♪あなたに逢いたくて

眠れない夜は、旅の思い出や、私の想いを綴ります。

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試験撃破

2011年12月17日 | 介護のお仕事
絶対無理だと思っていた先日の試験に合格してました
合格率15,3?4%?
難しいとは思っていたけれど、合否に関わらず
この困難な試験に立ち向かったすべての受験者に労いと仲間意識を感じます。
みなさんお疲れさまでした

試験終わって、この上ない手ごたえのなさ。
時間いっぱいいっぱいで見直しができず
(結果的にはこれがよかったのか、昨年深読みしすぎて見直しして書き換えたのが間違えてたから。)
絶対に落ちてると思っていたので
完璧に開き直り
「まだまだうちの職場に必要やから落ちるわ。」と言い続けていた手前
合格を知った同僚からは、第一声「やめなや。」
ありがたいお言葉です

現実この資格の研修を受ける試験に合格しただけで
来年から、たいへんそうな研修が始まる。

少ない給料、ボーナス、もらえないに等しい最近制度化された退職金とはウラハラに
全額支給の研修費、受験代、テキスト代半額支給
研修日は優先的に休みにしてくれる。
この手厚い援助制度に、さて今後どうしようかと思案中。

支給を受けてしまうとお礼奉公の期間がある。
「そんなん、辞める時、返したらええねん。」・・・・らしい

事業所を立ち上げる友達からお祝いと「待ってるで。」とメールが
家の近所に新しい施設ができる。
今の職場は業務に追われ介護ではない。
やりたいことはここではできない。
年齢的にも転職には最後のチャンスか?

今の職場で、問題提議をすると
「じゃぁできるようにはどうしたらいいか?
一緒に頑張って行きましょう。」って言う上司

人にアドバイスする、注意する方も辛い。結構勇気がいるねん
ちょっと言うと、すぐすねる。物に当たる若い子
それでも いい介護士になってほしいと願う。

資格とったところで、即戦力になるほどの自信はまったくない。
今の職場で、もうちょっと勉強させてもらおうか?

必要だといってもらえれば
それだけで頑張れる子やねんけどね


責任の重さ、仕事の重労働に比べ報酬が少ないこの介護の仕事。
仕事がないという中で、介護の仕事だけは求人が続く。
来年の法改正で、どれだけ待遇改善手当増額してくれるのか?
先ほどテレビで長妻さんが言ってました。
今月中、来週が決定の山場らしい。

やる気にさせてよ~おえらいさん方
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医療行為

2011年10月26日 | 介護のお仕事
病気の治療などの医療行為は
今まで医師や医師の指示を受けた看護師にしか認められてなかったけれど

今年6月に法律が改正され、来年4月から 
介護福祉士などの介護職員も一部医療行為をしていいようになったらしい。

具体的には たん吸引と 胃や腸に栄養剤を注入する「経管栄養」

まぁ今さらといえば今さら、命にかかわるたん吸引などについては
厚生労働省が法律ではなく通知で 
要介護者の自宅や特養において例外的には容認されてきたのだけれど。


来年4月からは介護事業所は 一定の条件を満たした上で都道府県に登録し
介護職員は 50時間の講義と実地研修などを受けて「認定証」を取得する。

ふ~ん、試験に出る、出ないにかかわらず、自分にかかわることは完璧に覚えれるね

そうなることで、今までつきっきりで介護していた家族の負担が
軽くなるのは期待されているけれど
家族は安心して医療ケアを介護職員にまかせられるの?

私達は研修をしっかりやって安全にやることが求められるね。

負担が増えるけれど、人出不足
果して、介護職員の待遇改善はしてくれるのか・・・・

現場で万一の事故が起こったら 責任問題になりかねないし
介護職員自身が心の傷を負ってしまう。
まして、要介護者さんの命にかかわる、とても重要なこと。

うちなんか、ボーナス少ない。退職金ない。
この業界のトップシェアを誇るらしいが、その儲けはどこにいってるのか

年金受給年齢68歳になる?
定年になって 年金もらうまで、退職金なかったらどうやって暮らすん?
まして、肉体的、精神的にもハードな仕事。
年金受給まで、生きてるんやろか?

介護職員に限らず、私らの年代、一生懸命働いてもそれに見合う年金もらえるんやろか?

私の個人年金へそくっといて
だんなの生命保険の金額あげとこっか

ヒマになっても、体具合悪く、お金ない。
そうなったら悲しいなぁ~

やっぱり今、遊んどこ~









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試験撃沈

2011年10月25日 | 介護のお仕事
とりあえず試験終わりました。

なんでこんなに難しいの?って。
正直どうやったら通るかわからん
今年は自己採点する気もなく撃沈です

昨年は一年間まぁしっかり勉強して たぶんあと1個? えっ?書き間違えた?
このラインやったら、合格ちゃうの?

