Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

レラシ#ファソレソラ (Repeat)

2011年06月02日 | CD・DVD・カセット・レコード
 朝、なんとなくバロックの名曲集が聞きたくなった。中学生だった頃、皆川達夫先生や服部幸三先生が解説をしていたバロック音楽の番組が、FM-NHKで朝6時くらいからオン・エアーされていたからだろうが、不思議とバロック音楽には「朝」が似合うのである。(ある時期、わが家でも朝はテレビではなく、この番組が流れていた時期があった。なんだか、洋館に住んでいそうな家みたいだな。)
 そんなバロック音楽のCDの中で、パッヘルベルのカノンだけは「朝」ではなく、「名曲喫茶」がイメージできる。薄暗いクラシック喫茶ではよくこの曲がかかっていたからかもしれないし、最後に通った中野の名曲喫茶「クラシック」ではよくこの曲が流れていた。私も何度か、リクエストをするための薄汚れた小さな黒板にチョークでこの曲を書いた。
 家では決してきかないのに、なぜか名曲喫茶で聞きたくなる曲だった。最初から最後まで繰り返されるレラシ#ファソレソラ の低音部の進行が心地よかった。これだけでグルグルまわったらガムランみたいだと思った。中野の「クラシック」がなくなってしまってから、ぼくはこの曲のことをすっかり忘れてしまっていた。久しぶりに、今日は朝から夜までレラシ#ファソレソラ が鳴り続けて、まだ終止線が訪れないのである。ただ、「クラシック」で聞いたカノンのレコードの方がゆっくり朗々と演奏していたせいか、ぼくには、ちょっぴり急ぎ足のCDの演奏には違和感があったけれど。

タイミング悪し

2011年04月26日 | CD・DVD・カセット・レコード
 昨晩、帰宅してスーちゃんの録音された最後のメッセージを聞いて、なんとも言えない悲しさと脱力感に襲われた。
 ちょうど昨日、Amazonに頼んでいたYIRUMAのCDが届いた。正直なところ、聞かなきゃよかったと思う。彼のピアノがあまりにも切なく聞こえて、哀しみが数倍になってしまう。なんてタイミングが悪いんだろう。
 一度、聞いてしまうともう手離すことができなくなってしまう哀しみの魔力にとりつかれて、ぼくは朝からピアノの響きの中で耳をすます。もうこうなったらすべてに身を任せて、いろいろなことを思い出して、涙を流して、また明日から元気になることに決める。

サマータイム・ブルース

2011年04月21日 | CD・DVD・カセット・レコード
 福島の原子力発電所で起きた事故後、RCサクセションの《サマータイム・ブルース》が売れ始めたらしい。この数週間に、私も何度かこの曲を聞きなおしたが、《サマータイム・ブルース》は、20年以上前に忌野清志郎が原子力発電所の意義を社会に問うた作品である。私は最近、ラジオをすっかり聴かなくなってしまったが、この曲は今、オンエアーされる(できる)のだろうか?
 ぼくはブログの中で原発の存在意義について論じるつもりは毛頭ない。ただ今の若い人たちに、社会に対して「歌」でメッセージを発した忌野清志郎の存在は知ってもらいたいし、だからこそ、原子力発電所の存在意義について問うたこの歌だけに注目するのでなく、この曲が収録された社会に対するメッセージソング集である『カバーズ』の収録曲をすべて聴いてもらいたいと思うのだ。
 以前、『カバーズ』について書いたブログの文章があるので興味のある方はこちらへ。

