♪あなたに逢いたくて

眠れない夜は、旅の思い出や、私の想いを綴ります。

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エヴェリン・グレニーさん

2012年07月30日 | 聴覚障害

彼女は、聴覚障害ですが、サウンド・クリエーターであり、マリンバ、各種パーカッションを
演奏します。
ロンドンオリンピックで演奏されていたそう。
グラミー賞を2度受賞!

彼女の公式サイトは、
http://www.evelyn.co.uk/

壁に手や体をあてて、ティンパニーからの振動で壁がふるえる時、
体のどこがどうふるえるかで、音程を覚えていったそうです。

すごいっ!

エヴェリン・グレニーさんは
「人は死ぬまで音に囲まれている。生活のあらゆるところに音楽が
あふれている。それは五感を使って、ときに第六感を使って、感じ、創造する
ことができる音楽なんだ。耳から聞こえてくるものだけが音楽じゃないんだ」と。

聴覚障害の娘の友達が 世界ろう者サッカー選手権の時に言ってた。

「聞くこと以外はなんでもできる。才能は有限!努力は無限!」


あきらめないということを私たちは彼女達から教えられた。
そして忘れてはならないのは、人一倍努力をしているということ。
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恩師

2010年08月12日 | 聴覚障害
人との出会いほど大切な宝はない。

子どもたちにとって、大事な時期、たくさんのいい先生に出会えた。

娘も息子も学んだ中学の先生。
娘にハンドボールをすすめてくれた先生。
娘にハンドボールを教えてくれ全国大会優勝へと導いてくれた先生。
そして聴覚障害があり、ちっちゃな娘を見つけて下さり インターハイへと導いてくれた先生。

そして8年間、娘、息子が小学校時代にお世話になった先生がいる。

聴覚障害がある娘が、聾学校か地域の小学校かとの選択に悩み、あえて地域の小学校に進学し
コミュ二ケーションがとれるか、お友達ができるか不安でいっぱいだった小学1年生

担任だったK先生が、障害があっても当たり前に、娘を大きく包み込んでくれた。
娘だけでなく、親である私も、先生にたくさん助けてもらった。
その後中学、高校、大学、社会と 健常者の中で、普通に過ごす大事な一歩を この時ふみ出せたと今でも思う。

毎年年賀状だけは送らせていただいているのだが 
そのK先生から、息子さんが亡くなったとの喪中のハガキが届いた。

まだ若かったし、子どもさんも小さかったと聞いていた。
どうお返事していいか、わからず、ずるずると月日が流れ、
それでもどんな思いでK先生が過ごされているかと思うと胸が痛くなった。

で、先日、何度も涙をぬぐいながらお手紙を書き、お盆に間に合うようにお供えを送らせていただいた。
いつもは仕事でいないのに、今日先生からお電話があった。

声を聞くなり、泣きそうになった。
うちの子たちの近況も話す。
うちの子たちの様子に、元気が出るとおっしゃって下さる。
もう途中から、涙あふれ、言葉にならない。

「先生、香那、デフサッカーのドキュメンタリー映画に少し出るんですよ~。
是非大阪でやる時、見に来て下さいね~。
フットサルの全国大会出てはった、お婿さんにも言っといて下さいね~」

しっかり宣伝は忘れない。

お元気そうでよかったです。
また近々お会いしましょう。
お身体にお気をつけて下さいね。

先生と出会えて ほんとうに感謝です。
ありがとうございました。



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今頃?今年もよろしくです(^▽^;)

2010年02月15日 | 聴覚障害
↑昨日はバレンタインデー仕事遅くに帰ってきたら
チョコ持ってきたくれたついでにそのままサッカー見てた弟夫婦がいて
みんなで見ていると異様に盛り上がるが
稲本はよかったけれど、日本のサッカーはどうなるんやろ~となげきながら
急いで作ったチョコレートケーキ
調理師の弟嫁が、「そんな速くできるん?」感心するほど(笑)
「形は悪いが愛情いっぱい…のつもり。勘弁して
と、だんながもらったおいしいチョコを食べながらつぶやいた。

 さて今朝、要約筆記に行くのに、脱線の復旧工事のため電車が運休し
さらにかなり遅れ
その後の快速に人が集中したため 超満員で ほんと苦しかった
だんなや世間の電車通勤の人はこんな思いをして働いているのかなと
改めてありがたさが増す

また何が起こっているのか 情報がなければわからない。
まして放送だけなら聴覚障害のある人は全くわからず せめて書いて示すとか
電車内の次はどこと示す電光掲示板に表示することは無理なのか
あと携帯とか情報を得ることはできないのか…
満員電車の中 ほとんど自分では立ってられず
誰かに身をゆだねながら放心状態でつくづく考えた。

 娘はあいかわらず元気で体力作りにジムに通い始めた。
手話サークルからデフリンピックの講演会の依頼まであり
写真のスライドショーをするのやら
携帯では満足いかずテレビ電話をするのやらで
新しいパソコンがいるとかで 母はいつまでも重たいのを使っているにもかかわらず
即決で買っている
まぁこの娘のおかげで今年早々うれしいニュースがあったのだが
その話は次回に…

今年もはや二ヶ月近く過ぎようとしているところ
遅ればせながら皆さん今年もよろしくお願いします。
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最後のあいさつ