すっかり落ち込み 燃焼してしまい今年はやる気が起こらず
でも目の前にせまってくると、気になって、気になって
やっと夏過ぎからエンジン全開

結構がんばってんけどな~
やはり準備不足?いや~これ以上何を覚えたらいいん?
もう脳みそが受け付けん。はみ出しそうや
もう限界やな。

この資格取ったら、それを活かしやりたいこといっぱいあったのにな。

「この職場で必要なら、この資格落ちるわ。」
と言っていたら
「じゃぁ 落ちて。」
とうれしいやら、悲しいやらの励ましを受け

遊びの制限もして、友達にも気をつかわし
前日、当日 励ましのメールもたくさんいただき

息子には合格祈願の消しやすい消しゴム借り
家事は二の次、不平も言わず、しかし、手伝ってくれるわけもない(笑)
家族に感謝です。

がんばったごほうびに、友達がコンビニでバナナパフェを買ってくれました。
ピックをくれました。

温かいメールもくれました。

仕事辞めへんでよかったわ。まだまだ一緒に頑張ろうと言ってくれました。

まわりの皆さんに感謝です。
ありがとう。

さぁ~て遊ぶぞ~
カラオケ行って、映画行って、旅に出て、DVD見て ためていたドラマも見て
ランチ、飲み会のお誘い受けます。
そして、三線弾きまくる

誰や~夏前までは よく遊んでたやん!というやつは
やっぱりスイッチ入るのが遅かった。勉強不足は、自分の責任やな。

すべておこることには意味がある。
悔しいけれど、この結果を受け止め、次どうするか 
今日も業務に追われる介護の仕事、がんばりますか。








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三線演奏会 三線日記 20

2011年06月06日 | 介護のお仕事
私の勤務する有料老人ホームに、今三線を教えていただいている先生方が演奏に来て下さった。
演奏会の参加に、即7人の方が手を挙げて下さったそうだ。
ありがたい限りです。

今の職場や、以前勤めていた病院において
フラダンス、演歌歌手、童謡歌手、ハンドベル、リコーダー 水戸黄門、遠山の金さんの寸劇
数々の芸?を披露してきたが
今回ほど(私はほとんど見ているだけだったが)入居者さまに感動を与えた演奏会はなかったように思う。

なかなか集中力がない方も、終始手拍子で、長い間座って聞いて下さっていた。
感情をなかなか表現することができない方も、歌い、踊り楽しんで下さった。
演奏が始まるなり、感動で涙を流される方も多く
「よだれや、鼻もでてますやん!」ぎゅっとその方を抱きしめる。
「あんたのこと、ずっと探しててん。帰ってきてくれたんや。」と演奏者の方を追っかける方も。

サーユイユイ
マタハリーヌ ツンダラ カヌシャマヨー
みんなで大合唱
私は、さんばを鳴らし、みんなで手拍子
沖縄出身の方が、今日のこの日を楽しみにして下さり
一緒に歌い、踊り 「懐かしい」と何度も涙をぬぐわれ、「ありがとう、ありがとう。」とおっしゃってくださった。

私も涙がとまらない。

「今度はあんたが弾いてや。」

えっ?

2ステージめがアンコールもかかりさらに盛り上がり、1ステージめではなかったと是非また演奏にきてほしいと
すぐさまオファーがあった。


本日の演奏曲
新安里屋ゆんた
十九の春
てぃんさぐぬの花
童神
安里屋ゆんた
アンコールはなんでしたっけ 先生?

今日の先生のひとこと
さんばよかったですよ。

↑ほめて育てていただいています

参加していただいたメンバーの方々も楽しかったとのこと。
次回は私たちのサポートで参加しましょうとおっしゃって下さいました。

はいっ!がんばって練習します。
って三線ってとっかかりは、なんとなく弾けるけれど、あの人を感動させる音色っていうのは
すぐさま出せるものではない。
あの~踊りや、唄もやりたいんですけど


当日のスタッフはもちろん、休日出勤で勤務してくれたスタッフも、わざわざ聞きに来て下さったご家族さんも
聞いて下さった入居さん

そして、着物やかりゆしに着替え、太鼓や楽器の用意
先生はじめ、演奏会に参加して下さったメンバーのみなさん、ありがとうございました。

ボランティアの交通費しかでませんでしたが、全額東日本大震災の義援金にご寄付下さったそうです。
ありがとうございました。

ますます、三線に熱が入る私です。
ふとしたきっかけで、三線に出会い、縁が縁をよび、三線教えていただけるようになり
うまく弾けないけれど、何かに打ち込める、楽しめること、
私にとって、目標や生きがいを見つけられたことに 感謝です。

人前で弾けるようになるのはいつのことか・・・・まぁ気長にお待ちくださいませ
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介護職は愚痴だらけ