ジョン・レノン命日

2010年12月08日 | CD・DVD・カセット・レコード

 1941年12月8日は真珠湾攻撃の日、そして、その39年後の1980年12月8日はジョン・レノンの命日である。とういうことで、真珠湾攻撃は歴史の一幕として忘れてはならないが、私にとって重要なのは、やはりジョン・レノンの命日としての12月8日である。
 1ヶ月前、突然、アマゾンからジョン・レノンボックスが届いた。もちろんプレゼントなんかではなく、自分で購入のクリックをした(ちゃんと調べたらそうだった)から届いたのであって、間違いではない。
 実は発売前に、このボックスを予約しようかどうかかなり悩んだのである。だってすべてのCDは持っているわけだし。しかし紙ジャケにもひかれたし、このCDにしか入らない特典にも心が揺れた。きっとそんな朦朧とした状態の中、ぼくは予約のクリックしたのだろう。もちろん、これが今、私のものになったことはたいへんに喜ばしい。
 しかし、ぼくはあまりにももったいなくて、封が切れないのである。きっとこれは、以前購入したCD20枚紙ジャケのキャンディーズ・タイムカプセル(完全限定盤)と同じ運命をたどることになるだろう。とにかく持っていることで安心してしまうというCDボックス。昔は一枚買うのも清水の舞台から飛び降りるような思いだったのが、今はなんだか大人買い。どんなもんかね、と思いつつも、やっぱりジョン・レノンボックスを眺めてニッコリするのであった。


「添田唖蝉坊は生きている」

2010年05月28日 | CD・DVD・カセット・レコード
 最近購入したCDのうちの一枚。1973年にレコードで発売されたもののCD復刻である。添田唖蝉坊は、日本のポピュラー音楽史の中では、その創世記に登場するシンガーソングライターである。いわゆる明治時代から歌われるようになった「演歌」の演歌師。息子の添田知道は、父親の仕事を継承するだけなく、多くの評論を書いたので、唖蝉坊のことも多くの記録が残っている。
 この「演歌」が現代によみがえったのは、実は1960年代後半のフォークシンガーたちによるところが大きい。こうした音楽を「発見」し、そのままの歌詞を歌ったり、1960年代の世相にあわせて替え歌にしたりと、さまざまな形でよみがえった。唖蝉坊は若くして日本社会党にかかわり、「演歌」が社会主義思想の宣伝歌となっていったことを考えると、1960年代後半のフォーク歌手たちがとりあげたのもわかるような気がする。
 高田渡もそんな「演歌」復興の立役者の一人である。高田渡は唖蝉坊の詩を使って、アメリカ民謡に乗せたり、自ら作曲して歌った。高校時代からぼくは高田渡の歌を、唖蝉坊の歌と知らずに聞いていたのだが、不思議と世相を歌う内容というのは、今にもぴったりだ。今《のんき節》の最初の歌詞を聞いて、なるほどと思うのである。
 学校の先生は えらいもんじゃそうな
 えらいからなんでも 教えるそうな

Aftertones

2010年02月01日 | CD・DVD・カセット・レコード
 十数年ぶりに突然ジャニス・イアンが聞きたくなって、レコードでしか持っていなかったAftertonesをアマゾンで買おうとしたのだが、どうも日本盤は絶版になっているようで、中古を注文した。送料を入れても数百円で手に入れられた。すでに21世紀には完全に忘れ去られて、買う人もいなくなってしまったのだろう。
 このアルバムの中でとりわけ好きだったのは、《Aftertones》,《Love Is Blind》,《Hymn》だった。だいたいHymnなんて音楽用語の意味は、この曲から学んだようなものである。《Love Is Blind》は多くの歌手のカバーを聞いたが、やはりジャニス・イアンが歌っているように、「ラブ・イズ」ではなく、「ラビス」と縮めて発音しない歌手の歌はなんとなく物足りなく聞こえたことを思い出す。
 年齢のせいなんだろうか、最近は高校時代に聞いた曲が無性に聞きたくなるのである。「そんなことではいけない!過去を振り返ってどうするんだ」と、ノスタルジー傾向になりがちな自分を振り払って、このところTSUTAYAで青山テルマや中島美嘉のCDを借りては、ウォークマンに入れている自分がいるのであった。どちらも今の自分の姿である。