2009年05月16日 | 聴覚障害
聴覚障害の子がいてたいへんやね。時々言われます。
私はむしろ子供たちのおかげで、おこること、出会い
こうしてPTAのお役をさせていただいたこと。
私の人生にとってとても有意義でありがたく誇りに思います。

子供が卒業してこちらに来ることもなくなり寂しい気持ちもありますが、
卒業しても保護者同士の交流を深めるため
一年に一度、11月のボランティアの清掃の時
みんなに集まろうと声かけています。

みなさんもPTA活動、今しか経験できない貴重な時間どうぞ楽しんでください。
どうもありがとうございました。

というような事を平成20年度PTAの総会の会長挨拶で話したと思います。
途中で、この3年間のことがよみがえり言葉につまりました。

3月に先生や役員さんたちとお別れ会やって、花束までもらって
もう終わった気でいましたが、そうでした。総会までが私のお役でした。

今日でほんとに終わり~

結果がすべてじゃないけれど
先生方のおかげや、子供たちのがんばりでほとんどの子達は志望校
希望企業、公務員に合格し、府教育委員会表彰を受け新聞に載った子もいる。
親としては、子供が自らの道を自分で選択し、この高校から卒業できたことは
うれしい旅立ちであり、学校、先生方に感謝でいっぱいでした。

これからもいろいろなことがあるだろうけれど、
たぶんこれからの方がしんどいだろうけれど
ここで学んだこと、出会いを忘れずにと思いました。

ありがとうございました。





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成人式

2009年01月16日 | 聴覚障害
前回に続きお昼にやってるドラマ TBS「愛の劇場 ラブレター」

美波ちゃんの姿に子供の姿を重ねあわせ、毎日ビデオ録って見ています。


昨日の「ラブレター」中で
おじいちゃんと美波との会話

おじいちゃん
「ごめんな、じいちゃん、昔
美波の耳が聞こえんのは
『神さまからの贈り物』
と思うとると言ったが、
『神さまからの贈り物』なんかやないな。
こんなけ、美波を苦しめてんねんから。
できることなら代わってやりたいわ。」

美波
「やっぱり『神さまからの贈り物』
だよ。」
「だってこのおかげで、おじいちゃんと出会えたんだもん。」

このシーンに号泣でした

同じく何度も代わってやりたいと思った娘が先日無事成人式を迎えました。
小学校の会場、そこから難聴学級のある隣の校区の中学校に行ったため
別会場へ。
どこの会場でも、多くの友達に囲まれ笑顔いっぱいの娘の姿に
アッシーである私とだんなは感無量

「忙しい、忙しい、もう着物しんどい」とぼやく娘をよそに
日ごろお世話になっているおじいちゃん、おばあちゃん
ご近所の親戚のおっちゃん、おばちゃん達のところへ。

そして、娘からするとひいおばあちゃんである私のおばあちゃんのいる病院へ。
誰が誰だかわからない時もあり、ベット臥床も多い中
「かな、来てるよ~車椅子乗る?」と聞くと
返事もそこそこにもう体起き上がっている

おばあちゃん、娘を見るなり、泣き出した
私「この着物、おばあちゃんが私の成人式の時選んでくれたんよ~」
おばあちゃん「ようきてくれた。(着物も)大事に置いてくれててんね。」

いや~ギリギリまで用意できない私、
前日に半襟つけないとと思ってたら、
ちゃんときれいにシミひとつなくつけてある。
きっとおばあちゃんが、私が着たあとちゃんと、洗いに出してくれてた。
私の成人式の時には、母はもう亡くなっていたので
着やすいように、長襦袢にひもを縫ってくれてたり
重ね襟も着物に合うのちゃんと用意してくれてたんや~
おばあちゃんの思いに胸が熱くなった

「おばあちゃんがちゃんと20数年たっても着れるように
ちゃんと大事に置いてくれててんよ~」
私も言葉にならない。
ありがとう、おばあちゃん

娘ははじめ「え~~~お母さんの着物?」ってぼやいていたけれど
帯締め、帯揚げ、ぞうり、バックなどは新しいのを買ってやり
写真代や、着付けセット代を考えると
正直レンタルの方が安かった。
でも着物の値段がちゃうわいっ!
そして何よりおばあちゃんにおばあちゃんが選んでくれた
私の着物を着る娘の姿を見せて、喜んでくれたことが何よりもうれしかった。


着物着ても、がにまたで歩く
車に乗るとき、頭から入り、頭うつ
着物のそではひきずる
「トイレいかれへん。おかあさぁ~~~ん」と叫ぶ

着付けとメイク、我が家御用達の美容室で
途中様子を見にいくと
ドライヤーの音だけが鳴っていて
ずら~っと並んでおすまし顔のお嬢チャン達の中
ぺちゃくちゃしゃべっている娘の声
「あんたがしゃべりかけたら、忙しいのに手止まって迷惑かかるやろ。
ちょっと静かにしてなさい