2011年05月20日 | 介護のお仕事
先日前の職場の飲み会をやった。
急なお誘いにもかかわらず、12人が集まった。

はじめ8人ぐらいの参加の返事があって
ある子から「誰がくるん?」8人の名前をあげる。
「思ったより少ないね。」
じゃぁ次はあなたが段取りせい!」ぶちぎれる。

集まった中で、前の職場、私らが一緒に仕事してた時の辞めずにいるメンバーは2人
あと新しく勤めた人が2人、残り8人は辞めたメンバー

新しく勤めた人が
「辞めてから、今の職場はどうですか?」と質問する。

みんな仕事を愚痴る、愚痴る。

JIN~仁が見たくて早く帰ろうと思ったが延々、愚痴は続く。

1人だけ他業種に転職し、あとはやっぱり介護職。

あかんな~この業種は
楽で、あまりやりがいもなく、給料安いか
給料そこそこで、むちゃくちゃ忙しいか。

でも口をそろえ、前の職場よりはマシと

私の今の職場も、特にうちのフロアはむちゃくちゃ忙しいが、
他の施設の話を聞いていたら
まだマシかもしれないと、もうしばらく辞めずにいようと思った。

こう思えただけでも、この飲み会はやってよかった

派遣が、数日で、腰が痛いやら、体調不良とかで、ことごとく辞め続かない。
やっと、新しい社員が入ってきた。

むちゃくちゃ、大事に育ててる。
ちょっと根性ありそうな、人たちだ。

ひとり立ちできるように、なったら
ずっと希望しているフロア異動も可能になってくるか・・・・

前の職場との大きな違いは
トップの、いちスタッフをコマとしてしか扱っていないのと
会社自体もうけ主義なのには変わりはないが

数人が、たいへんな中でも、がんばっている。
直属の上司が、がんばっている。
そんな人達のなかで、自分だけ、楽になることはできんよな~

辞めたいのと辞めるは別問題。

もうちょっとがんばる。

それまで、心も、体も持ちますように

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言葉の重み

2011年04月23日 | 介護のお仕事
最悪の出来事が起こった時
自分がまわりにどんなふうに思われてたか
どんな存在であったか 気づくことができる。

仕事忙しいのに、休憩時間にメール、電話ありがとう。

声に出せない方、しっかり目をあき見つめてくれる。
いつも口の悪い方、「負けたらあかんで。」

「私、この仕事むいてへんのかな・・・」
いつも口数少ない方、「あんたが一番むいてる。」

先泣きだしたら、泣いてまうやん。
すぐ泣いてしまう自分がやだ


最悪な出来事でも、そこから何に気づけたかの方が大事かな。


言葉ひとつでも 人を傷つけたり 救ったりする。

私もベラベラ思いのまま話してしまうけど
うちの上司もそうだ。後から言葉の行き違いがあったのではと電話がかかりあやまられた。
上っ面の言葉を重ねても、現場を見て、みんなが精神的に、身体的につぶれてしまう前に、
具体的な対策を考え、実行してくれないと何も変わらない。

せっかく介護職を選び、これからもっと伸びていく可能性ある若い人たちがつぶれてしまわないよう
私たちの年代は、まだまだやるべきことがあるのかな。

こんな辛い思いをするのが、他の人でなく、私だからよかったかな。


今回、温かい一言だけでほんと救われた。

もうちょっと頑張れるかな。

私はやっぱり幸せだ。

ありがとう。
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いつか来るその日のために

2010年05月07日 | 介護のお仕事
急に暑くなったり、寒くなったり、晴天だったり、雨だったり
私達でも、なんかパワーがなくなる。
職場の入居者さまも急に熱発したり、高齢の方には、きつい今日この頃
体調管理が難しい。

実家の父から沈んだ声で電話があり、今年97歳になる祖母が
元から食は細いのだけど、食欲も落ち、水分摂取もあまりすすまないらしい。

訪問の看護師さんから「30分置きに水分摂取してください。」と電話があったそう。
叔母と父が祖母のそばにいるけれど、30分置き?

「どうせ、飲み~飲み~。と言われたとおりに、
おばあちゃんに無理やり飲ませてるんやろ!?
叔母のことやから、恐い顔して、迫ってるちゃう?」
と父に言う。
「そうや~」

叔母は祖父の最期の時に十分介護ができなかったことが心残りで
(傍から見てたら、仕事忙しい中、十分やってたと思うのだけど)
定年退職後は、3度の食事時にあわせて訪問、そして夜間祖母宅に泊まりこみ
介護をしている。
父はその叔母が家にもどる間に、祖母のところにいき交代でほとんど24時間誰かが祖母宅にいるように介護を続けている。

毎日毎日だと、やっぱり、心も体も疲れてきていると思う。
叔母や父の方が心配だ。

叔母は、少しは他人にまかせればいいものを、絶対自分の思うようにならなければ
キレる。

ヘルパーさんたちにも文句をいうし、まして、私や他の叔母、叔父、叔父嫁たちが
口出し、手を出すもんなら、ブチキレられる。
叔母のいる時には、祖母にも会いにいけない状態である。

困ったもんだ~

でもそうやって、祖母に会わない日が続いてる間に、祖母は一日一日歳をとっていくのだ。
悲しいけれど、それは誰しもむかえることである。

私ら孫や、ひ孫は、そんな叔母の思いも考慮しながら
「遠慮して、おばあちゃんとの大事な時間を過ごせないことが
今度は私達が後悔することになるし、会いたい時には会いにいこう」と、
妹や娘たちには言っている。

父に
「またのぞきにいくね。あんまりやいやい飲め、飲めいいなや~
頭しっかりしているおばあちゃんやから、飲まなあかんのはよくわかってる。
飲まなかったらどうなるかもわかってる。
それでも飲めないんやから仕方ない。
いつもいつも迷惑かけてごめんね。と気にするおばあちゃんやから
飲まなかえってみんなに迷惑やと 笑いとばして 水分すすめに行くわ~
それより、じいちゃんもおばちゃんもしっかり、水分とらなあかんで~。」
と言った。

96歳で、頭しっかりして、トイレも食事も少し介助したら自分でまだまだできる。
「だんだんできなくなってね~」って祖母はいつも言うけれど
この前も祖父の月命日に、お寺さんの前ではしっかりあいさつもしてた。

