サッカー狂映画監督 中村和彦のブログ

映画「アイ・コンタクト」DVD発売中!
サッカー・映画・手話、各障害者サッカーにまつわる話もUPしていきます

横浜で映画『MARCH』上映とブラインドサッカー体験会

2016年12月08日 | 映画『MARCH』

今週末の土曜日(12月10日)横浜市港北区で短編ドキュメンタリー映画『MARCH』の上映があります。
その前には落合啓士選手も来場しブラインドサッカー体験会もあるそうです。

日時 12月10日(土曜)
9時20分~ ブラインドサッカー体験会
11時 映画映画『MARCH』の上映
(上映の前にプロデューサーであるツンさんの被災地報告会有)

場所 横浜市港北区 城郷小机地区センター

いずれも無料、当日城郷小机地区センター体育館へ。
映画上映のみの参加も可能だそうです。

詳しくは下記参照
http://www.chikusen.ne.jp/kodukue/event/detail.php?id=698

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サムライブルー オマーン戦

2016年11月12日 | サッカー
最近はフェイスブックの投稿のみでお茶を濁す場合も多くあまりブログ更新していないので、フェイスブックの書き込みをそのままアップしておきます。


今日は鹿島でサムライブルー生観戦、現在バスにて帰京中。

試合の立ち上がりは何だかバラバラだったけどピッチ上でコミュニケーションをとりつつ徐々に良くなった印象。
その後の大迫の2得点は、ゴールへの渇望と落ち着きが同居した素晴らしいもの。
小林のボランチ起用もなかなか興味深かった。前回は「俺が俺が」といった自己アピールに終始していた印象もあったが、今日は与えられたミッションを忠実に果たしつつ最後は代表初ゴール。
これからのボランチのポジション争いがとても面白くなりそう。本人は前めでやりたいんだろうけどボランチもありかとも思う。

この試合はサウジ戦に向けての調整でもあり適度に選手を休ませたりしていたが、山口蛍はフル出場。その点はやや心配。
とにかくサウジ戦で勝ち点3を取らないと今日の試合も意味がなくなってしまいます。

ところで鹿島スタジアムは火が使えて食べ物がとても美味くて良いんだけど、平日開催はかなり無理もあり空席が目立っていた。まあ今回は大迫の2得点で鹿島で良し、ということでしょうか。
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第22回日本電動車椅子サッカー選手権大会

2016年10月30日 | 電動車椅子サッカー

 先週末の10月22日~23日、大阪で開催された『第22回日本電動車椅子サッカー選手権大会』に行って来た。大会を簡単に振り返るとともに歴史にも少し触れてみたい。
 
 大会には各地区の予選を勝ち上がってきた16チームが参加、電動車椅子サッカーのクラブ日本一を決める。各ブロックから選抜された選手たちが集うブロック選抜大会が、国際ルールに準じた電動車椅子サッカーの制限速度10kmで行われているのに対し、こちらは国内ルールの6kmで開催されている。
 もっとも国際ルールが統一され日本に持ち込まれたのは2006年以降であり、それ以前は日本独自のルールにて国内の電動車椅子サッカーは行われていた。現在のサッカーとの大きな違いはボールの大きさと2on1(ツーオンワン)というルールの存在の有無である。ボールは現在直径32.5cmなのに対してて以前は直径50cmの巨大なものだった。運動会の玉転がしの玉のようなイメージだろうか。
 2on1はボールに対して半径3m以内に各チーム1 人しかプレーに関与してはいけないというルールで、噛み砕いて言うと「一人の相手選手に対しては一人の選手しか守備に行ってはいけない」というもので、以前は団子状態でパスなどほぼ皆無だった電動車椅子がボールゲーム化する大きな改革となった。
 私が最初に電動車椅子サッカーを観たのは2006年富山で開催された12回大会で以前のルールにて開催されていた。
 
 さらに大会の歴史を遡ってみる。
 以下電動車椅子サッカー連盟初代会長であったジョージ土井氏の著作『車椅子のジョージ』(リトル・ガリヴァー社刊)からの情報による。
 第1回は1995年名古屋で4チームが参加し『第1回電動車椅子サッカー全国大会in名古屋』という名称で開催された。現在は試合前に各自の電動車椅子が制限速度を越えてスピードが出ないように設定されているかどうかのスピードチェックが必ずあるが、以前はそういったものもなかった。回を重ねるなかでアメリカ製の電動車椅子が導入され国産では太刀打ちできないような状態が生まれ、スピードチェックを行うことになったようだ。
 また今大会の開催地である大阪は電動車椅子発祥の地でもある。大阪市身体障害者スポーツセンターのある日の出来事から電動車椅子サッカーは生まれた。
 とある女性指導員が体育室で遊具の後片付けに追われていた。前述したジョージ氏は彼女に恋心を抱いていた。彼女の手助けをしようとジョージ氏が電動車椅子を使ってまるでブルドーザーのようにスムーズに遊具を運ぶ。するとジョージ氏の前方に直径1m大の大きなバルーンが立ち塞がる。最初はうまく転がすことができなかったが、途中からわりとうまく運ぶことができた。その様子を見ていた男性指導員(ジョージ氏と2人3脚で障害者スポーツの可能性を探ってきた)が飛び出してきてこう言った。
 「これだ!これを使って楽しめる競技スポーツにできないものだろうか?」 
 それが電動車椅子サッカーへとつながっていった、らしい。