最後に髪飾りをつけた時
「それつけたら、なんかおとなしくなったね~
とってもかわいいよ。」
って他のお母さんに言われる始末

くしゃみには、へをつけるので
「へっくしょん。」
キレイな着物着てるのにおっさんのようなくしゃみ。
まわりのおばちゃんと目があい、むこうは思わず爆笑。

娘を送り出したあとのだんなとふたりの車の中で
ラジオから川島英五の♪野風増が流れてきた。
なんやかんやいいながら
つらいこともあったけど二人でがんばって子育てしたよな~
でもこの日の喜びのためにそれもあったのかと思うと
涙があふれてきた~
うれしいことのが多かったとも思った。

うちの子は娘ですが
野風増の歌詞が似合う20才のお祝いでした。
後日着物の娘の写真をみて、
だんな「なんかこんなアイドルいてるでな。」
私「うちの娘が一番かわいかった。」

二人して親ばかです

成人式おめでとう。
「一生懸命がんばる大人になる。」のだそうです。
ほんとよくここまで元気に明るく育ってくれた。
ありがとう。









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ラブレター

2009年01月07日 | 聴覚障害
お昼にやってるドラマ TBS「愛の劇場 ラブレター」

美波ちゃんの姿に子供の姿を重ねあわせ、見ています。
今日の美波ちゃんが笛をピッーーーーーーーと吹くところから
ウルウル
さっき船に乗ったとこやん速いやん
とツッコミながらも海司が現れたシーンでは号泣でした

海司くんのおっきなおおげさな手話にへったくそやな~と思っていたら
子供らいわく、美波ちゃんはじめみんな、手話うまいって
えっ?そうなん
そもそもあんまり手話わからん私は勉強不足でした。
すんまそん

奇しくも、大学の編入試験に落ち
傷心である娘を支えてくれたのはもちろん大学の仲間ではあるが
同じ聴覚障害のある仲間と一緒に過ごすことが多くなり
口話でやりとりしていた娘にとって手話の世界は初めて飛び込む世界
でもまた別の居場所を見つけたらしく
毎日生き生きしている。
っていうか、スノボーやら、飲み会やら遊びすぎやしとも思うが
やっぱり元気な姿はうれしい。

仕事の方も大学で勉強したことを活かせる
聴力障害者福祉事業協会のある施設への就職が内定した。

それとちょうど進学を断念したあたりから
デフのサッカーの練習に誘ってもらい
合宿やら、試合やらに参加させてもらって

デフリンピックの日本代表に
(候補やろ!?仕事との兼ね合いでどうなるかはわからないとも思うが)選んでいただき
また新たな目標ができた。

JDFA日本ろう者サッカー協会

進学しハンドボールを続けていたならこの選択肢はなかったと思う。

悔しい涙もいっぱい流した昨年だったが、やはり道をつけていただいてるように思えて、有難いと思う。

ドラマ 「ラブレター」中で
ちょっと前のおじいちゃんと美波との会話

おじいちゃん
「何があったかわからんけど
美波の耳が聞こえんからこそ、わしらも教えられたこともある。
まっすぐ相手を見てしゃべれるようになったんや。
美波が教えてくれたこと。」

美波
「みんなを傷つけた。
聞こえてたらこんなことにはならなかった。」

おじいちゃん
「聞こえんから手にいれたものなかったか?」
「聞こえないのは、神さまからの贈り物」

私もほんとにそう思う。
そして娘にもそう思ってほしいと思う。




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SPEED 復活!!

2008年08月31日 | 聴覚障害
今井絵理子さんの息子ちゃんが聴覚障害で
その子のために歌を歌いたい。
SPEED復活!!のニュースは聞いていたけれど
さっき24時間テレビでSPEED復活のライブを見た。

自分の子供に障害があるとわかった時、
もうこれ以上泣くことがないというくらい泣いたって言ってた。

障害があると受け止めること。
それをまわりに伝えること。
一般人である私達でもなかなか辛いことであるけれど
芸能人であり歌手である彼女はほんと勇気ある行動だったと思う。

目線をしっかりあわせ 息子ちゃんと向き合っていた。
いつかママと呼んでもらうのが私の夢と言っていた今井さん。

きっと 私が今そうであるように、障害のある、聞こえない子を授かった私達しか感じられない
子供のおかげで得られる幸せがきっとたくさん待っていると思う。

かわいそう・・・と言われるたびに傷ついていたことも
こんな幸せ、私らしか味わえなくてかわいそうって思えるほど(笑)
強く、たくましい母にきっとなる。


幼き頃、絵日記を書き 身振り手振りで言葉、思いを伝え 心つなげる。
昔を思い出して泣けてきた。
一緒に見ていた息子にわからんよう
でも涙があふれてきた。

辛かったから泣けたのではない。
何度も同じ言葉を繰り返し伝え、そのことが通じたこと
発音練習の末、初めて意味ある言葉を発してくれたこと。
そして、今、もうすぐ18歳と20歳になり
それぞれが自分の道を自分で見つけ歩き出している。

そのことにうれしくて涙がとまらない。

それを思い出させてくれた今井絵理子さんにありがとうです。
SPEED応援します。

息子に「小さい時のこと覚えてる?」と聞けば
「お母さんのと同じ絵日記や~
発音の練習は嫌やったな~。」

その発音練習のおかげで、100db以上でも
口話、読話ができる。
手話も使うし、指文字も使う。
大事なことは筆談する。
伝える、わかりあう手段は何でも使う。
心のつながりが大事。

