サッカー狂映画監督 中村和彦のブログ

映画「アイ・コンタクト」DVD発売中!
サッカー・映画・手話、各障害者サッカーにまつわる話もUPしていきます

磐田フットボール映画祭で『アイ・コンタクト』上映

2016年05月26日 | 「アイ・コンタクト」上映予定

映画『アイ・コンタクト』が静岡県磐田市で上映されます。
 

磐田フットボール映画祭での上映。
日時 5月28日10時より
上映場所 ワークピア磐田 

私も当日行きます。
映画撮影当時キャプテンだった寺井さんとのトークショーもあります。
手話通訳もついてます。 

新作短編ドキュメンタリー映画MARCHも同時にご覧になれます!
1日券を買うとTシャツもついているそうです。 

近隣のかたは是非どうぞ。

詳しくは下記のHPを参照してください。

磐田チャリティーフットボール映画祭

 

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CPサッカー日本代表選考会 安永新監督の第一歩

2016年05月03日 | その他のサッカー

4月30日〜5月1日の2日間、CPサッカー(脳性まひ者7人制サッカー)日本代表選手第一次選考会に行ってきた。

選考会は7月30日〜8月6日にデンマークで開催される“IFCPF World Championships Qualification Tournament”へ向けたもの。来年開催される世界大会の予選としてリオパラリンピックに出場しない国が参加、上位8か国が世界大会への出場権を獲得する。

CPサッカー日本代表としての活動は、昨年6月にリオパラリンピック予選に敗れて以来。(その間、アンダー世代の活動はあった)。
この4月に
元Jリーガーの安永聡太郎氏がCPサッカー日本代表監督に就任、実質的な第一歩目ということになる。
安永新監督の就任でどんな化学反応がおきていくのか?そんな興味もあり選考会に足を運んだ。


選考会会場には全国から約30名が参加。最終的には半数以下まで絞られるようだ。
初日は短距離、中距離走など体力測定などを中心としたもの。
そして
2日目はゲーム中心の選考会。元Jリーガーやなでしこの選手たちも練習パートナーとして駆けつけ、CPの選手たちと対戦した。
単なる選考会にはとどまらず、ゲームの前後に監督がテーマを与えたり、練習をはさんで守備の約束事を決めたりなど、“熱い指導”
がおこなわれた。全国から集まった選手には、とても刺激的な時間になったのではないだろうか。

これからのCPサッカー日本代表がとても楽しみだ。

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障がい者サッカー7競技の紹介映像(解説付き)

2016年04月26日 | 障害者サッカー全般

 障がい者サッカー7競技を紹介した映像を制作、youtubeにアップされています。
 どうぞご覧になってください。 

サッカーなら、どんな障害も超えられる。 -障がい者サッカーの魅力

 使用している映像に年代のバラつきもあり、映像の流れにそって簡単に解説を加えておきます。主としていつ、どこの映像か、という解説です。
 競技自体の説明は各障がい者サッカーのHPや、このブログの過去の記事などを参照してください。


 知的障がい者サッカー
 全て2006年当時の映像。映画『プライドinブルー』からの抜粋です。
 2006年ドイツワールドカップ閉幕後、同じドイツで知的障がい者サッカーの世界大会が開催されました。大会には日本代表も参加。満員のスタジアムは開催国のドイツと日本の開幕戦。3万人ほどの観客が詰めかけ生中継もおこなわれました。
 その大会では思うような結果は残せませんでしたが、その後日本代表の実力も上がり8年後のブラジル大会ではなんとベスト4に進出!
 日韓ワールドカップの時から世界大会がワールドカップ開催地で行われることになり、次回はロシアで開催されます。

 日本代表のGKが当時通っていた秋田の養護学校(当時は特別支援学校という名称ではない)のサッカー部の映像も少し使用。10番の選手は本当にサッカーが好きな選手。試合に出てもほとんどボールに触れることはないのですが、とにかく楽しそうな表情でプレーする姿が印象的でした。


 ろう者サッカー(=デフサッカー)
 女子の映像は2009年台北デフリンピックに出場した“もう一つのなでしこジャパン”を追った映画『アイ・コンタクト』からの映像。
 男子の映像は、2015年5月におこなわれた“ろう者サッカー男子日本代表”vs“知的障がい者サッカー日本代表”の試合、2016年3月のろう者サッカー男子代表合宿の映像。合宿は今年6月にイタリアで開催される世界大会へ向けておこなわれています。
 後半の映像は、トルコデフリンピック(2017年開催)のアジア予選を兼ねたアジア太平洋ろう者競技大会韓国戦(2015年10月)でのゴールシーン。