 実際電動車椅子サッカー練習の前後、ゴールポスト代わりのカラーコーンを小型ブルドーザーのように器用に運んでいる選手たちの姿を何度も見かけたことがある。

 そして今大会の試合会場は発祥の地の体育館とは異なるものの同じ大阪での開催となった。

 大会は予選を勝ち上がってきた16チームがトーナメント制で雌雄を決する。決勝と3位決定戦を除き2試合が隣り合わせのコートで同時進行に行われた。
 初日の1回戦第1試合は、Yokohama CrackersとYOKOHAMA BayDreamの横浜対決となった。この2チームはともに練習を行う機会も多く1週間前にも合同練習をおこなったばかり。地力に勝るCrackersをBayDreamがどこまで抑えられるのか? しかし開始早々にCrackersが先制点をあげた。クリアボールを紺野が左サイドの永岡へ、永岡がそのままゴールに流し込む。開始わずか35秒ほどの先制点だった。
前半19分には右サイド紺野のキックインを三上がファーで合わせて追加点。前半終了間際にはこぼれ球を再び三上が押し込んで3-0。後半終了間際にはFKからのこぼれ球を三上、紺野とつないで4点目。4対0とCrackersが横浜対決を制した。
 通常トーナメント制では一度負ければ試合はない。だが今大会は1回戦で負けたチーム同士のエキシビションマッチが組まれた。つまり最低2試合はできるわけだ。せっかく全国から集まったのだから少しでも経験を積んでもらおうという配慮だろう。BayDreamは翌日廣島マインツと対戦。2点をリードしたものの、廣島マインツ谷本の意地の2ゴールで追いつかれ2-2と引き分けた。
 もう1試合は奈良クラブビクトリーロードと兵庫パープルスネークスの関西勢対決。2-0と奈良の勝利。こちらは全く観ることができなかった。

 1回戦第2試合は、中部のFCクラッシャーズと東京のFINE、ERST広島M.S.Cと金沢ベストブラザースの対戦。FINEと広島は3人での参戦(通常は4人対4人で試合が行われる)となり敗退、FCクラッシャーズ(7-0)と金沢ベストブラザース(2-0)が2回戦に駒を進めた。  クラッシャーズの飯島は先をイメージしてのプレーや、タメを作ってのパスなど相変わらず“上手い”プレーを見せてくれた。

 第3試合は廣島マインツとNanchester United鹿児島、Wings(中部)とプログレス奈良の対戦。Nanchester United鹿児島はゴールラッシュ、東のハットトリック、塩入の2ゴール、小学生井戸崎や女子選手野下のゴールなどで8得点(もう1点を誰がいれたか不明)をあげマインツを撃破。Wingsもプログレス奈良を2-0と退け2回戦進出。

 第4試合は昨年度優勝のレインボー・ソルジャー(東京)がスクラッチ香川を5-1で下し2回戦へ。Red Eagles兵庫もSONIC~京都電動蹴球団を6-0で下し2回戦へ進んだ。

 1回戦は実力差の大きいチーム同士の対戦となることも多い。一方組み合わせによっては1回戦を勝ち抜ける力を有しているチームもある。例えばYOKOHAMA BayDreamなどもそうだろう。

 1日目第5試合からは2回戦に突入。実力も拮抗し、2日目への切符、即ち準決勝進出ををかけての熱い戦いが繰り広げられた。
 第5試合のYokohama CrackersとNanchester United鹿児島の対戦は息詰まる熱戦となった。前半3分鹿児島はフリーキックからの流れで右コーナー付近の東がワントラップしボールを保持、ニアポストにわずかなシュートコースを見つけるや否やシュートを放ち先制点をあげた。一瞬の隙をつかれたCrackersも前半アディショナルタイムにチャンスを迎える。右サイド三上からのキックインのこぼれ球に竹田がうまく詰めてファーポスト付近で待つ永岡へつなぐ。永岡の逆回転シュートが決まりCrackersが同点に追いつく。その後延長までもつれた試合の決着はPK戦に持ち越された。Crackersの永岡が鹿児島のキーパーに止められ、準決勝への切符を手にしたのは Nanchester United鹿児島。キーパーが一瞬早く動いたようにも見えたが判定は覆らなかった。

 一方、奈良クラブビクトリーロードはWings相手に8-0の大量得点差勝利で準決勝進出。

 第6試合ではレインボー・ソルジャーが金沢ベストブラザーズを4-2、Red Eagles兵庫がFCクラッシャーズ4-3と、それぞれ下し準決勝へと駒を進めた。

 そして迎えた2日目の準決勝、Nanchester United鹿児島とRed Eagles兵庫の対戦で先制したのはRed Eagles兵庫。 左コーナ―付近で有田が粘りを見せ球際で競り勝ち、こぼれ球がファーサイドの内海のもとへ。内海がゴールに蹴り込み雄叫びをあげた。前半5分の先制点だった。鹿児島は追いつくことができずRed Eagles兵庫が決勝進出を決めた。Nanchester United鹿児島はRed Eagles兵庫に持ち味を抑え込まれた形の敗戦となった。組み合わせの妙も感じる試合だった。

 準決勝のもう1試合は奈良クラブビクトリーロードとレインボー・ソルジャー。前半奈良が先制するものの、レインボーも粘りを見せる。後半3分、右サイド北沢のキックインをニアで吉沢が1タッチで方向を変えファーで待つ内橋へ。ゴールゲッター内橋がきっちりと流し込みレインボーが同点に追いつく。試合は前後半5分ずつの延長にもつれ込みPK戦の気配も漂ってきた延長後半2分、ついに均衡が崩れた。奈良の山田が自陣深いところから振り向きざま思い切りのいいシュートを放つ。やや前目にポジションをとっていたレインボーのキーパーをあざ笑うようにボールはゴールラインを越え勝ち越しゴールとなる。そしてそのまま試合終了。昨年の優勝チームであるレインボー・ソルジャーを押しのけ決勝に進んだのは奈良クラブビクトリーロード。