それを教えてもらった、また障害があることを受け止めるのに
導いて下さった聾学校の先生、
共に歩んだ仲間達。
子供同士も親同士もこの仲間達が宝物だ。
感謝の気持ちがあふれ、また涙がとまらないのだ。


24時間テレビ
毎年同じでって・・・好き嫌いがあるだろうけれど
一人一人障害もちがうし、それぞれがそれぞれみんな頑張って生きている。
みんな同じじゃない。
結構涙しながら毎年見てる。

遠泳もゴール目前で断念だったけれど
ゴールが目的でなくがんばったことがすばらしい。

「人は命ある限り
いつからでも成長し続けることができる。」
エド・はるみさんもがんばって走ってるね。

エド・はるみさんがんばれ。
今井絵理子ママがんばれ。
そして、みんながんばれ。
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赤十字救急法救急員養成講習

2008年08月13日 | 聴覚障害
先週、就活控える娘と受験控える息子と
友達の大学生の息子と
定員に余裕があり追加募集していたので
ちょうど休みだった弟も誘って
赤十字救急法救急員養成講習に通いました。

「赤十字救急法基礎講習」と 「赤十字救急法救急員養成講習」があります。
どちらも講義と実技で結構ハード。

学科も実技も検定があり合格すれば認定証がもらえるそう。

私は娘たちの通訳をかねて参加したのですが
侮った
通訳どころか、私が一番必死にならないと覚えられない

家に帰ってからは、3人で三角巾を使った包帯に巻き方など
「お母さん、ちゃうって」と言われながら

「お母さんは、あんたらみたいにすぐ覚えられへんのやけど
何度も何度も練習してきっちりちゃんと覚えるんや~
と自分を励まし汗流し練習したのです。

聞けば弟も嫁を、友達息子も友達である母を
包帯でぐるぐる巻きにして連日練習したそうな・・・

有難いことに、以前まで聾学校の先生をされていたという
講師の方がいらっしゃって、実技の説明など通訳をしてくださいました。

不思議とご縁いただくのか
娘さんが聴覚障害であるお母さんが参加されていたり
↑子供が小さい時にお会いしたことがあってお互い久しぶりですと感激。
聞けばうち娘より一つ下の娘ちゃん、栄養士になるため大学に進学したそう。

うちの子達はごらんのとおり
にぎやかで・・・元気です
お互いの子供たちの成長をうれしく思いました。

また、お一人が障害があり少し聴覚障害もある双子の姉妹もご一緒でした。
連日がんばろうと励ましあいながら。

娘は学科が苦手です。
あいかわらず、苦手なものから逃げたいという性格が現れ
初めから無理だとか、もういやだ~とか
同じく、私も実技が嫌で、娘の気持ちもそうなってくるとよくわかるもんで
でもイヤイヤながらも、まぁがんばれるようになったと
ちょっとうれしく思いました。

一番意外だったのは息子でした。
私や娘みたいに、雑でなくてやさしい仕草でていねいな手技です。
進路選択も視野を広げて考えれば、
この子に向いてるものがみえてくるかもしれない。

ただ欲がなく、もうあとひとふんばりという努力ができないのが難点です。
講義中にノートテイクするがまったく見ない。
連日復習をしている私と娘を尻目に
いっこうに学科の勉強する気配がない。
学科テストも制限時間いっぱい考えず、終わったと途中で退室したそうだ。

検定結果は一ヶ月後らしいが
私も実技パニクって失敗。
マジ泣きして弟に「気持ち切り替え~」と励まされる始末。
あ~~~~情けない

検定合格が目的でなく、実際人が倒れていた時
すすんで、救助にいける技術が学べたことが大きい。
AEDも実際使えるか使えないかで、ほんと人の命を左右する。
とりあえず、日常生活の中でどこにAEDがあるか
注意深くみるようになった。

AEDは音声で指示がある。
テロップがあるのもあるが、どのような手順で使用するかわかってなければ
聴覚障害者には使えない。

講師の先生が
「聴こえないあなたたちだからこそ、しっかり覚えて
使えるようになってほしい。」と熱心に指導してくれた。

老若男女大勢の方が受講されていました。
毎日暑い中、休み時間も皆さん練習されていた。
ほんとにお疲れさまでした。

一人の講師の方が「お母さんよくがんばりましたね。」と言ってくれた。
その言葉に涙でた。

講師の先生方ありがとうございました。

最近血圧が高い私・・・・
私にもしものことがあれば、きっと娘と息子が
胸骨圧迫と人工呼吸で私を助けてくれるだろう。

久しぶりに娘、息子とず~っと一緒に過ごした数日間
障害者スポーツ指導員の講習会はだんなにゆずるとして
たぶん、これからも同じ目的でこんなに一緒に過ごすことは
ないと思う。

充実して過ごせた日々に感謝したい。












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ノートテイカー養成講座

2008年06月26日 | 聴覚障害
主催 
独立行政法人日本学生支援機構
財団法人コンソーシアム京都(企画運営協力)
京都市福祉ボランティアセンター(企画運営協力)