 ちなみに女子日本代表チームがあるのは、七つの障がい者サッカーのなかでろう者サッカーだけです。(個人としては電動車椅子サッカー日本代表候補の選手などもいます。電動車椅子サッカーは男女混合)
 その他男女のデフフットサル日本代表チームもあり、昨年タイで世界大会が開催され、大会は劇的なシーンの連続でした。その時の映像も使用したかったのですが長さの関係で割愛しました。


 ブラインドサッカー
 いずれも東京で開催された2014年世界選手権、2015年リオパラリンピックアジア予選を兼ねたアジア選手権の2つの大会、並びに2016年3月の日本代表vs韓国代表の親善試合の映像。東京で開催された2大会は各メディアにも取り上げられていましたので目にした人も多いかと思います。
 視覚障害者のサッカーにはロービジョンフットサルもありますが、後半のほうでロービジョンフットサルの選手の映像があります。その映像はロービジョンフットサルとCPサッカーのクラブチームとの交流試合のなかの一コマ。


 電動車椅子サッカー
 試合の映像は、2012年8月のブロック選抜大会(各地区で選ばれた選手たちが集まって日本一を決める大会)、2013年1月オーストラリアで開催されたAPOカップ(日本が優勝)、2016年3月のドリームカップ(クラブチームが国際ルールの6kmで競技する大会)。その他も含めてすべて現在撮り進めている電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画からの映像です。
(映画は2017年7月に開催される世界大会まで追い、2018年3月完成予定)


 CPサッカー
 主として2016年3月に撮影。後半の練習試合は2006年撮影。
 クラブチーム(エスペランサ、ASユナイテッド)の練習風景、横浜みなとみらいで行われたイベントなどの映像です。
 CPサッカーに関しては(CPサッカーのルールにのっとり、双方がCPサッカーのチームである)試合映像がまったくありません。映像ではフットサルルールだったり、練習試合の相手が中学生だったりです。


 アンプティサッカー
 2016年1月静岡で開催れた『第1回静岡障がい者サッカーフェスティバル大会』の一環で行われた東西戦、並びに2015年5月開催のレオピン杯の映像。
 東西戦ではセルジオ越後氏から(映像のなかでPKを決めた)少年にMVPが贈られました。


 ソーシャルフットボール
 2016年2月大阪で開催された第1回ソーシャルフットボール国際大会の映像。見事に日本が初優勝を飾りました。
 
 他の6つの障がい者サッカーに関しては映像を見ればそれぞれの競技がなんとなくはわかるふうになったと思いますが、ソーシャルフットボールに関しては特性を描くところまではいってません。私の理解が足りていない、映像も足りないということによります。


 このブログで各障がい者サッカーごとに、各々の大会など詳しく書き込んでいるものもありますので是非目を通してみてください。

 

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電動車椅子サッカーの選手たち

2016年04月04日 | 電動車椅子サッカー

 JIFF障がい者サッカー連盟設立前から各障害者サッカーなどについて書き込んでいこうという思いはあったものの、忙しさにかまけてほとんど何も出来ていなかった。

 例えば昨年10月に岐阜まで観に行ったCPサッカー全国大会。あるいはブラインドサッカー日本代表パラリンピック予選敗退のメディア報道で、“批判”がほとんどなかったことへのブラインドサッカー協会松崎さんの指摘のことなど、下書きして放置したままになっている。そのあたりは時期を逸してしまったが、“今日”は電動車椅子サッカーの選手たちについて少しだけ書こうと思う。


 電動車椅子サッカーの選手は、障害(難病)的には、筋ジストロフィー、脳性麻痺、脊髄性筋萎縮症(SMA)、脊髄損傷などがいる。昨年放映されていたドラマ内で電動車椅子サッカーをプレーしていた三浦春馬さんの設定はALS(脊髄性側索硬化症)だったが、実際にはALSのかたとはお会いしたことがない(認識できてない可能性もある)。
 