「いろんな高齢者見てて、あんなしっかりした96歳いてないで~。
私らも順番にいつかはこういう時期がくるねん。
むしろ、おばあちゃんみたいに私らは、なられへんわ~。
≧(´▽`)≦アハハハ~」

いつか来るその日に、不安をかくせない父に
わざと笑い飛ばして言った。

おばあちゃんはもちろん、父も叔母も一生懸命やってるよ~

ほんとみんなが無理せず、毎日心穏やかに過ごせ
その日をむかえられますように。

さぁ~おばあちゃんとこ行ってこようっと。


それにしても看護師さん、たしかに水分摂取は大切だし
暑くなってきて気にかけて電話してくれたのはありがたいけれど

食の細い祖母にふだん食事摂取にも、すごく苦労しているのに
できそうにないことを電話で指示するのはどうでしょう。
言われたからやらなくちゃと、介護するものを追い詰めてはいませんか?





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アルツハイマー病になっても症状が現われにくい脳とは

2010年04月27日 | 介護のお仕事
「ちっさくおさまらないお前が好きだよ。」と言われたのは遠い昔
最近は静かに日々を過ごしております

というか、本来、神さま仏さまを信じる私
人の道に外れることや、大博打にかけるほど根性はないわけです。
日々私のまわりの人が今日も一日幸せな日々が過ごせるようにと祈ります


で、先日読んだ参院議員の山谷えり子さんの新聞記事

この方、元サンケイリビング新聞編集長
「家族のような温かい雰囲気の会社で働けたことを幸運に思う。」から始まり
そんな会社であることがいいなと思い、またそういう会社作りをしてきた、
そう思った山谷さんに好感を覚えた。

育児にほほ笑み合える社会を と題して

「乳児は肌離さずに
 幼児は手を離さずに
 少年は目を離さずに
 青年は心を離さずに

 子育ては祈りである。」と育児の心得が書いてあった。

「今の社会は個人の幸福追求の権利は言うが、祈りの心が失われていく中で
親たちは「助けて」も言いにくい状況にある。

お母さんと赤ちゃんに冷たい社会ではいけません。」

また『100歳の美しい脳』という本の中から
「アルツハイマー病になっても症状が現われにくい脳を分析したところ
育ち方や生き方で共通とされた項目は


小さいころに言語環境が豊か
前向きな人生観を持つ育ち方をした
祈り、黙想などし信仰心がある
地域の人々とのつながりと信頼できる人間関係がある


と報告されていた。」そうだ。


「街で赤ちゃんや子供とすれ違うたびに
もっとほほ笑み合えたら、どんなにすてきだろう。
私が新米ママのとき、そうしてもらってうれしかったように。」

小さい頃の環境がどれだけ大事か
子供が聴覚障害のおかげで、子供に言葉を教えるにあたり
言語環境においては、たぶん他の母親よりも、深く接してきたかもしれないね。
ありがとう

人とのつながりを大事に 前向きな人生を生きていく
結構私の人生観に似ているな

病気っていつ、誰がなるのかわからない。
アルツハイマー病はじめ認知症・・・仕事柄、そんな人たちと接するのが多いし、
心に病を持った人たちがまわりにいるけれど
赤ちゃん、子供にかかわらず、
いろんな人にほほ笑み合えるようになりたいと改めて思った















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一生懸命生きてきたお年寄りが幸せでない国に、明るい未来はない

2010年03月29日 | 介護のお仕事
昨夜遅く友達から「明日ランチいこ~」とメールが来る。
「夜勤明けやって
「近くにできた介護老人保健施設の見学会やってるで、いこ~」
「行く~行く~」

夜勤明け今日も一日眠れない

で、この介護老人保健施設、実は前の前に勤めていた病院の関連施設だ。

2年前、介護療養型医療施設の全廃にむけ、
(って全廃ってのもどうなったのよって感じ)
早々と業務閉鎖で退職するハメになり
人間関係もよく働きやすい職場だったため、辞めるのはほんと寂しかったのだが
まぁ今でも定期的に飲み会あるし、今転職し、給料も倍ほど増え
やりがいある仕事につけたのは、まぁ業務閉鎖してくれたからだと、
今はありがたくさえ思っちゃったりする

で、誰でもご自由に見学をってことで、たくさんの方が見学に来られていた。
従来の介護老人保健施設の機能にさらに看護面を強化してるらしい。
ふ~~ん

特に興味を持ったのは
小規模多機能型居宅介護1月単位で「日帰り」を中心に「訪問」「泊まり」のサービス形態を提供するとのこと。

デイケアセンター(通所リハビリテーション)もあるし、デイサービスセンターもある。
この違いは後者が認知症対応であること。
ふ~~ん

さすがあの理事長さん、なかなかやり手やな~
既存の病院からこちらに移っていただいたり、
ハード面では最新のをそろえ
これで質のいいスタッフ、給料よければ言うことないよな~
って思いながら、帰ろうと思ったら
(/||| ̄▽)/ゲッ!!!理事長さん

「久しぶりやね。」と覚えていてくださり声かけてくださる。
「ご無沙汰しております。すごいですね、この施設。」
「今どうしてるねん。」
「有料老人ホームに勤めております。
こんないい施設できるなら、待っておけばよかったです。(←社交辞令)」
「ほんまや、待ってればよかってん。(←たぶん社交辞令)」
「(〃^∇^)o_彡☆あははははっ(←二年もたっとるちゅうねん。)」
「では失礼します。理事長さんもどうぞお体に気をつけて。」