後援 
社会福祉法人京都聴覚言語障害者福祉協会

京都市要約筆記サークルかたつむりの方々の講師による
ノートテイカー養成講座が行われました。

↑より
ノートテイクとは、講義の内容や周りの様子
(誰かの発言や、教室内でのチャイムの音など)
を文字で伝える筆記通訳のことです。

ノートテイクの他にも、講演会などOHP,OHCなどに書いたり
パソコンによる要約筆記もあります。

京都では、他の都道府県よりもいち早く
要約筆記の養成に取り組んでくださってきたそうです。
ありがたいと思います。

私は逆に要約筆記をする側で時々お手伝いをすることがあります。
聞こえてくる言葉をそのまま文字にするのですが
実際書いていて、意味わかってるのかな?
ちゃんと伝わっているのかな?って思うこともあります。
講義など、後で自分で調べれる場面以外で、
どうしてもその場で伝えたいことは
わかりやすい言葉に代えてお伝えしたい。
と試行錯誤です。
どちらにしても、お互いの信頼関係がとても大事だと思います。
娘には、受ける側の読解力も大事だといつも言っています。
私もこの養成講座で勉強させてもらいたかったぐらいです。

で、その養成講座でノートテイクを受けている娘が
体験談をお話する機会をいただきました。

娘がこういう体験談を話してといわれ、ひとつ返事で受けたことが
そして自分のことを胸はって語れたことが
母としてうれしく思います。

前日ちょっと本人落ち込むこともあり
「どうだったの?」と聞くと
「大勢の人でむっちゃ緊張して汗かいたよ。」と。
「わかりやすかった。」といってもらってまぁご機嫌で帰ってきました。
どうだったのか、母の方がハラハラです。

今ちょうど自分の将来についていろいろ悩んでいる時期
この大学で過ごしたこと、いろんな方々との出会い
経験は、きっと彼女にとって意味があると思います。
いつまでも今の感謝を忘れずに
ここに残しておきます。

また、娘に関わって下さる方々に、母からも感謝申し上げます。
ありがとうございます。


私は、○○大学短期大学部社会福祉科の2回生です。

聴覚障害がわかりろう学校の幼稚部に、
小・中学校は、地域の学校に通い
朝礼の時などは、初めは母が来てノートテイクをしてくれていましたが、
校長先生のお話を書いたのをあとでくれたり、
先生がノートテイクして下さるようになりました。

子供心に私だけ隣に母や先生がいるので恥ずかしかったこともありました。

高校は私立の学校に通い、この時は大事なことを友達に聞いたりしていました。
板書を写すだけではかなり難しく勉強は嫌いでした。

そしてハンドボールと福祉の勉強がしたくて、○○大学に入学しました。

この時に勉強するのにノートテイカーさんがつくのを初めて知りました。

他の大学に進学した友達などは、ノートテイク制度がなかったり、
また、ノートテイクの制度がある学校を探して進学しているので、
私はありがたく思いました。

自宅から2時間弱かかりますが
1限目からでもノートテイカーさんが準備して下さっているので、
当たり前ですが遅刻や急な欠席ができません。

授業中も眠たくなる時もありますが、
私の為に一生懸命書いて下さっているし、先生もゆっくり話してくれたり、
授業も真面目に聞くようになりました。

講義の内容がわかることで勉強もまぁ楽しくなりました。
好きにはなりませんが。

書いてもらう私達側も、やってもらうだけでなく努力が必要だと思います。

入学当初はすべて新しいことで不安だったのを
学生のノートテイカーさんが隣にいて、
友達みたいに座ってくれて普通にお喋りして、
学校生活についていろいろ教えてくれて心強かったです。

書く速さは、話す速さより遅いのですべての話を書くことは難しいと思います。
話の途中でわからなくなったときは、
大事なところを書いてくればいいと思います。
後から確認して書いてくれてもいいです。

私たちは、聞こえないので間違っているか、
間違っていないか書いてくれることがすべてなのでわかりません。
自信を持って書いてくれればいいと思います。

勉強とは関係ないことかもしれませんが、
みんなが笑っている時など何が起こったかわからず
寂しい思いをすることもありますが、
その部分を書いてくれると授業も楽しくなります。

コミュニケーションですが、私も自分の発音がどうなのかわからず、
相手に話が伝わっているか不安な時があります。
口話で通じなければ、筆談、身振り、指文字でも、
何でも使って、何度も同じ事を聞いたら悪いんじゃないかって思いますが、
わかっているのか、わかっていないのかが大事で、
お互いの思いを理解することが必要だと思います。

先日ノートテイクをしてくださっていた方がやめられるとき、
「いい時間を過ごすことができました。
夢がたくさん実現することを祈っています。」
とお言葉をいただきました。うれしかったです。

昨年の学生のノートテイカーさんは学校であったとき
「がんばってる?」って声をかけてくれます。

わたしにとって、人とのつながり、
一人一人のノートテイカーさんと出会いが大切な宝物です。

聴覚障害のある学生にとって、
ノートテイカーさんの存在は勉強の意欲と安心した学校生活を送る上に、
とても大切な役割を担ってくれています。

ありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願いします。



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大学の情報保障について

2006年12月17日 | 聴覚障害
本日はちょっとまじめに・・……(-。-) ボソッ

先日近畿聾学校のPTAの連合協議会ってのに初めて参加しました。
その中で大学進学推進委員会っていうのがあって
今の大学の聴覚障害を持つ学生への情報保障について資料および報告がありました。