 電動車椅子サッカーにはクラス分けがあり、ざっくりいうと軽い方のクラスは主として脳性麻痺の選手、重い方のクラスは脳性麻痺以外の選手ということになる。

 各々の障害(難病)にもいくつかのタイプがあり、症状も個人によって異なる。
 筋ジストロフィーにもいくつかの型がある。私自身ヘルパーの資格をとり介護の現場も経験、実際体に触れることにより筋ジストロフィーを実感したりもした。その30代の男性が昨年亡くなった。彼は電動車椅子サッカープレーヤーではないが、この1年で(私の知る限り)電動車椅子サッカー関係者が6名以上亡くなった。なかには面識がある人も含まれていた。
 2013年1月オーストラリアで開催された大会に参加することになっていたが選手が大会直前に入院、その後亡くなるということもあった。
 そのなかの一人はお葬式を撮影させていただいた。撮影していいものなのか、撮影させてくださいとお願いしていいものなのか、かなり迷ったが ご家族にお願いして承諾をえた。

 若くして亡くなった人々の想いの延長線上に電動車椅子サッカーがある。
 その想いの一端だけでも、現在制作中のドキュメンタリー映画で伝えられたらと思っている。

 ちょうど1年前の4月4日も19歳の電動車椅子サッカープレーヤーが亡くなった。当日午前中も電動車椅子サッカーの練習をしていたという。面識もありFacebookのお友達でもあったが、その時は都合がつかず前夜式も葬送式も伺うことができなかった。せめて1年後、追悼文らしきものを書こうと思い、こういう書込みになった。

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JIFF(障害者サッカー連盟)が青く染まった日

2016年04月03日 | 障害者サッカー全般

 4月1日に設立したJIFF(障がい者サッカー連盟)が、翌日、渋谷で開催されたWarm Blue Day2016に参加。
 それなら行かなきゃということで、行ってきました。立場としてはなんだかよくわからないけれどもボランティアスタッフみたいな感じで。 

 Warm Blue Dayは『世界自閉症啓発デー』。世界中を青く染め。自閉症のみならず様々なマイノリティへの理解を深めるためのイベントでもある。サッカー的に“青”は日本代表の色。そういった意味でもJIFFにとってもピッタリ。

 イベントには、ろう者(デフ)サッカー・フットサルの選手などを中心に各障がい者サッカーの選手たちが参加。

 電動車椅子サッカーの北沢選手は2日連続のフル参戦。Yokohama Crackersの清水選手などとともにデモンストレーション。他競技の選手たちも興味津津、キック精度の高さに驚いていた。
「そりゃーそうだ」北沢選手のキックの精度はおそらく日本一ですから。

 たまたま通りかかった人々もブラインドサッカーなどを体験。おみやげはSAMURAI BLUEのタオルマフラーと障がい者サッカーHAND BOOK。HAND BOOKには各障がい者サッカーのことがわかりやすく書かれている。

 ソーシャルフットボール、ブラインドサッカー、CPサッカーの選手たち、北澤会長、東ちづるさんも姿を見せた。

 デフフットサルとソーシャルフットボール間のガチンコ試合をやってほしいと思っていた私は両者間の橋渡しを。(最近手話を使っていなかった私は午前中は手も動かずしどろもどろだったが、手話を見たり手を動かしている間に少し勘が戻ってきた) 

 同じルールでやっている競技団体同士はどんどん強化試合をやっていってほしい。そういった試合を他競技の選手たちが観に行って刺激を受けたりだとか。
 もちろん異種競技間の交流をメインとしたイベントも大切だがつながれるところからつながって、“ガチンコ”の試合が増えていけば良いと思う。

PS 既にそういった試みは各地で進みつつあるようです。 代表同士のガチンコももっと見てみたい!
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障がい者サッカー連盟 JIFF 設立

2016年04月02日 | 障害者サッカー全般

障がい者サッカー連盟JIFFが設立された。
(連盟のHP http://www.jiff.football/
過去10年間各障がい者サッカーと関わって来た身としては、とても感慨深い。

JIFFとは、Japan Inclusive Football Federation。Inclusive(インクルーシブ)とは包括するという概念、つまり何者をも排除しないということでもある。
以前は健常者スポーツと障害者スポーツの管轄が違うということもあり、健常者サッカー(何だか変な言い方ですが)と障害者サッカーは分断されてきた。 以前も細いパイプが皆無ではなかったが、今後はJIFFが双方の大きなパイプ役となる。