どんだけ儲けてるんやろ・・・給料は安かったよな~ってつぶやきながら
施設を出る。

その後、一緒に行った友達の勤める高齢者専用賃貸住宅へおじゃまする。
ふつうのおうちっていっても、初めからエレベーターのついた大豪邸を高齢者用に
改造した、すっごい高級なお屋敷~
まだ入居者さま少なく、ゆとりを持って介護ができる・・・いや介護もほとんどしなくていいらしい。
夜勤なんて仮眠時間5時間だって~
動いてないと、落ち着かない性格・・・むかないよな
でももっと入居者さま増えたら、ここもいいやん


いろんな施設があるよな~

で帰宅すると、前の職場の友達から電話が
前の職場の数人かで辞め、近所に新しくできるこれまた高専賃にみんなで移ったとのこと。
「あんたもおいで~」
「(゜Д゜) ハア??」
聞けば、来月開所なのにまだ数人しか入居予定がないそう。
「起動にのれば考えるわ~」

今の職場、やりがいあっていいけれど
フロア異動もあるらしい
今のメンバーや入居者さん達が好きなのに
やはり人手不足バタバタしている。サービスの質も落ちてるんちゃう?
これでいいのか・・・日々悩む
まだまだやりたいことがあるのに変わりたくない。

例の仕事のまったくできない若い男は、転勤になった。
挨拶もできん、思いやりもない、
他業種からきて介護の仕事は簡単で誰でもできるとなめるなよ

で、上司から昇級試験を受けるか打診された
昇級試験は介護福祉士の試験より難しいらしい。
で、昇給したところで、責任、仕事が増えるだけだ~と先輩は嘆いていた。

あ~~~~どうしよっか
ともすればこの仕事が好きなのに、やりたいことができないジレンマから
いっそのこと辞めてしまいたいとさえ思う時がある。


居酒屋「和民」など外食産業を核に農業や
介護は「ありがとう」を集められるすばらしい仕事だと思われ
有料老人ホームの事業に参加された ワタミの会長さん

先日の新聞記事に低い報酬、見えない未来像
「福祉でもうけようと思うのが間違っている」という人もいたが
みんなが「2000万円の価値がある」と思う有料老人ホームに500万円で入れるようにすれば入居者はたくさん集まる。
その結果、利益がでれば、さらに多くの人に喜んでもらうために使う。
従業員が十分な賃金を得て幸せになるからこそ
お年寄りを幸せにしようという気持ちが高まる。

若い人がお年寄りに責任を持ち国民みんなが高齢者介護を支える
そんな社会をつくれるかどうかは、人々の意識次第。

なるほど~と思った。

そしてこの言葉
「一生懸命生きてきたお年寄りが幸せでない国に、明るい未来はない。」

まさしくその通り~
明日も入居者さまがすこしでも笑顔を見せてくださるよう、
はいっがんばります

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高齢者の施設の選び方

2010年03月09日 | 介護のお仕事
この介護業界に勤めて初めての5連休
冬休みは3連休だが有難いことに、2連休くっつけてくれた

最近業務がばたばたしていて、ゆっくり入居者さまとかかわれない。
認知のひどい方でもゆっくり話すれば落ち着きこともあるのにそれができない。
なんかこれでいいのかな~って思いながら、少し疲れ気味だった

異動もあり、スタッフの入れ替わりが多く5日間も休むときっと辞めたと思われる。
いつも「あんたは次いつくるんや。」聞いてくれる入居者さまに
「5日間ほど休みますので。」と言うと「絶対帰ってきて。」と泣かれた。
結構わがまま・・・いや自己主張のされる方でいつも振り回されているのだが
ちょっとうれしかった
でも、すぐ忘れてるやろな~
みなさん元気にされてるかな~ちょっと休むと気になる。
私はかなり重症だ~

前の職場の友達から飲み会のお誘いがあった。
また誰か辞めたらしい。
っていうか、早く辞めたもんがちで
私が勤めていた時のスタッフはもうほとんど辞め
残ってるほうがさらにしんどくなっている状態で
ほんと気の毒になってくる。それでも新しい人は入ってくるわけで、
最近は他業種からの未経験者が多く、介護の仕事は誰でもできると思ってるんやろか
やっぱりむき、ふむきがあると思う
誰でも未経験の時があり、経験を積んでいくのだけれど
何にもわからない←教えてもらえていない、またできない人に命を預ける入居者さまが一番かわいそうだと思う

こういう高齢者の施設を選ぶには、やはり情報収集が必要だ。
きっと営業の方は良い事しかいわないだろうし
入居されている方の家族に聞くとか、
本音を話してくれるそこに勤めているスタッフ(←身内がいい)に聞くのが一番だと思う。

といっても、その人に合っても、自分に合わない
そのフロアはよくても、別のフロアは合わない。
入居した時はよくても、月日を重ね介護レベルが上がった時によっても変わってくるだろう。

結局 良い施設に出会えるのは運、不運なのか・・・

介護レベルが上がった時、認知がひどくなったり、身体的な介護が必要になったり
医療的な看護が必要になったりしたとき、どのような対応をしてくれるのか
また、自分が変わらなくても、周りがそうなった時どのような対応をしてくれるのか
話あっておく必要もある。

