♪あなたに逢いたくて

眠れない夜は、旅の思い出や、私の想いを綴ります。

友達

2007年12月23日 | 3-9のゆかいな仲間たち
「友達の詩」最近この歌が好きだ~
紅白もあんまり魅力がないけれど彼女が出てくる時は見ようかな?

で、この歌は彼、いや彼女が15歳の時に作ったそうだ。
すっごいよね~
15歳の時に彼女がどんな思いで作ったかって思ったら
せつなくて涙がでそうである~


友達の詩 by中村 中


で、友達といえば年明け早々に高校の同窓会がある。
結構私のクラスは年に数回集まるので、単なるいつもの飲み会のつもりが

あとから「同期が集まっていたよ」って聞くのもねぇ~
参加不参加、行きたいどうでもいい
に関わらず連絡つく同期の人にはお声かけよう

ということで、みんながそれぞれ声かけあって
せっかくの機会だから会いたい子にも連絡しようと実家に電話してくれたり
わざわざおうちや会える場所まで行って声かけてくれたり
ありがたいことに思ったよりたくさん集まってくれるようだ。

まぁなかなかギリギリまで出欠がわからないし
たくさんの人数になると場所探しもたいへんだったようで
ほんとお世話下さった方には頭が下がります。
ありがとうね~

何かみんなで楽しめる企画をって相談されましたが
数人に聞くと、やっぱり久しぶりの人たちと懐かしんで話していると
きっと時間なんてあっという間だということで
今回はしっかり呑んでくっちゃべって下され~
みんなが楽しんで下さるといいな~


って書いてる横で息子が年賀状を一生懸命書いている。
♪友達100人できるかな?どころか
ありがたいことに娘も年々枚数が増え100枚以上、
ふぅふぅ言いながら書いていた。

私がいまだに学生時代の友達が、一番大事なように
子供たちも友達を大事にしてほしい。
いっぱいじゃなくてもいい。
大切な人が何人かそばにいてくれたら。
母は一番の幸せである






痛恨のミス

2007年12月22日 | 私の想い
あ~やってもた
今、年賀状刷りながら 間違いに気づいた
しかし、もぅ300枚ほどは私の手から巣立ってしまってるのである

例年は年末までモタモタしているのに
今年に限りもぅすでに出してしまっていたのであった。
なぜならとうとう表書きをパソコンでしてしまった
やり出すとこんな楽なものはないと
ついつい 私の長年の「住所とお名前は手書き」というポリシーを
あっさり捨ててしまったのである。

そこで年賀状の神様が私にそっぽむいたのか…
気づかないままいれば 今年はまぁまぁの出来と満足していたのに~
あ~あ気づいてしまった
一気にテンションダウン

まぁ仕方ない。
手書きじゃなくても間違いありでも

「私にとっては大切な人のもとへ
一年で 一番初めに届けられるプレゼント」
(郵便局のメッセです)
どうぞ今年もお楽しみに
どうぞ痛恨のミスを見逃してくだされ~
って探さないでね
来年の波乱な一年を予測するような出来事でした。
来年はちょっとチャレンジの年になりそうです。

クリスマスまで

2007年12月04日 | 好きな歌
♪も~ういくつ寝ると~
いくつになっても・・・ってあんたいくつやねんってつっこまれそうですが
クリスマスって楽しみです。

♪クリスマスキャロルが流れる頃には・・・なんの曲やったやろ?
♪恋人がサンタクロース~♪ロッジで待つクリスマス~
♪さようならを~決めたことは~けっしてあなたのせいじゃない~
サイレント・イヴね。
職場のクリスマス会の出し物のハンドベルで
♪きよしこの夜も、練習しちゃってます。
クリスマスソングって聴くだけで
せつなくもなるけれど
なんだかとっても((o(^∇^)o))わくわくしちゃうわ~



今年はちょっとしたイベントがあるかもo((=゜ェ^=))o''ワクワク♪
それまでに大掃除と年賀状書きやんなくちゃ
がんばろっと(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!

どうやら恋してる娘に贈ります↓
娘の想いが通じますように・・・ついでに私も(≧m≦)ぷっ!


クリスマスの夜 by松田聖子

嫁がんばる

2007年12月03日 | 私の想い
だんなのお義父さんの二十年の法事がありました。
嫁にきて数年、嫁に来る前からもすっごくかわいがってもらっていて
大好きだったお義父さん。

だんなが今でも言います。
なんで私と結婚したのか・・・
「おやじがおまえを気に入ったから。」
(〃^∇^)o_彡☆あははははっ
私も言ってやる。
「お義父さんが好きだったから。
うちの実家に近かったから。」
ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆

嫁にきてすぐ病気で亡くなって、とっても寂しかったけれど
唯一親孝行したなと思うのは
初孫を抱かせてあげたこと。
生まれてすぐお義父さんちに数週間お世話になっていたので、
娘はおじいちゃんに毎日お風呂にいれてもらっていました。
祭りに生まれたての娘を抱いて、ハッピ姿で写真を撮ったこと。

入院する前に、娘を抱かせてと言って会いにきました。
その時はまた戻ってくると信じていましたが
それが娘とのお別れになりました。
娘は2ヶ月ぐらいだったと思う。
今でもそのお義父さんのまなざし忘れることはありません。

法事の後の食事の席で
親戚のおばちゃん達にちょっと酔っ払っただんなが
「俺(孫をおやじに抱かせることができて)
ほんまええ仕事したやろ」とちょっと自慢げに言っていました。
おばちゃん達に
「それほめたろうって思ったのに自分で言うな~(⌒▽⌒)アハハ!」
って言われてましたが(^▽^;)

親戚多くて、親戚の家系図を書いてもらって一生懸命覚えました。
いろんなことも教えてもらいながらここまできました。
20年前は、お声かけるのも恐れ多い親戚のおっちゃん、おばちゃん達も
今じゃ
「いくつになったんや?○○歳か?←かなり若く言われる」
お義父さんの孫と間違われ(^^;)
「なんでやねん、嫁やわ~(⌒▽⌒)アハハ!」
と冗談かわせるっていうか、もう宴会のノリです。

娘や息子も、近所で会えばあいさつし、声かけてもらい
ほんと地域で、まわりの人たちに見守られながら育ってきたって感じです。

お義父さんはこの世にいなくとも
いつも見守ってくれていて
だんな、娘、息子には脈々とその血がつながり
そしてお義父さんにつながる親戚の方達に
お義父さん以上にかわいがってもらって
生きてきたんだ~って改めて感じました。

ありがとうございます

あっそれと娘が意外にできる
お茶だしやら、法事の後のお供を分けたり(体育会系は動作が機敏だ)
食事の席での接待(すすめられたら、呑みそうな勢い
しっかり私の後を継いでもらおう。
ちょっと楽しみである。