障害者差別解消法が施行された4月1日、JIFFの設立発表会がおこなわれ私も行って来た。
発表会には各団体より1名ずつ選手も来場し挨拶や質疑応答に対応した。いずれの選手も旧知だったり、面識はなくても試合を観ていて知っている選手ばかり。
知的障がいサッカーの内堀選手などはうまく答えてくれるだろうかと勝手に心配したりドキドキしたりしてしまったが、それぞれの選手の受け答えからメディアの方々も何かしらのものを感じ取ってくれたのなら良かったのかと思う。
ろう者サッカーからは河野選手。河野選手は拙著『アイ・コンタクト』(岩波書店)で、人口内耳のフットボーラーとして紹介した選手。手話よりも口話を先に身につけたわけだが、発表会ではしゃべりながらの手話(というか手話がついた口話)と、音声日本語を発しない(しゃべらない)手話の2パターンで受け答えしてくれた。
多くの選手に共通していたのは、知ってもらいたい、プレーを見てもらいたい、日本代表と同じユニフォームを身に纏いたいという想い。
それらのことが実現できることを願っている。というか、願っているばかりでなく出来ることはやるつもり。

また発表会のオープニング映像を作らせていただき会場で流してもらった。こちらは後日HPにアップされる予定。 

もう少しいろいろ書き込もうと思ったが、力尽きました。

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映画『MARCH』の第2歩目

2016年03月15日 | 映画『MARCH』

 昨夜(3月14日)は、JFAハウス1Fヴァーチャルスタジアムで映画『MARCH』の試写会。多くのかたにご来場いただいた。

映画『MARCH』は福島県南相馬市小中学生のマーチングバンド『Seeds+』を描いた短編ドキュメンリー。愛媛FC(及びメインスポンサーである太陽石油)が『Seeds+』を招いたことが映画制作へとつながっていった。
 そういった意味で映画『MARCH』は福島と愛媛、南相馬市と松山市をベースにした映画。
 そしてもう一つのベースがサッカー。『Seeds+』は愛媛FCの試合前に演奏演技を披露、南相馬コールの声が愛媛FCやセレッソ大阪サポーターから沸き起こった。そしてそもそもサッカーというキーワードがなかったら私が作品を作ることもなかった。

その3つのベースとなった、ゆかりの地で試写会が開催。

3月11日は愛媛(松山市)での試写会。愛媛は制作資金の多くを集めていただいたところでもある。
そこでの試写会が第1歩目。

第2歩目が JFA(日本サッカー協会)ハウスでの試写会。Jリーグに後援をいただいて実現した試写会。
試写会には南相馬市からもSeedsのメンバーや関係者が駆けつけてくれた! 

そして3歩目が3月19日福島県南相馬市での試写会。
http://seedsplus.main.jp/sce2/

映画『MARCH』、やっとスタート地点に立ちました。

 

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愛媛から兵庫へ ろう者サッカーフェスティバル

2016年03月13日 | 障害者サッカー全般
愛媛県松山市での映画『MARCH』完成披露試写会には450名の方々に来ていただきました。上映前の挨拶には愛媛FCの西田選手、三原選手、豊島社長も登壇。
上映終了後は拍手の嵐で、正直びっくり‼︎ 愛媛発の映画として素晴らしい第一歩となりました。

その日はお世話になった愛媛の方々と打ち上げ、そして翌朝眠い目をこすりながら兵庫県播磨光都サッカー場まで移動。当所でおこなわれた第2回 日本ろう者サッカー協会フェスティバルに参加するためです。

ろう者サッカーの認知普及を目的とした昨年の第1回フェスティバルでは、なでしこリーグチームの協力などで交流戦が行われたそうですが、今回はさらにブラインドサッカー、アンプティサッカー、デフサッカーの体験会もおこなわれました。招待された小学生たちが自らのサッカーの試合を行うとともに、バブルサッカー、キックスピードコンテスト、大縄跳び、車椅子(手動)体験などを体験、そういったなかで、より自然な形で各障がい者サッカーに触れられるよう企画されていました。
さらにはダウン症の青年の絵画展も開催!そして映画『アイコンタクト』の上映もおこなわれました。そこに私は呼ばれたわけですが。
こじんまりとした上映でしたが、ろう者の方々や弱視者、はるばる遠方より来られた方々などに観ていただき、お話することもできました。手話を使わなければならなかったので、その点は少々しどろもどろになってしまいましたが。