たぶん明確な返事はしてくれないだろう。
それができれば、現場の私達もこんなにしんどくないのだ。

でもそれにむけ、少しでも問題解決に
どれだけ、一生懸命考えてくれるのか、誠実に対応してくれるのかが必要だと思う。

そして上の人たちは、私達現場のスタッフが、少しでも入居者さまが穏やかにお過ごしいただけるよう、できることを頑張っているのを見てほしいな~

友達の遠方のおばあちゃんがどこか施設を探していると言う。
「うちに来る?」とは言ったものの「高すぎる~」そうだ。
それも大きな問題みたいだ。

せっかくの連休、やっぱりこうして仕事のことを考えてしまう。
やっぱり私は重症だ~
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仕事のやりがい 2

2009年11月17日 | 介護のお仕事
今年の5、6月に「仕事のやりがい」「心配の種」と題して記事を書いていたのを
懐かしく思いながら読み返していた。

その後8月に退社
最後の日、上司からはなんのねぎらいもないけれど、同僚が花をくれてとても感激したのは、早3ヶ月前
翌日から今の新しい職場に転職し3ヶ月になる。

やはりこの仕事、どこでもとてもハードである。
しかし前の職場とちがうのは、みんな一生懸命、仕事をする。できる。
上司がそれを認めてくれている。
正直給料面でもかなり増えた。
仕事の質もかなり高いけれどやりがいがある。
とりあえずは、転職して良かったと思う。

前の職場は私の前に2人辞め、私の後に4人辞め
残っている同僚に話を聞けば、心痛むが
そこまで、人が続かない原因が何にあるのか・・・
上はわからんのかとも思う。
いまだに、私は元気か?会いたいと言って下さる入居者さんを
うちに転居させたいぐらいである。

どこともこの業種、かなりしんどいと思う。
世の中不景気で、他業種から転職してくる人も増えているようだが
一番思っているのは本人だろうが、明らかにむいていない人もいる。
やはり、この仕事好きじゃないと続かないだろうな~

たとえ体がしんどくても、入居者さんが私が行くのを待ってくれてるだけで
元気な笑顔を見れるだけでがんばれるのだ。

今の職場、周りを思いやるスタッフが多く、
上司も「今はしんどいけれどなんとか業務改善するから、辞めないでね。」
って言うけれど
私は「前の職場がひどかったので、このぐらいじゃ全然大丈夫ですよ。」
と笑って答える。
唯一前の職場での経験がそのことに気づけると今になるとありがたいとさえ思う。

でも一番頑張っているのはその上司で、
それを見ている私達も、自然とオーバーワークになっているのはたしかだ。

サービス残業あたりまえ、休憩時間も削り業務をこなす。
それを少々の不満でがんばれるのは
スタッフ同士信頼しあい、自分に役割があるということがやりがい、生きがいになっているからだ。

今はこれでがんばれるけれど
やっぱり、これからの高齢者社会
尊敬すべき人生の先輩である方々を支える介護
そして、私達もいずれは順番に、若い人たちのお世話になるのだ。

ヘルプマン 13巻でも介護職員待遇偏として現状を書いてくれている。
娘の信頼していた上司は、家族ができ、転職したそうだ。
「何で介護をやりたい奴まで辞めなきゃなんねえんだよ!」というセリフもあった。

国は、そのことにもっと着眼し
介護士も看護師のように社会的に認められ、尊敬を受けれるように収入を底上げし
職員のモチベーションをあげて、若い人が介護士になりたいと思うように
続けれるような 介護職員待遇改善を強く望みます。








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心配の種

2009年06月19日 | 介護のお仕事
仕事のことは、自分の中では解決がつき、
いろんなところで勉強しようと転職を決意し
上司と話し合いを続けていました
もう少し(私の中では新しいところが決まるまで)
ここで力を貸してほしいと、言う声に
私が思っていたより評価が高く、やっぱり悪い気はしない。
単純な私は有難いと思いながらがんばってはきたけれど
完璧にその上司との信頼関係をなくす出来事があった

やっぱり、信頼あっての人間関係である。
トップの人間であるあんたのそんなとこが、私の一番やめたい原因じゃ~
と怒鳴りつけたいのを我慢しつつ、毎日求人情報見ている私です


で、就活の私と裏腹に
同業者の娘の話によると、日々成長続けてるのを感じる
若い子を育てるのも、やはり周りの環境である。有難く思う。
ここがうちの職場との大きな違いだ~
まあそれはともかく
早出勤務に始発に乗って行かないといけないので
車で行きたいという娘。
聞こえない娘の運転に不安な私
私より運動神経ももちろんいいし、運転技術もうまいと周りは言う
しかし、心配だ~
電車だと5時20分に出ないといけないのが6時でも十分間に合うという。

娘と休みが合った日に、6時に出発して行ってみる。
だんなが二回ほど行っているので道順は聞いて大丈夫!!と思いきや~
何度か迷い、また違う行き方でもどこか出る抜け道ちゃう?と行ってみるが
ここはどこ?ウロウロさまよう