全国の大学で学ぶ聴覚障害学生の数→大学数1100~1200校(返答率90%)
平均して3割から4割の大学に聴覚障害学生がいるのだそうです。
そのうち情報保障(ノートテイク)による支援を提供している割合→52、0%
これは多いのか、少ないのか・・・
2000年以降聴覚障害学生への配慮をする大学が急増しているそうです。
それでも、今は二人に一人は何ら支援をしてもらえず、保護者がテープ起こしをしたり、友人のノートを借りるなどをしている現状だそうです。
学校によって取り組み方がちがうんですね。
やっぱりこういう連合協議会も参加してみるもんです。
私、いよいよ近畿にまで進出してしまったわけですが(^▽^;)
タイムリーにこういう情報いただき有難いです。

で、先に娘の進学が決まっていたわけで、あわてて高校の先生から大学へ連絡していただき見学にいってまいりました。

私の不安はよそに教学部の先生の説明では、すべての授業にノートテイカーさん二人をつけていただけるとのこと。
現在このノートテイク制度で支援していただいている学生さんは8人
そのうち聴覚障害学生が6人
ノートテイカーさんが約70人いて学校側がアルバイトとして手配して下さってるのだそうです。
京都の大学は、結構充実しているよ・・・って噂には聞いていましたが
ほんと有難い話です。
ふだんの会話は口を読み、話の流れを予測して、人とのコミニケーションをとっている娘、しかし、大学の授業はまったく予測できない内容で、専門用語が出てくるし、どうやって学ぶのか・・・心配しておりました。
とりあえず、情報保障はしていただけるとのこと。最高の条件ですね。
ありがとうございます。
で、その情報が理解できるかってのが、また別問題で
これは娘本人の努力がかなり必要でしょう。
ノートテイカーさんがつくって聞いて
娘は、まず「70人?みんな友達になれるかなw(゜ー゜;)wワオッ!!」
って言いました(^▽^;)
まずそれを思うか≧(´▽`)≦アハハハ
それと「ぼぉ~ってでけへん。寝てられへん。携帯さわってられへんな・・……(-。-) ボソッ」
ノートテイカーさんがずっとついて下さるってことは、そうです。
お互いずっと集中しとかないといけないです。
もちろん、書いてくださるのは、先生の話、他の発言
黒板に書くことは自分で書かないといけません。
私も、月一回程度、OHPとノートテイクの要約筆記のお手伝いに行っていますが
一番の問題点、要約筆記者はあくまで、通訳であります。
特に、ノートテイクをしていると、気づくのですが
書いてる意味が、まったく理解できていない。
言葉がわからない、語彙が少ない。
そのまま通訳しても、まったく通じていない時がある。
ノートテイクしていただく側も、語彙をふやす、理解力を身につける。
努力は必要だと思います。
ノートテイカーさんは、かなりの労力が必要です。
その感謝とねぎらいも絶対忘れず、学ぶのは自分であること・・・ほんとがんばらなきゃね。

教学部の職員であるクラブのコーチが、校内を案内してくださり
授業見学の際には、クラブの先輩がさっそく、娘を見つけてくださり
本人、(∩。∩;)ゞテレテレ・・・でした。
監督さんにもお会いできて、新たな希望に満ち溢れています。
自分の道は自分で開け
親の力なくして、自分の道を突き進んでいく娘を見て
うれしくもあり、ちょっと寂しくもあり
でも結果はどうあれ、あなたの成長をうれしく思う母でした。
娘を支えてくださる、まわりの皆さま、ほんとうにありがとうございます




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サッカー部のがんばりがくれたもの~

2006年09月22日 | 聴覚障害
高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会
本日も勝ちました
初芝橋本高校 3:1 静岡学園高校

高円宮杯サッカー ラウンド16試合結果

名古屋グランパスエイトU18は、2:1で湘南ベルマーレユースに勝ち
サンフレッチェ広島F.Cユースは、延長4:2で札幌第一高校に勝ち
ヴェルディユースは、東福岡高校に2:1で勝ち
横浜 F・マリノスユースは、2:3で滝川第二高校に負けたらしい・・・


サッカー部は昨日から出発して学校お休みで
クラスはとても静かだそう・・・
ほんまは、むっちゃ寂しいんちゃう?と娘をからかう私
ばんばんっ!┃☆ヾ(≧▽≦)oひゃっはっはっ!!

「いない間も、しっかり体育祭の応援団の練習しとけよ!」と言われ
2年生がメインなので、3年の娘のクラスからは、男女3人ずつだけ選ばれた応援団
後輩たちと連日ダンスの練習がんばる娘です

聞こえないので、ほんとはダンスは苦手なんです
体育の授業のダンスも、いやでいやで仕方がない。
でも友達がよく話題にする今流行の歌もほんとは聞きたくてしょうがない。
「ヘッドホンで、直接聞いたら、聞こえるかな?」
「スピーカーのそばで、聞いたら聞こえるかな?」
試してみたけど、聞こえない

でもこの子の強さは、どうにかしたらいつかは聞こえるのでは・・・って思うところ
ダンスも苦手だから、やめる・・・じゃなく今回はなんとかがんばろうって思うところ

その気にさせたのは、一緒にやろうって励ましてくれた友達や
クラスの温かい雰囲気と、
難しいことも、なんとかできるんじゃないかって
最後もいい思い出つくろうって思わせた楽しく充実した高校生活。