そしてフェスティバルに並行して行われたのがろう者サッカー男子日本代表の合宿。翌週も静岡で合宿が開催されるので西日本の選手中心の合宿でしたが、6月にイタリアで開催されるワールドカップに向け貴重な強化の場となっていました。私も宿舎に一泊し翌日の強化試合まで観戦、現在帰京中。
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短編ドキュメンタリー『MARCH』の試写会、『アイ・コンタクト』の上映

2016年03月09日 | 映画『MARCH』

 7月より撮影していた南相馬市の小中学生のマーチングバンド『Seeds+』を描いた短編ドキュメンタリー『MARCH』がようやく完成。3月11日金曜日に『Seeds+』を2年連続招いてくれた愛媛FCのホームタウン、愛媛県松山市でお披露目試写会があります。一般のかたもご覧になれますので是非お越しください。
私も前日から松山に行きます! 
詳しくは『MARCH』のHP(ホーム)、上映&スケジュール欄(上映&スケジュール)を参照。
当日券配布もあります!

3月14日月曜日には、日本サッカーミュージアム1Fのヴァーチャルスタジアムでも試写会があります。
もちろん私も行きます! 
こちらも 『MARCH』のHP(ホーム)、上映&スケジュール欄(上映&スケジュール)を参照。

また3月12日土曜日は、第2回JDFAフェスティバルのイベントの一環として映画「アイ・コンタクト」の上映もあり、愛媛から兵庫に向かいます。フェスティバルは兵庫県播磨コートサッカー場で3月12日〜13日と開催。盛りだくさんの内容で私も13日までいます。詳しくは、日本ろう者サッカー協会のHP(HOME)を参照。

13日は東京都練馬区の図書館でも映画『アイ・コンタクト』の上映があるようです。

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日本代表の優勝で幕を閉じた第1回ソーシャルフットボール国際大会

2016年02月29日 | 障害者サッカー全般
 いやあ面白かったイタリアvsペルー。
大阪府堺市J-GREEN堺で開催された第1回ソーシャルフットボール国際大会2日目(最終日)の3位決定戦。心が震えました。両チームともに気持ちが入っていたし、ペルーは前日とは別のチームのようだった。
 印象に残ったのはペルーの最後尾(フィクソ)背番号2番のハビエル。前日は遠目から可能性の低いロングシュートを放っては無駄に相手ボールにしていたが前夜に監督からもいろいろと言われたのだろうか?3位決定戦では最後尾で我慢して無闇に上がることもなくパスを散らし集中したプレーを見せてくれた。
試合はペルーのパスが小気味よくつながりペルーが先制点をあげる。そしてよもや最下位で帰国するわけにはいかないカルチョの国イタリアチームの心に火がつく。この試合初めてドリブルで持ち上がろうとするハビエルからイタリアのピヴォ、エンリケがボールを奪ってそのままドリブルシュート。イタリアが同点に追いつく。
そして今度は右サイドからのパスを受けたイタリアのクリスティアンが一瞬タメを作り冷静にゴレイロの動きを見てゴールに流し込む。イタリア逆転。
しかし今日はペルーの選手たちの集中力が途絶えることはない。自陣深くからのロングパスを前線で受けたナバーロが同点ゴールを決める。
前半を2−2で折り返し迎えた後半の立ち上がり、ペルーの選手がお見合いをしたような形になり失点、再びイタリアにリードを許す。その後もペルーは気持ちを切り替え集中した守備を見せるものの、資金不足のため7人しか来日できなかった影響が疲れとして出てきたのだろうか?その後もイタリアがさらに得点を積み重ねる。
しかしペルーも粘りを見せる。残り3分をきったところで右サイドからのアーリークロスをヘディングシュートで叩き込み1点差に追い上げる。ハビエルは足が攣りいったんは担架で運び出されるものの再びピッチに舞い戻ってくる。
ペルーサポーターからのコールにもさらに熱さが増す。在日ペルー人らしき人々は前日の7〜8倍!1人が7〜8人になったということですが。
しかし残り1分を切りナバーロが放ったシュートは無情にもポストを叩く。負けられないイタリアは前線で懸命にボールキープ、何とか4−3で逃げ切った。

ペルーには来日当初物見遊山的な気分があったのかもしれない、イタリアには慢心があったのかもしれない。 きっちりと準備して大会に臨んだ日本チームに目を覚まされた両国が持てる力を発揮した見所溢れる一戦となった。(ペルーは日系3世である森岡薫氏の激励が効いたのかもしれない)。
覚醒するのがもっと早かったら日本チームとの対戦もどちらに転んだかはわからなかっただろう。