ちょっとそことちゃうやろ!二人ブチ切れ~
「人とぶつかる時に、事故にも気をつける」と言われるごとく
「落ち着け~」とお互い反省し、なんとか早朝のドライブは終了。

友達とモーニングの待ち合わせしていたのに、時間ずらしてもらうハメになる。
10時。
4時間も走ってたやん。岡山十分行ってるで~グアムも行けるわ
あ~~~疲れた。
早朝なら迷わずいけば、40分ぐらいで行けそうだ。
娘は車も買うつもりで、行く気満々である。
あ~~やっぱり心配だわ


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仕事のやりがい

2009年05月23日 | 介護のお仕事
私の一番生きがいであった子供たちが、自分足で自分の力で歩き始めた今
仕事のやりがい=私の生きがいのひとつとなりつつ日々生きている中
しかし・・・・

友達の勤務先の施設がテレビに出るからということで
今朝インドネシアの介護士を受け入れる番組観ました。

言葉や習慣のちがいにとまどいながら
家族と離れ、3年後の国家試験に合格しなければ即帰国という条件の中
頑張っている彼らの姿
また日本の施設も、そんな彼らを迎えるためプロジェクトチームを作り
受け入れている様子の番組でした。(受け入れる日本の施設も少ないそうだ。)


前の職場が業務閉鎖でやむを得ず、今の職場に変わり半年
人手不足
仕事は見て覚えて~言われ、絶えずアンテナはりめぐらし
誰もが他人どころじゃない、人間関係に心痛め

こうすればいいのではと思うこともあるが
サービスの質をあげれば、仕事の量が増える。
これ以上どうすればいいねん。と
絶えず不平不満な愚痴いっぱいのスタッフの中で言い出せない

技術不足、危機管理の意識が低い中、あまりに転倒が多く
それを改善する意識が高まってはきたけれど

人の命を預かる責任の重さのわりに、報酬の少なさ
現場の状況をみず、結果だけ、個人を攻め立てる他業種の人たち

一生懸命やればやる人ほど体調をこわす

桜を見に、散歩ご一緒した高齢の利用者さま
さっきのことも忘れるのに
「あんた、桜見に連れていってくれたな~
夢みたいやったわ。ありがとな~」
手を握り涙ぐまれる。

そんな一言で、この仕事がんばれたのに
介護の仕事は楽しいって思っていたのに

誰のための施設なん?利用者の思いはどこに?
職員はただのコマにすぎん?
若い頑張る子達の育て方、職員のモチベーションの上げ方がへただ。
すべては会社の利益のため?

この施設を変えるため、一緒に考えていきましょう。力をかしてと
言われる上司とは裏腹に、
3ヶ月と言っていたのにいつまでたっても正社員にしてくれない

このままここにいると介護職自体、続けることが嫌になりそうだ


聴覚障害のある娘も4月から介護職で働いている。
夜勤も一人で勤め
1時間半の通勤時間、夜勤の回数も多く私よりハードな勤務状況である。

それでも「仕事楽しいねん。」といつも言っている娘。
「ちゃんとできているの?人の命を預かる仕事や油断するな、気をぬくな」と
言い続ける私。
「わかってるわ~毎日うるさいわ」と言いながらも笑顔ででかける娘見ながら
職場の方々のサポートに感謝し、無事過ごせることを祈る。


今朝のテレビで
「おとしよりと一緒によい思い出を作りたい。」
くったくのないインドネシアの彼女らの笑顔に、感動
自分はいったい何をしているのかと思わず涙が出た。

よく泣きます


職場のはじめしんどかった人間関係も、
今となれば仲良く飲みにも出かけ、情もわいてくる。

ただでさえ人不足の中、一人でも減れば現場がたいへんやろな~
みんな悪いな~そう思いながらも
一つのコマにすぎず、また新しい人雇い回っていくんやろな~

番組の最後にも言っていました。
一生懸命がんばるインドネシアの彼らたちの願いが叶いますように。

やすらぎ与え元気をくれる・・・・そんな介護士に私もなりたい。

さぁ~一歩踏み出そう











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撃沈→復活?

2009年04月01日 | 介護のお仕事
1月に受験した国家試験
昨日合格発表がありました。

このブログに書けなかったことで自信のなさがわかるでしょ

試験なんて大学受験以来?
学生時代は勉強だけしてたらいいけれど
この歳で試験なると、受験生の娘、息子かかえ、
家事、仕事やりながらというわけで
でも仕事休んでいた期間もあり、準備期間は十分とばかり
学生時代これだけ勉強してたら、もう少し成績よかったのにな~思いながら
受験日を迎えたわけですが、
「子供たちには忘れものないの?」
「早めに行きなさい」と言ってるくせに、上靴は忘れ、
トイレ行ったら時間せまってたり、反省しきり

で、試験、過去問、傾向と対策、いっこも出てないやん
えっ~そんな用語、聞いたことない
すっかり戦意喪失
でもこの歳で学んできたこと
最後まであきらめない。
わかるところからやっていく。
何度も何度も見直しする。

午前の科目難しかった~
午後の科目に気持ち切り替え全力集中
午後は比較的簡単だったけれど、終わったら帰る人もちらほら
でも、答え書くトゴちがってないか、何度も見直す。
子供らには「何でも無理~って言うな」~って言うけれど
ほんま無理~帰りの電車、誰かになんか言われたら泣き出しそう。
友達からの飲み会の誘いも「無理~」