バリ島における1928年録音 Vol. 1

2009年11月07日 | CD・DVD・カセット・レコード
 バリのガムランのまとまった初期録音としてよく知られているのが、1928年のバリ各地のさまざまなガムランの商業用の録音である。この選曲にはワルター・シュピースが関わっており、当時、ひじょうによく知られた村々の録音が収録された貴重な録音である。このごく一部はすでにCD化されているが、今度、これがまとまってCD5枚としてリリースされるという。そして、その1枚目が出たばかりである。
 最初のCDはゴング・クビャルの録音で、バドゥンのブラルアン集落、タバナンのパンクン村、ブレレン西部のブスン・ビユ村の三村落の演奏が収録されている。1928年の録音だから、ノイズカットをしたとはいえ、そこには限界があり、良質な音であるとは言いがたいが、ガムラン愛好家、研究者には貴重な録音であることはいうまでもない。
 個人的には、自分が勉強していたタバナン県の、パンクン村の録音にたいへん興味を持った。現在、ゴング・クビャルは20世紀につくられた楽器であるにもかかわらず、パンクン村では神聖な楽器として扱われて、儀礼時以外にに人々の前で演奏に用いられることはない。ここで演奏されているGending Longgorとは、北部のlonggoran(ロンゴラン=音楽様式名)と関わっているのだろうか?
 一枚のCDからさまざまな興味が湧き出てくる。このCDは輸入版であるが、日本で発売されているものには星川京児さんによるライナーノーツの翻訳が付されている。バリ・ガムランマニアの方にお勧め。(すでに私の友人二人は購入しました。)

RCサクセション「カバーズ」

2009年08月11日 | CD・DVD・カセット・レコード
 先日、山形にワヤンに行ったとき、運転してくれた知人の車の中でかかっていたCDの一枚が、発売禁止になったことのあるRCサクセション「カバーズ」だった。確か、相当昔にこのCDを買って、当時はこの反核、平和、反体制を訴えた過激な歌詞に感動して相当に聞きまくったのだが、清志郎が亡くなったとき、やっぱり最初に頭に浮かんだのは《トランジスタ・ラジオ》と《雨上がりの夜空に》の2曲で、いつの間にか「カバーズ」の過激な歌詞は、私の記憶から消えてしまっていた。沖縄に戻って「カバーズ」を探したのだが、誰かに貸してしまって返ってこなかったのだろうか、どうしても見つからずにタワレコで購入した。
 あらためてこのカバーCDを聞いてみると、よくぞここまで替え歌にしてしまったものだと感心するのである。個人的には、「ラブ・ミー・テンダー」を「何いってんだー」「何やってんだー」と歌ったプレスリーの名曲《ラブ・ミー・テンダー》、そして、「ぼくらは薄着で笑っちゃう」という最後のメッセージの意味がよくわからなかった(今は解決してます)レノンの《イマジン》がお気に入り。ちょっと残念なのは、ストーンズの《黒くぬれ!》に、ブライアン・ジョーンズが弾いていたシタールの音が使われていないことだろうか。
 今聞いても歌詞が過激すぎて、現在も公共メディアで流れるチャンスは少ないために、なかなか若者の耳に届くことはないだろうが、そうでなくても、「反核・反戦ソング」なんて、今の若者はきっと歴史的歌謡としか捉えないだろう。オバマ大統領の核兵器廃絶に関する発言が日本のメディアで大きく取り上げられているのを期に、この「カバーズ」にもまた陽が当ればいい。現在にも通じるさまざまな問題を明確な歌詞で包み隠さず表現しているわけだし。このCDを聞くと清志郎はものすごいミュージシャンだったのだと改めて思うのである。