 決勝はRed Eagles兵庫と奈良クラブビクトリーロードの関西勢同士の対戦となった。
 先制点は早い時間帯に生まれた。前半3分、奈良は左サイドで強気のキックインを繰り返していた山田のボールがエリア内で守る2人の選手の間を抜けていき、安井がファーで粘って折り返す。そして2on1(ツーオンワン、前述した電動車椅子サッカー独自の反則)ぎりぎりの位置まで詰めていた山田が蹴り込み先制点をあげる。
 しかし後半3分には兵庫が同点に追いつく。右サイド内海のキックインを有田がシュート、奈良の中井がいったん弾き出すもののボールは木下と中井の間でピンボールのような動きを見せゴールに吸い込まれ、1-1と試合は振り出しに戻った。
 追いつかれた奈良は後半13分、左サイド山田のキックインをファーで安井が合わせて勝ち越す。さらに19分には中井が自陣からの目の覚めるようなロングシュートを決めとどめを刺し、奈良クラブビクトリーロードが2010年16回大会以来5度目の優勝を飾った。
 奈良クラブビクトリーロードは中井・山田など若手パワーが炸裂、木下が後方を締め安井も前線で決めるべきところで決めた。MVPは安井悠馬が受賞した。

 今年の大会は昨年に比べると6kmであることのもどかしさはあまり感じなかった。昨年は大きな体育館でコートも広くとってあったが今年は狭く、スペースのボールに追いつけないという局面は少なかった。だが今後は世界を目指す選手たちは10kmだけでプレーできる環境を整えていくべきだろう。もちろん初心者にやさしい6kmルールが普及という意味で大きな役割をはたしていくべきだろう。
 
 今大会いろいろと思うことは多岐にわたった。2011年以来6年連続で撮影に訪れれば当然だろう。それはともかく撮影は今回が最後。来年以降も是非観戦には訪れたい。

 今大会優勝できる可能性があったチームは奈良クラブビクトリーロード、Red Eagles兵庫、Nanchester United鹿児島、レインボー・ソルジャー、Yokohama Crackersの5チームだろう。いわば5強と呼べるのかもしれない。FCクラッシャーズなども好チームだがやや後塵を拝しているのは否めないだろう。そういった勢力図が来年以降どう変化してくのだろうか。

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“聞こえない映画監督”のドキュメンタリー映画『Start Line』

2016年10月16日 | 手話・聴覚障害

先日、“聞こえない映画監督” 今村彩子さんのドキュメンタリー映画『Start Line』を観てきた。
ブログに書き込もうと思っているうちに随分時間がたってしまった。

どんな映画かというと以下(チラシからの抜粋)のような映画だ。

 “聞こえない映画監督”今村彩子は2015年夏、自転車で日本縦断の旅に出る。
 荒天、失敗にすぐ失敗、“聞こえる人”とのコミュニケーションの壁に、ヘコみ、涙し、それでもひたすら最北端の地に向けて走り続ける。そんな彼女 の姿を追うのは、伴走者にしてカメラ撮影を担う“哲さん”。
「コミニュケーションを、あなた自身が切っている」
 相手を思うがゆえの容赦のない言葉に、一触即発の危機が訪れる…。
 そして、聴力を失ったサイクリスト、ウィルとの奇跡的な出会い。
 はたして彼女はどんな答えを見つけるのか?人生の旅そのものの3,824km。
 ニッポンのためらう人に観てほしい、一遍の勇気のおすそわけです。 


 なかなか面白かった。今村さんの作品は結構観ているが、この作品は初めて“一般の聞こえる人”にも薦められる作品なのかという気がする。過去の作品は“聞こえない人”向けだったり、“聞こえない人に関心がある聴者(聞こえる人)”の教材映像という感じだった。
 この映画はコミュニケーションがテーマとして企画されたようだが、映画の前半、“主演女優”でもある監督は聴者とうまくコミュニケーションがうまくとれず、半ばコミュニケーションを放棄したような状況になる。
 聞こえない聞こえにくい人は聴者の口形を読み取ることが出来るなどとまことしやかに語られることがあるが、実際には慣れない人の口形を読み取ることはとても疲れることであり、すべてを理解することなど至難の技だ。映画ではそのあたりのことが痛いほど伝わってくる。それだけでも一見の価値がある。
 監督はそんな困難からまるで逃げるかのように、ろう者の友人を訪ね活き活きと手話で会話する。その対比もとても興味深い。

 前半は今村監督が自暴自棄のような行動で監督を放棄し、まるで“哲さん”が監督のようにも見えたりすることもあるが、撮影の前にかなりのディスカッションをしたのだろう。というか監督が熱く語ったのだろう。“哲さん”のなかに「あなたはこれこれこういう映画を作りたいと言っていたじゃないか」みたいなことがベースにあってのやりとりとなっている。
また彼女の行動は計算なのか?とも一瞬思うが、まったくそんなことはないのだろう。
 
 今村監督は旅が終わった後、当初思い描いていたようなことにはならず随分へこんだようだが、弱い自分と向き合い編集作業を進めた。その結果、まさに等身大のろう者のむき出しの『とても素敵なドキュメンタリー』に仕上がっている。

またこの映画の音に関しては聴者スタッフが何名か関わっているようだ。このあたりも映画の強度を高めている。

東京での上映は終わったが今後各地での上映が予定されているようだ。観て損はないと思う。

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単行本『サッカーならどんな障がいも超えられる』発売

2016年10月15日 | 障害者サッカー全般

『サッカーなら、どんな障害も超えられる』 

今年
41日に発足した障がい者サッカー連盟のキャッチフレーズだ。各障がい者サッカーの大会には必ず横断幕が掲げられ、パンフレットの裏表紙を飾る。そして『サッカーなら、どんな障がいも超えられる』という本が講談社より発売された。