この試験、点数は合格でも一つでも科目で0点があれば不合格
もう恐ろしくて自己採点もできん
なんか今年は問題作った人変わったとか
この業界人手不足やのに、ひっかけ問題作ってどうするん(全然ひっかけでもなく勝手にひっかかっただけかも
試験に落ちて、仕事やる気なくしたら、もっと人手不足やん。
とぶつくさ言いながら、わざと試験のことは思い出さないようにして2ヶ月
昨日を迎えたわけです。

昨日は仕事で休憩時間「ネットでみようかな?」
同僚が「やめとき、落ちとったらその後仕事手につかんで~」
「いけるよ~私はプロです
落ちた前提
でもよう見ん。
いつもはタイムカード押してダッシュ!-=≡ヘ(* - -)ノ で帰るのに
なんか帰るのもモタモタ~

で、帰ってから息子にネットで見てもらおうかな~
でも落ちてたらいややし~
「どうやった?」友達からメールが
まだ見てないっちゅうねん。

で、合格番号探すけれど・・・・
ず~っと番号続いてる。いけるんちゃう?

ありました。
やっぱりうれしいもんです。
何度も何度も、娘にももっぺん見て~と。
「もうしつこいって。」
同じ職業の娘、「あんたもお母さんに続くんやで~。」
「無理~」
私「無理って言うな」説得力ありません。

ここで自己採点、問題の難易度で補正せずとも101点ありました。
なかなかやるやん≧(´▽`)≦アハハハ
もっとはやく自己採点しとけば、よかったと

120点中、合格点76点
昨年は82点ぐらいやったから難しいと思ったのはみな一緒~
合格率52パーセントだって?

たぶん筆記試験より実技試験が難しかったんやろか?
友達が絶対試験緊張するから先行っときといっていた実技講習。
講習とはいえきつかった~
実際の試験に準じて行う試験があり
昨年4月にこれも半泣きで通ったのを思い出した。

その辛かったのも、睡眠時間削って、ほんと眠たかったのも
友達のお誘い断ったんも
なんかいろいろ思い出した~

娘よ~息子よ~母であっても勉強してた姿を目に焼き付けときなさい

さ~て仕事探そ~

自分で自分のごほうびに
スラムダンクとドラゴンボールのデラックス版
リアル、H2を数冊、大人買い~
もちろん、ブックオフです





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やめました

2008年04月01日 | 介護のお仕事
仕事やめました

2011年度末に介護療養病床全廃の行政の指導により
勤務先である療養型病院が早々と閉鎖になったのである。

療養型の病院がなくなると
在宅での看取りがなかなかできない家族も多いし
特養もかなり待機者が多くてなかなか入れない。
受け皿が不足した状態やのに
「ほんとどこに行ったらいいんや~。そんなに高額なお金も払えない。」
と嘆いていたご家族もいて。
「ご家族さんもお体に気をつけて。」っていうのが精一杯でした。
療養型老健とやらや、在宅療養環境ももうちょっと整え
どうか介護で苦しむご家族や、ちゃんとしたケアを受けれず亡くなっていく人がないことを祈ります。

それより、医師はもちろん、看護師、介護師の人材そのものを
もっと大事にしてほしいなぁ~

この職場、何よりも人間関係がよかったし、仕事も楽しかったし。
そして私の唯一の歌謡ショーの舞台が今後なくなる
着物着て石川さゆり、チャイナドレスでテレサテン
バックダンサーズしたがえての美空ひばり
昨年はロングドレスで由紀さおりで唱歌を歌った。
「いつまでもこの病院が、心のふるさとになりますように」と。
水戸黄門や遠山の金さんの劇も楽しかったな~
ほんと残念で、寂しい限りだ

一人、また一人とスタッフがやめ
もちろん患者さんも転院していき
最後の患者さんは雨が降る中、師長と二人で
お見送りした。
「元気でね。」
「家帰りたい。」

ありがたいことに患者さんの家族さんからは
「父のもどった聴力、穏やかな様子
また家族に気遣い親しく話しかけて下さる皆様に
父だけでなく私達家族もたくさんのなぐさめと
励ましをいただきました。」
と心こもるお手紙やお言葉をいただいたが、涙のお別れを繰り返した。

昨日最後の勤務日
ほとんど関連施設への転院だったので
最後まで残ったスタッフと、転院していった患者さんのとこに面会に行った。
まぁ案の定、覚えてくれてるのは数人で
でも皆さん、元気そうで・・・・
ご縁あって数年間一緒に過ごした皆さん方
どうかこれからも心穏やかに過ごせますように。


関連施設への転勤という選択もあったが
ほとんどのスタッフとともにここでの仕事を終えた。

何より、ここでの人との出会いが私の一番の宝である。
お別れは寂しいが、
みんながそれぞれのもっと輝く人生が待ってるのかもしれない。

私はこれからまた新しいことができるチャンスをもらったと思った。

4つほどやりたいことがあって
しばらくそれにむけてのちょっと充電期間。

でも気付いてみるとちっぽけな私の夢が2つかなっていた
まぁそれもあくせく働かずして好きなことができる、
だんなの扶養のおかげである
4月からサラリーマン世帯の専業主婦は
夫の厚生年金の半分が自動的に分割されるって
離婚しても

いやいや・・・あなたのそばにいるから
私は好きなことをさせてもらえると感謝しております。
もうちょっといやまだまだ
どうぞよろしくお願いします





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