ほんとありがたく思います

サッカー部の子達がんばってます。
ほんと、娘はもちろん、みんなにいっぱいパワーくれてる
どうか彼らが、今持てる力十分発揮できますように


今日の一曲♪プレゼント byJITTERIN’JINN


この歌、若い頃声張り上げて、早口で歌ってました
何年の歌やろ?くれたものが、時代を感じます
あなたが私にくれたもの あの日生まれた恋心
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母、燃え尽きる( ̄_ ̄ i)

2006年09月20日 | 聴覚障害
延期になっていた息子の体育祭
平日に延期になったことで、
保護者もチラホラと・・・

でも、気持ちのいいお天気と共に、競技が進むごとに
熱気が増してきました。

息子ちゃん
全員参加の徒競走は1位だったのに(ほんとは陸上部に入ってほしかった。)
花形である走る競技にはほとんど出ず、母(`ε´)ぶーぶー
体育委員だったからなのか、でも招集など裏方でよくがんばってたね
騎馬戦もちょこんと先輩の馬の上に乗せてもらってたり
同じ障害ある仲間同士、終始笑顔、先輩たちにもかわいがられ
こういう環境ってやっぱりいいなぁ~って思いました。

娘の同級生達ががんばってるのもうれしかったし
ちっちゃいときに、一緒にサッカーやってたお兄ちゃん達、
サークルとかで、時々一緒に活動してた子達
なつかしい子達がいっぱい
(名前を聞かなければ、みんなすっごくかっこよくなってて
おばちゃんは、全然わかりませんでした

この学校、合併したこともあり
たぶん聾学校では、日本1,2の生徒数でしょう。
でも、他の学校から比べれば、少人数です。
土曜日であれば、もっと多くのギャラリーだったと思いますが、
そんな中で、みんなそれぞれが、自分の役割果たし、
これはこれでたいへん盛り上がり、とても楽しかったです。


で、母達保護者は、「出たい競技あったら出てくださいね~」って。
午前の競技は、ちょっと遠慮がちでしたが、午後からほとんどフル出場(^_^;)
3人4脚、大縄跳び、綱引き
大人気ない私たち・・・3人4脚、綱引き、保護者圧勝です
で、リレー
走りましたよ~でも、でも、でも、バトン渡す時
私の次の走者のママさん・・・・・あれっ?どこ行った?いない
そのまま走るが、倍も走られへん・・・・ゴールに倒れこむ
「よう、がんばった・・・」「速かったで・・・」とみんな声かけてくれたけど
もうヘロヘロです。
足あがってへんし、自分の体力のなさに、ちょっとショック

で、来年にむけて
「1年、しっかり走りこみして、来年がんばりましょう(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!」
みんなで盛り上がっておりました きゃははヾ(⌒▽⌒ )ノ彡☆ばんばん!


この聾学校の体育祭
この体育祭のために、夜行バスで帰ってきた卒業生もいたそうで(残念ながら中止やったけど)
娘にも走らせたかったなぁ~
息子の同級生の地域の高校行ってる子達も来たがっていた。
卒業生や、同じ障害持つ子達集まる交流の場として、
是非今後も盛り上がっていってほしいと思います。

それにしても、聾学校、若い先生多いね~
生徒達をぶっちぎり、圧勝だったスゥーデンリレーは圧巻でした。
若い力が育ってくれることはとっても頼もしいです。

今回は第一回でもあり、延期になったりとほんと先生方たいへんだったと思います。
若い先生だけでなく、先生方、みんながとっても一生懸命だったことに
新しいこの学校の、未来も輝いて見えました。

皆さん、お疲れさまでした












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「夢をあきらめない」ことを教えてくれた人

2006年08月22日 | 聴覚障害
8月10日、フジテレビ系列放映の「奇跡体験!アンビリバボー」

障害者の薬剤師免許に制限を設けていた「欠格条項」
その撤廃運動の原動力として220万人以上の署名を集め
日本ではじめて聴覚障害者で薬剤師免許を取得した
早瀬久美ちゃん&早瀬憲太郎先生のことが放映されていました。

番組HPに放送内容がアップされていました。
見れなかった方はこちら↓
       「夢への階段」
http://wwwz.fujitv.co.jp/unb/contents/p340_2.html

子供たちが小さい頃、早瀬先生とフリースクールで出会い、
勉強することの大切さ、伝えることの大切さ、自ら考え行動すること
そして「夢をあきらめない」こと・・・いろんなことを教えてもらいました。

息子の小学校では、憲太郎先生自ら、お話して下さる機会もあり
身振り手振りを使い、黒板に書き、彼の子供たちをひきつける授業は、すばらしかったのを思い出しました。

勉強も少し見ていただいてました。
通じなくて、何枚も交互に書き続けたこと・・・
遠いとこ、何度も通ってくれました。

その後、久美ちゃんとの結婚、大阪でお世話になったみんなで結婚式にも行かせていただきました。
テレビでは、ちっちゃい息子がしっかり映ってて(娘は一瞬)
「ヒャァ~かっわいい~」思わず叫び、息子にぼこっ!なぐられる(^▽^;)