著者は旧知の江橋よしのり氏。「購入しなきゃなあ」と思っていたところ献本していただき早速読了した。

 

 内容は、ブラインドサッカー、アンプティサッカー、電動車椅子サッカーの選手などへの取材を軸にあたかもオムニバス青春小説(本人談)のようにまとめたもの。

 ブラインドサッカーは男女含めて4名の選手が取り上げられ、幼いころから見えない選手やある程度の年齢になって失明した選手などを織り交ぜブラインドサッカーが多面的に浮かび上がってくる。アンプティサッカーは、エンヒッキ・松茂良・ジアス選手の半生を通して日本のアンプティサッカーの歴史そのものが見えてくる。冒頭で取り上げられた電動車椅子サッカーの永岡真理選手からは競技に対しての強い想いが伝わってくる。もちろん競技への想いの強さは他の選手たちにも共通するものだ。

 
 
またブラインドサッカーと対比してデフフットサル(及びサッカー)の植松博美選手夫婦を取り上げたコラムでは、聞こえづらさの多面性や顔を上げないとプレーできないデフフットサル(サッカー)の独自性にふれられている。
 その他ソーシャルフットボール(精神障がい者のフットサル)に関しては医師の立場からのコラムが掲載。知的障がい者サッカー、CP(脳性麻痺)サッカーは紹介だけだが、7つの障がい者サッカーへの入り口としては最適な本だ。


 
この本は女子サッカーにもこだわった本になっている。そういった意味でも興味深い。著者の江橋氏は、なでしこジャパンが一躍有名になる以前より地道に女子サッカーの取材を続けてきた人であるし当然の流れでもあるだろう。
 
 ちなみに私も知的障がい者サッカーのドキュメンタリー『プライドinブルー』を制作した後は“ろう者サッカー女子日本代表=もう一つのなでしこジャパン”を追った『アイ・コンタクト』を制作。その当時、障がい者サッカーのなかで唯一の女子日本代表チームだった。そしてその後“もう一人のなでしこジャパン候補”と遭遇、それがこの本でも取り上げられている永岡真理さんである。現在彼女を中心とした電動車椅子サッカーのドキュメンタリーを制作中だ。

 また著者の江橋氏や編集担当の矢野氏はかなり以前からブラインドサッカーなどの取材をおこなっている。
2011年末に宮城県で開催されたブラインドサッカーロンドンパラリンピック予選にも江橋氏は姿を見せていたし、矢野氏がブラインドサッカーを初めて観たのは2005年だという。(私は2006年です)。矢野氏はブラインドサッカーの試合を観に行くと必ずいるし、ミックスゾーンでも鋭い突っ込みをしていた。
 そういったコンビが作った本であるから安心して読むことが出来る。

 

 以下は『サッカーなら、どんな障がいも超えられる』アマゾンのURL
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%81%AA%E3%82%89%E3%80%81%E3%81%A9%E3%82%93%E3%81%AA%E9%9A%9C%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%82%E8%B6%85%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B-%E6%B1%9F%E6%A9%8B-%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%AE%E3%82%8A/dp/4063787184


 以下はこの本への批判ではないが、常々感じていることを少しだけ。
 7つの障がい者サッカーを初めて見るとすると、一般論として圧倒的に魅力を感じやすいのはブラインドサッカーとアンプティサッカーだ。「凄い!」と言いやすい競技とも言える。体験しやすいという共通点もある。メディアも同様にこの二競技には集まりやすいだろう。ことにブラインドサッカーは東京パラリンピックで開催される唯一の障がい者サッカーということもあってダントツの注目度である。もちろんブラサカ関係者の長年にわたる努力の結晶でもあるのだが。アンプティサッカーは今はまだ注目されていなくとも注目されやすい要素はあると思う。
 
 電動車椅子サッカーは迫力もあり派手とも言えるが競技の特殊性故に入り込みやすいとは言えないだろう。
その他の競技は、はっきり言って地味だ。あるいは障害的にもわかりにくかったりする。
 その壁は高いと思う。

 

 自らの経験で言えば、知的障がい者サッカー選手に話を聞く際、こちらの観念がしょっちゅう空回りしていた。そういう時はサッカーボールを取り出して無心に蹴り合うことでなんとかコミュニケーションを図った。デフサッカーに関しても手話や聞こえない人々の世界への理解が必要だったが、サッカーという共通言語がなかったら一歩も前に進めなかっただろう。

 

 きっとサッカーならどんな障壁、障害もきっと超えられる、だろう。健常者側からも障害者側からも。

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三宅健さんの手話がわかりやすい????

2016年09月28日 | 手話・聴覚障害

 本日、知人からのメルマガに「パラのテレビでV6の三宅さんの手話がわかりやすいと好評だったそうです。」という一文がありびっくりしました。

 そのことはこのあたりの記事にも出ています。
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6215843

 驚いたのは、三宅健さんの手話がわかりにくいという書込みなどを何度か見かけていたからです。

 パラのテレビというのはNHK-Eテレでパラリンピック期間中に聴覚障害者にもパラリンピックを楽しんでもらおうという意図で放送されていた番組。私もパラリンピック期間中何度か見ました。 三宅さんは『みんなの手話』(NHK-Eテレの番組)などで学んだ手話力を活かして司会を務めていました。私がいうのもなんですが、手話力は確実に上がっているという印象がありました。


