♪あなたに逢いたくて

眠れない夜は、旅の思い出や、私の想いを綴ります。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

母からの手紙

2012年10月15日 | このブログを読んで下さるあなたへ
いよいよ本題~

そのサイン帳の一番後ろに母からのメッセージが書かれていた。
母は、私が高校を卒業した年に病気で亡くなった。
この頃の自分に言ってやりたい。
親孝行しなさいよ。 母との時間をもっと持ちなさいよ。
もっと一緒においしいもの食べたり、いろんな話したり・・・

もっと一緒にいたかったよ

私が母になり、子どもたちにこうして、自分の思いを伝えたいように、母からもこうして30年以上たって
メッセージが届いた奇跡に涙がとまらない。

あなたを知らない孫たちにも あなたの思いを残します。
母が私に言いたかったこと。
私も子どもに言いたいことと同じことであることに
また涙があふれる。


「卒業おめでとう。
お母さんもすごく感激しています。
(私)ちゃんが生まれた時からお母さんにとっても始めての経験で
幼稚園小学校入学そして卒業する。

いろいろなことがあった。
転校、転校と何度も学校をかわり悲しい思いをしたでしょう。
でもね、みんなが味わったことのない楽しい思い出もあったと思うの。
幸い、あなたは明るい性格だからどこへ行っても すぐにお友達がたくさんできたし
いまだに文通しているでしょう。

少し気の弱いところもあるけれど・・・・
負けん気の強い時、運動会のかけっこなどお母さんも一緒になって胸をドキドキさせた思い出
市の展覧会で入選してうれしかった事

お世話になった先生の中で 自信をつけていただいて 
ずいぶんがんばった事もあった。

もう中学生になったら「自分の進む道は自分で考え」成長してほしいと思います。
そしてお友達はこれからも仲良く相談しあうようになって下さい。
人生の中で学生時代の友達ほど心に残ることはないと思います。
                                  昭和50年3月18日」

小学校までは父が銀行員だったこともあり
名古屋や、桑名、大垣へと引っ越ししたっけ。
その度に、私や妹はおお泣きだったっけ?
引っ越ししなくなったのは、
今思えば、母が病気になり、おばあちゃんの家の近くにずっーと住むことになったから。

どんな思いで、子どもの成長を楽しみにして
どんな思いで、死を受け止めて逝ったのだろう・・・・

お母さん、私は今、とても幸せですよ。

そしてあなたが子どもの幸せを祈ったように 私も子どもたちの幸せ祈ります。

↑あまり残っていない母との写真
私はやっぱり、父親似だ


コメント (6)

小学校のサイン帳

2012年10月15日 | このブログを読んで下さるあなたへ
昨日のつづき~

おばあちゃんちの片づけをしていると私の小学校卒業の時のサイン帳が出てきた。
なにげに見ていると

やたら、芸能人をきどった自分の名前をくずしたサインを書いている。
今思うとチョーはずかしい

当時の先生が、字がきれいとほめてくれていた。
たしかに、今よりきれいかも

当時私は背が低く、「ちび」と言われていたこと。
たしか、前からは2番目やったと思う。
これから過ごす青春時代、やはり背はそんなに伸びることはないが
「ちっちゃくてかわいい」と何度も言われたことをこの時の私に言ってあげたい

私は桜田淳子が好きで、山口百恵ファンの友達と
切り抜きを交換してたらしい。

○○くんとアイアイ傘で冷やかされていること。
いや~この○○くんのことは好きやなかった

息子がサイン帳を見て、「ブスとか死ねとかひどくない?」って言う。
「この子はお母さんのこと好きやってん。」
この頃は、そういう言葉が飛び交っても、ほんと平和な時代だった。

「離れても友達だよ。私のことわすれないでね。一生友達だよ。」
って言葉が連呼されているが、そのまま小学校から、中学校へほとんどの子があがるので
たいした別れにはならないのである。

で、一生友達にもほとんどならない。
高校へ行くと、高校の友達が一番になるのである。
実際、このサイン帳をあけるまでは、この時の友達のことはすっかり忘れていた。
みんなどうしてるんかなぁ?
たぶんどこかですれちがってもわからないんやろな?

ひとり、この時は、そんなに仲良くなかったけれど、中学で仲良くなり
高校離れたけれど、最近ミクシィでまた再会した友達がいる。
その子はもちろん、その子のお父さんまで、私のこといまだに「ちび」と呼ぶ
たぶん、あんたより、おっきいで

まだまだつづく




コメント

おばあちゃん

2012年10月14日 | このブログを読んで下さるあなたへ
まもなく数えの100歳を迎える大好きなおばあちゃん。
春には食欲が落ちどうなるか心配していたが、なんとか夏を乗り越え、今また自力で食事ができ元気を取り戻してきた。

しかし、問題になってきたのが、おばあちゃん入院後、空家になっているおばあちゃんの家。
なんとかそこで最後のお別れをしたいと思っていたが、立ち退きだという。

そこで親戚総動員で、片づけにあたる。

何でも大事に置いていて、おばあちゃんが家族に注いできた愛情があふれていて、胸熱くなるが
今となれば、それもがらくた。
あまりの物の多さに、作業が捗らず、連日の疲れもあいまって どなりあいになることもあるという。

まぁこれも、何か意味あり、おばあちゃんがさせていることかなと
孫である私は、時々しか手伝いにいかず
第三者的に、父や、おじ、おばを見ているわけである。

たぶん、時にはケンカし、時には出てきたもので思い出語り
いつかくる、おばあちゃんを送る日の心の準備をさせてくれているのではと思う。


で、なぜか、私の小学校卒業のサイン帳がでてきたのである。
そこには、30年前に亡くなった母からのメッセージが書かれており・・・・・つづく

↑の写真
母とおばあちゃんと私と妹が映っているめずらしい写真
娘の小さい頃、いちびった写真ばかりで笑っていたら 私も変わらずとみんなに笑われる
このおうちとも、もうすぐお別れ
コメント

三線日記 30

2012年10月14日 | 三線日記
七夕の職場での演奏会以降すっかり三線ご無沙汰していましたが
またまた、職場での演奏の機会があり、今回は歌や踊り、職員の出し物なので
先生方にはお願いするわけにはいかず、初心者ばかりで演奏します。

初めてだけど、マンドリンやってる人はさすがにうまい。即うちの主要メンバー
私より後から始めたのに、とっくに私を追い抜いて行き、さらに笛までふけるという、うちのエース
そして、前回のたなばたから始めた・・二人、まじめなので、練習すれば大丈夫やと思うんやけど
一番問題なのは私かもしれないここ数日気合い入れて練習しています

MCをやるので、有無を言わせず、私はセンター
歌もばっちり決めたいのね。 うん、がんばる


曲目は
もみじ
浜千鳥
琵琶湖周航の歌
ふるさと

うちら陽気なかしまし娘~・・・これも弾きます。

やっぱ楽しいな~むっちゃ楽しみ

教室の方はお休みしてますが、しっかり三線には携わっております。
ごめんね。先生
コメント