そして日本人同士の対戦となった決勝戦。
先制点をあげたのは、前日も切れ味鋭いドリブルから再三相手ゴールを脅かしていた日本代表中島選手。試合開始から1分もたたない時間帯。一瞬空いたシュートコースを見逃さず正確なインサイドキックでゴールネットを揺らした。大阪のゴレイロ細島選手は見方フィールドプレーヤーが死角になって動けなかったようだ。
流れは一気に日本代表へ。その後も野尻選手のゴールで前半を2-0で折り返す。そして後半に入り中島選手がこぼれ球につめこの試合2点目のゴールをあげ3点差にリードを広げる。このゴールが大きかった。代表よりも平均年齢の高い大阪チームには疲れも見え始め、その後、日本代表は八木選手のハットトリック、竹田、竹内選手のゴールで8得点をあげ失点はオウンゴールのみ。よもや国内のチームに負けるわけにはいかない日本代表としてのプライドもあっただろう、終わってみれば8−1の大差で日本代表が優勝した。

MVPを獲得したのは中島選手。左サイドからカットインしてシュートに持ち込む姿など五輪予選でMVPを獲得した中島翔哉選手を彷彿とさせるものがあった。 またゴレイロ佐藤選手の身体能力あふれるセービングには会場からもたびたびどよめきがおきていた。素晴らしいのは弾きだすのではなくしっかりとキャッチすること。

日本代表が優勝出来たのはホームの利もあっただろうが、きっちりと準備してきたからこそだろう。
グループリーグ初戦のイタリア戦で試合開始早々に先制出来たのも大きかった。竹内選手がスペースへ走り込みパスを受け起点となり竹田選手が決める。パスを出したのは中島選手だっただろうか(あるいは松嵜選手?)。チーム内で共有できていたイメージ通りのゴールが奪えたことにより波に乗れた面はあったように思う。

日本代表の皆様、優勝おめでとうございます!

そしてこの大会は開催されたこと自体も特筆すべき点だ。参加国は3カ国(ダジャレじゃないです)だったが、第1回がなければ第2回はない。大会会長の岡村氏が閉会の辞で述べられたように、この大会は確実に「世界につながるパス」になったのではないか。
イタリアもこのままでは引き下がれないだろう。サッカーでも精神医療の分野でも遙か先を走っていたのだから。

ソーシャルフットボール、精神障害のフットサル(あるいはサッカー)が、障害の面で他の6団体と異なるのは『治る』可能性があるということだろう。(もちろん現在難病と言われているものでも医療の進歩により『治る』ことはありえるだろうが)
『治る』ということは逆の言い方をすれば出場資格を失うということでもある。それはうれしい悲鳴だ。だがなかなかそう簡単に完治するものではないだろう。実際はフットサル(やサッカー)があることでなんとか社会や現実と折り合いをつけつつ生きていく、生きていけるという場合も多いのではないか。ピッチの中での自由、そして共有された規律、そして何よりも『何かを達成出来たという自信』が実生活にもフィードバックされていくことだろう。

また他の障がい者サッカー6団体と比較して、いわゆる健常者が当事者になる可能性が極めて高いにも関わらず精神障害のフットボールはとても理解されにくい。これは日本の精神障害者が地域ではなく『隔離』され続けてきた歴史と無縁ではないだろう。

そういった意味でも日本代表の優勝で幕を閉じたこの大会は、『偏見をもって見られてしまう影の存在』が、『輝ける存在』として表舞台に登場してきという意味でも意義深いものがあった。いや単純にカッコよかったんですけどね。

前述したように、ピッチの中では自ら瞬時に判断していなくてはならないフットサル(やサッカー)は、日本の精神医療を切り裂く(いい意味で)起爆剤になるのではないか、そういうサッカーの力を感じさせる大会でもありました。
(精神医療に関してそれほど詳しくはないですが、少々偉そうな書き方になっている点はご容赦ください。)

また大会にはデフフットサル男女の選手も観戦に訪れた。是非、タイミングをみはからってガチンコの強化試合をやってほしい。しびれるいい試合になると思います。

注)他の6団体とは、アンプティサッカー、知的障がい者サッカー、電動車椅子サッカー、脳性麻痺7人制サッカー、ブラインドサッカー、ろう者サッカー。
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