 ただわかりやすいという言い方は、誰にとってわかりやすいのかという話になってきます。
 例えば私は手話関係のTV番組を見る時は基本的には音声をオフにしてみます。 
そうすると『日本手話』の早瀬さんの手話はわかりやすいと思った場合、『日本語対応手話』で表出する三宅さんの手話はとてもわかりにくいことになります。もっと詳しく言うと日本語とは異なる言語である『日本手話』のモードで番組を見ると早瀬さんの手話はすんなり頭に入ってくるが、日本語である『日本語対応手話』で表出する三宅さんの手話はわかりにくいということになります。逆に三宅さんの手話のモードに頭を切り替えると今度は早瀬さんの手話が見えなくなってしまいます。どういうことかと言うと三宅さんの日本語に頭が引っ張られて日本手話が見えなくなってくるんです。

ろう者はこのモードの切り替えが瞬時に出来る人も多いのですが、私のような若輩者はなかなかうまくできません。

 日本手話者にとっては三宅さんの手話はわかりやすいということはないでしょう。仮にモードの切り替えがそれほど苦痛ではないとしても番組としてはやさしくはないでしょう。
 ただ三宅さんは口の形が読み取りやすいように配慮したり、現場にいるろう者にも伝わるように手話を表出しているでしょうからそういった意味では、音声を発する日本語対応手話のなかではわかりやすいほうなのかもしれません。

 もちろんまた日本語対応手話使用者の立場からするとわかりやすいでしょう。しかしこちらもやはりモード変更をせざるを得ないという点はあります。


 では誰にもっともわかりやすいのかというと、手話を知らない方や初心者にわかりやすいということかもしれません。何よりも日本語をしゃべっていますし、手話単語の表出もはっきりしているからでしょう。

 でもこれは何だか変な話で英語に例えると、日本人に分かりやすい英語だから素晴らしいという話なわけで、それって何だ?
 ネーティブにも日本人にもわかる微妙なラインの発音??
 音声言語の外国語に例えると話が変になってくるのですが、手話の場合、こういった奇妙なラインを求められたりもします。うーん何だかよくわからん。いや説明しようと思えば出来ますが長くなるのでやめておきます。 

 前述したように三宅さんの手話力が上がっているのは間違いないでしょうし、おそらくカメラの前の手話とろう者と雑談する時の手話を使い分ける実力もあるのかもしれません。
 とにかく三宅さん自身が、誠実に手話と向き合われていることはきっと間違いないでしょう。

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聞こえない世界の一部のみを描いた映画『聲の形』と日本語字幕

2016年09月28日 | 手話・聴覚障害

 映画『聲の形』を観てきた。
 レディースデイの夕方ということもあり下校途中の女子高校生や20才前後の女性比率が高くオッサンは一人浮いた存在だった。それはともかくこの映画を観に行ったのは『聞こえない聞こえにくい人』に関する映画だから。もちろん原作である漫画も読んでいる。
(漫画の感想は以前書き込んでいるので良かったらどうぞ)

http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/e4a8cb73159732effc738312c8699c00
http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/5458045089e308a1ceec8ae0088a5c4c
http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/c1665545f9e01f5b36ab76eb2fba87ec

 とまあそういう流れなので映画の感想というより主として『聴覚障害』『聞こえない聞こえにくい人』や『日本語字幕』という観点から書き込みたい。
 
 原作では、聴覚障害者である西宮硝子(しょうこ)をいじめ、後には周囲からいじめられる側に回った石田翔也の一人称で物語は進められる。原作では硝子からの視点も多少はあるものの映画では石田翔也目線以外の硝子を描くことはほぼ放棄されている。そういったこともあり(原作でもわかりにくかった)『聴覚障害者』である面や彼女の心情もさらにわかりにくい構造になっている。
 そして映画では2人を掘り下げるのではなく、より群像劇になっており『聴覚障害』はより物語の装置に、極端に言えば硝子が『聴覚障害者』でなくともいい作りになっている。もちろんそのこと自体が悪いわけではない。
 硝子と入力するときに『しょうこ』ではなく『がらす』と入力し変換しているのだが、彼女は写し鏡のような存在に近いのかもしれない。例えば知的障害者が写し鏡のような存在として物語に動員されることもある。

 2人を掘り下げるという選択肢は作り手側には当初からなかったと思うが、実写化であれば掘り下げざるを得ない面はあったと思う。

  
 あらためて彼女を『聴覚障害』の面から見てみると、一人の人間には思えないところがある。そのあたりは前述した以前の記事にも書き込んだ。
  http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/c1665545f9e01f5b36ab76eb2fba87ec

聴覚障害者、ろう者といっても様々だ。聴力レベルや補聴器活用の違い、手話ができるできない、日本語発語の得意不得意、文章の得意不得意、通った学校等々。だがその組み合わせが無限にあるというよりは、聴覚障害児童の最大の問題である“言語獲得”をどのようにしておこなったか、おこなえたかによって組み合わせもある程度限定されてくるわけだ。シナリオ、あるいは漫画を描く場合、それぞれの“履歴書”から描いていくということも多いだろうが、硝子の場合はかなり矛盾した履歴書、あるいは相当に苦しい履歴書になっている。原作自体がそうなので映画はさらにそういった印象が強い。むしろ翔也や他の登場人物のほうが履歴書に忠実に書き起こされている印象がある。
 硝子は等身大の聞こえない聞こえにくい人というよりは、寄せ集めの集合体のような存在というか物語の要請からのキャラクター設定になっている印象である。漫画も映画も細かなディテールはしっかりしていてリアリティはあったりするのだが、一人の人間として考えると整合性がうまくとれていないというか、かなり無茶苦茶だということだ。
 そういった意味では、聞こえない聞こえにくい人の理解につながるというよりは誤解につながる面もあるのかとも思う。しかしそもそも漫画も映画も聞こえない聞こえにくい人の理解につなげようとすることがメインテーマではないわけで、こんなことを書いていること自体が野暮かもしれない。またタイトルで『聞こえない世界の一部のみを描いた映画』と書き込んでいるが特に批判的な意味は込めていない。