久美ちゃんの半生を綴る感動の手記
    「こころの耳」↓   
http://www.nifty.com/niftystore/hayase_kumi/

私のHN、mimi3は、子供たちに3つめの耳、「こころの耳」で聞いてほしいとの思いを込めてつけました。

久美ちゃんの努力はもちろん、それを支えた早瀬先生
彼らの「伝えたい。だからあきらめない。」
その思いがうちの子達にも活きています。

フリースクールにもほとんど参加できず
なかなかお会いすることはできませんが、
「先生!うちの子達もがんばってますよ!」
うちの子達も、まだまだ夢追う人生続きますが
先生&久美ちゃん、ほんとありがとうね





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ハンドのペナルティよりも緊張した・・・聴覚障害について娘語る

2006年07月06日 | 聴覚障害
保健体育の時間に、3~5分の時間で、ひとりづつみんなの前に出て発表するのがあったらしい。
テーマはいろいろ、スポーツ障害についてや、ドーピング、地球温暖化、悪性腫瘍、てんかん・・・
娘「何にしよう?」
母「あんたしか発表できないのがあるやん!」

娘は「聴覚障害について」を発表することにしました。
娘は書き上げるのが遅くて、一番最後トリだったそう。

聴覚障害とはから始まり
障害を受けた時期による違いにより、先天性、後天性、老人性聴覚障害があること。
障害の性質による違いにより、伝音、感音、混合難聴があること。
そして、自分は、先天性聴覚障害、感音難聴で、表を使って、自分がどれだけ聞こえてるか、どのように発音練習をしたか、どうすれば話を理解しやすいかを話したようです。

顔をあげると、みんな一生懸命聞いてくれてて、○○くんや○○○やら、こっち見てるし( ・_・)ジッ→→→→→(*。-_-。)ポッ
ページをめくる時、みんながいっせいにめくってかなりびびったそうです。
本人いわく、ハンドのペナルティ止める時より、原稿持つ手は震えるし、緊張したそうです。

高音部が聞こえないため、サ行、タ行、拗音の発音は苦手です(-。-;)
聞いて音を出すのでなく、舌の動き、息の出し方などを、幼い頃繰り返し
練習しました。
「ちゃんと言えてる?」と家でもストップウォッチ片手に何度も練習してました。

発表のまとめに
このクラスでは、みんなが私がわからない時、書いてくれたり、指文字を使ってくれたり、ゆっくり口を見せて話をしてくれたり、何よりも私を障害者としてだけでなく、クラスの一人として見てくれる事がうれしいです。
ありがとうございます。・・・で、しめくくったそうです。

終わってから、みんなからの拍手ハイタッチ
よかったよ~といってもらい
「いい発表やったぞ~」
「みんなよかったってゆうてたで~」
とクラスの子からメールにもすごく喜んでました

たまたまその日娘のクラスの友達を車に乗せた時
「今日、かなの発表むっちゃよかったで~。泣きそうやったわ~」
それ聞いて母(T-T) ウルウルでした。

この時期、自分の障害についてしっかり見つめなおす機会、そしてまわりの人に
障害を少しでも理解してもらえる機会、そして、まわりの人に感謝を伝えれる機会をいただき、大変有難かったを思います
そして、娘もやるときゃやるやん!ちょっとうれしくかった出来事でした。


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聾学校の体育の先生

2006年06月08日 | 聴覚障害
今日、娘が先生と、どういう進路に進みたいか、話をしたそうだ。

迷わず
「○○大学へ行きたい。」
どうして?と聞かれ
「聾学校の体育の先生になりたい。
ハンドボールを続けたい。
同じ聴覚障害の、水泳で頑張ってる友達
(デフリンピックで、金メダルをとった友達~)と一緒に行こうと話してました。」
と答えたそう・・・
○○大学ってなぁ~
頭いるんよ~わかってる?あなた~
母冷や汗もんです
たしかに、別の聾学校へ行ってる友達も、オープンキャンパスへ行ってきて
「(聴覚障害者の受け入れも)よかったよ~」って言ってたのも、娘は聞いていた。

先生って、教員試験通らなあかんし、
さらに、聾学校の先生となれば、さらに難しいのとちゃうん?
わかってるのやろか
たしかに、この間弟の聾学校の授業参観へ行って
体育の授業見てきて、1学年みんな一緒に、先生何人もいて授業してた様子や
聾学校には、聴覚障害の先生が8人もいるって言うのを、娘に話した。

「でもな~今思い出してんけど
障害を持つ子に、スポーツ教えるのもしたい。
長居や、舞洲の障害者スポーツセンターとかファインプラザの」
小さい頃、サッカーとか、水泳しに通ったところです。
あなた~そこへ就職するのも
聴覚障害の子を採ってくれるのか?
そこへいくために大阪○○大学あたり行かないと・・・これまた頭がないとなかなか厳しいと思います

とりあえず、インハイ終わったら
(って遅いと思うんやけど)
しっかり勉強しておくれ~
でもね~母はちょっぴりうれしかった
ちゃんと、自分のしたいこと考えてる。
なれるかどうかは、別にして
それに向かって努力することが大切と!
ハンドボール続けたいって・・・それもうれしかった。
これだけは、大学にいけなくても、クラブチームでも、絶対探してつづけてほしい。

とりあえず、夢にむかって、がんばれ~

そんな娘に贈る今日の一曲♪夢をあきらめないで by岡村孝子
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