うレスリングから、減量とは無縁の大相撲に転向し、自分の身体を活かし、勝負する道を決めました。
相撲を覚えて、力士の身体になるには時間がかかります。焦らず、弱音をはかず、しっかり稽古を積んでいって欲しいです。
「何年かかってもいいから、関取になってこい」とエールを送ります。