 ただ一つ一つのディティールに、聞こえない聞こえにくい人が同調し共感することは大いにあると思う。しかしその反応がさらに聴者の誤解を生むこともあるのかもしれない。

 聞こえない聞こえにくいことに関して、映画化に際して新たに付け加えられた点はほぼないが、肉声をどう聞かせるかという点には直面せざるを得なかった。発音の明瞭度に関しては原作にも吹き出しの文字を半分消したりなどの工夫が施されており踏襲した形だが、声のトーンだけは映画独自に作り込まなくてはならない。
 聞こえない聞こえにくい人のしゃべりのトーンは“平板”だったりすることが多い。補聴器活用の影響で機械的なトーンになったり、トーンの違いでニュアンスを使い分けられなかったりするからだと思われる。こういった聞こえない聞こえにくい人のトーンに久しぶりに触れた時など、私などはまるで故郷に帰ってきたかのような感覚を覚えることもある。映画ではそのあたりは巧妙に避けようという判断だったのだろうか。


 もう一つの『日本語字幕』というテーマに移ることにする。
 日本語字幕は耳の聞こえない聞こえにくい人向けのもの。もちろん老人性難聴の方々にも有効だろうし、録音状態が不明瞭だったり、むずかしい言葉が飛び交う場面などには聞こえる人にも有効だろう。

 この映画は9月17日に公開、翌週9月24日からの1週間に限り、1日1回だけ全国の映画館で日本語字幕版が上映されるようだ。つまり今週は日本語字幕版も上映されている。
 この映画は聞こえない人が主要な登場人物であるにも関わらず日本語字幕版の上映回数が少な過ぎるという意見があがっているようだ。確かに1週間に限らずもっと日本語字幕版の回数は増えていったほうが良いと思う。
 例えば川崎チネチッタは翌週以降も日本語字幕の上映を継続するらしい。知人である手話通訳者やろう者の尽力もあったようだ。今週も5回の上映のうち、3回が日本語字幕付きで上映されているようだ。
http://cinecitta.co.jp/movies/detail/05161.html

その他の映画館でもそういった取り組みがあるのかもしれないし、要望に応えてくれるところもあるのかもしれない。

 ただこの映画に限らず邦画すべてが日本語字幕になればよい、全てに上映は日本語字幕付きで行われるべきである。それがバリアフリーだという意見には猛反対である。
 聞こえない聞こえにくい人には日本語字幕が必要なように、聞こえる人にも聞こえる人向けのバージョンが必要だ。少なくとも作り手の立場からは強く思う。
 例えば登場人物が言葉を一言一言絞りだすように話している場合、日本語字幕では先に言葉を表示してしまうことになる。聞こえる人にはその肉声こそを聞いてほしい。ドキュメンタリーにしてもフィクションにしても。
 場所によっては車椅子の通れるスロープだけではなく健常者向けの階段もあったほうがいいように、日本語字幕も必要だが聴者向けの字幕無しバージョンも必要だ。もちろん眼鏡に字幕が出るなど新たな技術が導入され上映される場合は別だ。これなどはバリアフリーというよりユニバーサルデザインということになるだろうか。

 視覚障害を含んだバリアフリー上映にも少し触れておく。以前とある映画祭に呼ばれ、バリアフリー上映、つまり日本語字幕、音声ガイド付きで上映したいということがあった。
 上映した私の作品(ろう者サッカー女子日本代表を描いた『アイ・コンタクト』)は全面的に聴覚障害者を描いた映画だったので、その作品は字幕付き無しの区別はなく字幕有バージョンだけだった。字幕は聞こえない聞こえにくい人向けのみならず手話に対する字幕(つまり手話がわからない聞こえる人あるいは難聴者向け)も含まれていた。その点は問題なかったが、音声ガイドをFMなどの受信機に飛ばすクローズドの方式ではなく場内に流すとのことだった。しかし私の映画には長い無音の場面があり、場内に音声ガイドが流れたら台無しになってしまう。聞こえる人には“無音”を聴いてもらいたい。そのためには音声ガイドを受信機に飛ばす方式にしてほしい。資金がないのなら私を呼ばずにそのお金を充ててほしいと強く要望した。結果としては私も招待していただきバリアフリー上映というか万人向け上映が実現した。

 また9月1日に開館したバリアフリー上映専門館『シネマ・チュプキ・タバタ』の取り組みなど、もっと注目されるべきだろう。
 http://chupki.petit.cc/

 日本語字幕に話を戻すと、題材によって、つまり全面的に聞こえない聞こえにくい世界を描いた映画などはすべて日本語字幕上映でも良いかとは思う。
 『聲の形』は聞こえない聞こえにくい世界の“一部”のみを描いた映画なのですべての上映が日本語字幕になるべきだとは思わないが、1日のうち1度や2度は日本語字幕上映があってよいかと思う。あるいはそのこととプラスして終日日本語字幕で上映する日や曜日があっても良いのではないか。

 

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障がい者サッカーとパラリンピック

2016年09月13日 | 障害者サッカー全般

 「パラリンピックにサッカーはあるんですか?」「どんなサッカーがあるんですか?」
といった質問をこのところよく受ける。

 そこで障害者サッカーとパラリンピックの関係を簡潔に整理しておきたい。

 『障がい者サッカー連盟』に加盟する競技団体は、アンプティサッカー(片足切断もしくは片腕切断)、CPサッカー(脳性麻痺)、ソーシャルフットボール(精神障がい)、知的障がい者サッカー、電動車椅子サッカー(手動ではなく電動の車椅子を使用する重度の障がい)、ブラインドサッカー並びにロービジョンフットサル(視覚障がい者)、デフサッカー(聴覚障がい)の7つ。