暑い時には山下達郎で

2009年08月01日 | CD・DVD・カセット・レコード
 朝起きるとすでに暑い沖縄。夜寝るとき以外は絶対にクーラーを使わないわが家では、まず部屋の窓を全開し、あまり期待できないながらも「風」をウェルカム。風鈴を吊るすという私のゼミ学生が実践する方法も悪くはないが、戸を開けると100匹以上のクマゼミが狂ったように絶叫しているため、この泣き(鳴き)声と風鈴の響きはもう想像を超えたハイブリッド・サウンドを出す可能性があるために、怖さのあまり風鈴は部屋の中で身動きができぬように繋がれている。
 しかし暑いのだ。体感的な暑さをしのげぬならば、「精神的なる涼」を風鈴以外で求めなくてはならない。そうだ。音楽である。CDケースの引き出しを一つ一つひっぱり出しては中身を眺めているうちに、目に入ったCDが山下達郎のFor Youである。これはいい。なんといっても鈴木英人のジャケットデザインが「いい感じ」でアメリカの西海岸あたりを彷彿させる夏が表現され(行ったことないんだけど)、なんだかバイクやオープンカーで先が見えないくらい長く続く舗装道路をぶっとばしているあの空気を感じるぞ。
 私はこのレコードが発売された1982年、つまり大学に入学した年にFor Youを購入し、それが縁というわけではないが、翌年には250ccのオフロード・バイクを乗りまわすようになり、当時はカセットウォークマンで山下達郎を聞きながら、都内をぶっとばしていたのだった。オフロード用のヘルメットをかぶると、小型のイヤフォーンがヘルメットで圧迫されて相当に耳が痛いのであるが、そんなことにはめげなかった「ちょい悪な少年」だったのである。やっぱり山下達郎のFor Youは夏の暑さをぶっとばしてくれるんや!
 このCD、実は沖縄に赴任して最初に那覇で購入したCDで、なぜか引っ越したばかりのまだモノがほとんど置かれていない部屋で一日中よくかけていた。やっぱり沖縄の4月がもうまぶしくて山下達郎が突然聞きたくなったのか、それともあの大きなお気に入りのバイクを東京で廃車にしてきてしまった悲しさだったのか。そんなことを思って久しぶりにCDを聞いてみると、やっぱり暑さなんかすっかり忘れてしまっている自分がいる。


武満徹編《ゴールデン・スランバー》

2009年07月01日 | CD・DVD・カセット・レコード
 中学生の頃に買ったビートルズのレコードは、国内盤よりはるかに安く買うことのできた輸入盤だったために歌詞を調べようとするのがたいへんだった。輸入盤には歌詞が入っていないために英語を日本語に訳すことはできず、日本盤のレコードを持っている友人を見つけては、学校へは持参禁止のレコードを隠し持ってきてもらい、先生に見つからないように音楽室で歌詞と訳詞をノートに写したものだった。
 そんな歌の中に《ゴールデン・スランバー》がある。旋律があまりにも美しく、まるでロックとはいえないような編曲に魅了された十代前半の私は、なんとかこの歌詞を手に入れようとしたが簡単ではなかった。何年かしてやっと日本盤の歌詞カードを見たとき、あまりにも悲しい歌詞に愕然としたものだった。
 《ゴールデン・スランバー》はその最初の二行で、懐かしい故郷、懐かしい家へと続く道はもう存在しないと明言しているのだ。やさしい旋律は過去を振り返らせてはくれない。子ども心にはその甘く切ない旋律が、まるで過去への憧憬を物語っているように思えたのに・・・。それから僕は、なんとなくこの曲を避けるようになった。僕にとっての「金のまどろみ」はそんな悲しいものではないから。
 武満徹のピアノ作品にビートルズの作品を編曲した《ゴールデン・スランバー》がある。ピアノの曲なので当然そこには歌詞はない。このピアノ作品を聴くたびに僕は思うのだ。歌詞がなくなったとき、私は始めて自由にその音楽からさまざまな想像をめぐらすことができる。そのとき私は自身の「金のまどろみ」の中で、武満のピアノ作品が醸し出す透明な響きを通して、この曲の歌詞を写したあの頃の自分を見つめている。懐かしい故郷、懐かしい家へと続く道は、この曲の中に長く長く続いているのだ。
(写真のCDは高橋アキ「”ゴールデン・スランバー”Best of Hyper Music and Lenon & McCartony」)