 そのうちパラリンピック種目は、CPサッカーとブラインドサッカーの2つ。(ロービジョンフットサルは含まれていない)。パラリンピックでは、CPサッカーのことを7人制、ブラインドサッカーのことを5人制と呼んだりしている。

 CPサッカー日本代表とブラインドサッカー日本代表はともにパラリンピックの予選を勝ち上がることが出来ず、リオパラリンピックには出場していない。過去にも出場の経験はない。
 東京大会では残念ながらCPサッカーが外れることになっており、サッカー競技はブラインドサッカーのみとなる。ブラインドサッカー日本代表は開催国としての出場が決まっている。

 アンプティサッカーと電動車椅子サッカーは、東京パラリンピック競技種目として立候補したがともに落選した。

 以下はサッカーに限らず、当該障害の競技種目がパラリンピックにあるのかという観点からもみていく。

 知的障害に関しては、リオパラリンピックでは水泳、陸上、卓球競技がおこなわれている。過去の大会では知的障害者枠の競技もさらに多数あったが、2000年シドニーパラリンピックでバスケットチームに健常者が参加するという不正がありパラリンピックから締め出された。前回ロンドンパラリンピックより一部競技のみ知的障害の選手たちも参加出来るようになった。
尚、知的障がい者サッカーはパラリンピック種目になったことはない。
知的障害のクラス分け判定は難しく、例えば知的障がい者サッカーの世界大会でも書類不備などにより、参加はしたものの失格となった国もあった。

 精神障害はパラリンピックの競技種目にはない。これは治癒の可能性があるからということからだろう。

 電動車椅子サッカーの選手たちがもし他競技でパラリンピック種目をめずすとしたらどうなるだろう。(国際基準のクラス分けで電動車椅子サッカーの選手資格を有する選手に限って)
脳性麻痺の選手たちにはある程度門戸が開かれているだろう。その他の選手たちは可能性があるとしたらボッチャのみということになるだろうか。ただ現実にはなかなか難しいかもしれない。

 聴覚障害者は、パラリンピックとは別に“デフリンピック”という「ろう者の、ろう者による、ろう者のためのオリンピック」がある。デフのオリンピックということである。
 “デフリンピック”第1回大会は1924年にパリで開催(当時はデフリンピックという名称ではない)、パラリンピックよりもはるかに長い歴史を有しているが絶望的なまでに知られていない。
 そのデフリンピックには男女ともにサッカー競技がある。各障がい者サッカーのなかで女子の世界大会があるのはデフサッカー、デフフットサルのみである。
(電動車椅子サッカーは男女ともにプレーするため、女子選手への門戸が開かれている)。
 デフリンピックとパラリンピックは統合すれば良いではないかという意見もあるが、手話言語や情報保障の問題などもあり容易ではない。
 尚、次回の夏季デフリンピックは来年7月にトルコでの開催が決まっている。

 各障がい者サッカーともに、サッカー単独の世界大会も行われている。世界選手権、ようするにワールドカップだ。
 もっとも歴史の浅いソーシャルフットボール(精神障がい)は今年2月に第1回大会が日本の大阪府堺市で開催され日本代表が優勝を果たした。ワールドカップ開催地で閉幕後におこなわれる知的障がい者サッカーは2014年ブラジル大会でベスト4に進出!
また一昨年2014年に東京渋谷区で開催されたブラインドサッカー世界大会は記憶に新しい。

ちなみに私は、知的障がい者サッカー、デフサッカー、ブラインドサッカー、ソーシャルフットボールの各世界大会を撮影もしくは生観戦した。来年の電動車椅子サッカーの世界大会へも撮影に行く予定だ。

これからの世界大会開催予定は以下。
来年2017年
電動車椅子サッカー 7月 アメリカ
デフサッカー    7月 トルコ(単独の大会ではなくデフリンピック。世界選手権は今年6月イタリアで開催された)
CPサッカー    アルゼンチン

2018年
知的障がい者サッカー スウェーデン(W杯開催地のロシアではなくなったようだ)
ブラインドサッカー スペイン

未定
アンプティサッカー 2016年予定の大会が開催見送り、次回大会未定。
ソーシャルフットボール 


新たな追加情報や誤りなどありましたらご指摘ください。 

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電動車椅子サッカー 広島でのブロック選抜大会

2016年09月13日 | 電動車椅子サッカー

 先週の9月3日~4日、広島市にて開催された『第8回パワーチェアーフットボールブロック選抜大会』に行ってきた。
 今大会には関東、中部、北陸、関西、中国、九州の各ブロックごとに選抜された電動車椅子サッカー選手たちが一堂に集い、日本一を争った。観戦する側からすると日本代表候補クラスの選手たち、そして新たなタレントを一気に見ることができるお得な大会でもある。大会は国際ルールに準じた形で行われ、制限速度は10㎞でかなりの迫力がある。10月に開催される『日本電動車椅子サッカー選手権大会』はクラブチームが集う全国大会で、こちらは制限速度6㎞で行われている。

 第8回とはいうものの実質的には7回目の大会である。昨年の大会は残念ながら諸事情で中止となった。オーストラリアが来日する予定となっていた『第2回APOカップ』中止の余波やスポンサー不在などもあってのことであった。
 ブロック選抜大会はこれまで長野、石川、兵庫、高知、神奈川、鹿児島で開催、今大会で(歴史の浅い北海道ブロックをのぞけば)各ブロックを一巡したことになる。ちなみに私自身は兵庫の大会以降、毎回足を運んでいる。
 過去の歴代優勝チームは、関東、中部、関西、関東、関東、関東。なんと過去4大会で関東が優勝していることになる。(第3回兵庫大会は同年開催されたワールドカップに出場する日本対表チームが強化の一環として出場したものの公式な順位からは除外されたため関西の優勝となった)
 関東代表の強さを一言で言ってしまうならば、選手層の厚さにつきるだろう。今回の第8回大会で関東代表の4連覇なるのか?阻止するチームは出てくるのか?だとしたらどのチームなのか?

 当日朝、組み合わせ抽選が行われ1回戦第1試合は九州と関西の対戦となった。
 試合前の練習に目をやるとチャーミングな野下選手(九州)の姿が見えない。彼女はスピードテストを通過できずベンチ入りできなかったのだ。前述したようにこの大会は制限速度10km でおこなわれた。その際、前進後進ともに10km以上スピードが出ないように設定し試合前には審判団によるスピードテストが行わる。そのなかで運悪く失格となってしまう選手が時々いるわけだ。(彼女は2試合目からは無事出場出来た)           
 試合は九州が立ち上がりから優勢に試合をすすめる。そして前半9分、塩入選手の蹴ったコーナーキックを東選手がうまくニアで合わせて九州が先制。しかし後半3分には関西代表有田選手の左サイドからのキックインをファーポスト付近で待ち構えていた内海選手が流し込み同点に追いつく。だがそのわずか1分後、九州は右サイド深い位置からのキックインのチャンスを得ると、東選手の蹴ったボールに塩入選手がニアで合わせ九州が再び突き放す。試合はそのまま2対1で終了。九州が2回戦に駒を進めた。
 九州はNanchester United鹿児島を中心としたチーム。今回こそ佐賀からもInfinity侍が参戦したものの、これまではほぼ単独チームとして九州代表を引っ張ってきた。そういった意味で、選手層は薄いものの選手間の連係や戦術的な共有はとてもうまくいっている。反面、Red Eagles兵庫や奈良クラブビクトリーロードなど強豪チームを中心とした関西は個々の選手のポテンシャルがうまく出せないまま敗れ去った印象があった。このあたりがブロック選抜大会の難しい面でもある。

 1回戦第2試合は中部と北陸の対戦。飯島選手を中心とした中部は、飯島のアシスト、後藤選手のゴールなどで4-0と北陸を下し1回戦を突破した。

 第3試合では2回戦からの登場となった関東が九州を迎え撃った。九州が関東の4連覇を阻止できるのか、この試合はかなり白熱した痺れる試合となった。
 一進一退の攻防が続くなか、先制したのは九州。前半18分ぺナルティキックを得て東選手がゴールに蹴り込んだ。
 1点を追う関東は永岡選手が自陣からドリブルで持ち上がり相手陣内右サイドで粘りを見せる。そしてファーサイドで待ち構える三上選手へ折り返す。三上がゴール左隅に蹴り込み関東が同点に追いつく。後半12分、Yokohama Crackersのコンビによる得点だった。その後、両チームともに追加点を奪うことが出来ず勝負の行方はPK戦へと持ち込まれ、全員成功した関東が翌日の決勝へ勝ち残った。

 1日目第4試合は、中国が中部と決勝進出をかけて争った。地元の中国は中野選手がリーダーシップを遺憾なく発揮し負けないサッカーを貫徹。スコアレスで2試合連続のPK戦となったが、地元の意地を見せた中国が決勝進出を果たした。

 翌日の5位決定戦では関西が3-0と北陸を、続く3位決定戦では九州が中部を4-1と下した。
その結果、3位九州、4位中部、5位関西、6位北陸となった。

 そした向かえた決勝、関東vs中国の一戦は障がい者サッカー連盟会長北澤豪氏も見守るなかキックオフされた。
 地力に勝る関東が優位に試合を進めるものの、中国は中野選手を中心とした組織的な守りでゴールを許さない。そして後半7分、均衡が破れる。関東がコーナーキックから先制。正確なキックの北沢選手の蹴ったボールを吉沢選手がうまく方向をかえゴールに流し込んだ。東京の強豪チーム、レインボー・ソルジャーのチームメイト同士による得点だった。
 そして最少得点差を守り切った関東が優勝、大会4連覇を飾った。

 その後の閉会式でプレゼンターを務めた北澤会長と少しだけ話した際「最後は頭だよね」と言われていたがまさしくその通り、電動車椅子サッカーはレベルが上がれば上がるほど“頭と頭”の勝負になってくる。もちろん基本技術に裏打ちされていることが大前提で、体調管理、電動車椅子の調整もとても重要だ。
 初見の方は回転キックなどやぶつかり合いなどを見て「凄い」という感想を持つ場合が多いようだが、サッカーという視点で見ると頭の中も見えてくる。そうするともっと観戦も楽しくなるはずだ。

 この大会では試合以外のイベントも開催された。初日は知的障害や身体障害、様々な障害を持つダンスユニットによるパフォーマンスが繰り広げられた。2日目は地元のブラインドサッカーやアンプティサッカーのメンバー、なでしこリーグのアンジュヴィオレ広島の選手たちが訪れた。電動車椅子サッカーの選手も含めたドリブルリレー対決では、各競技の選手たちが“技”を披露。アンジュヴィオレ広島のある選手は大きな電動車椅子サッカーのボールをリフティングしながらドリブル、場内を沸かせた。

 
 日本を代表する選手の育成や強化を目的として国際ルールに準じた時速10㎞での公式大会」として開催されてきたこの大会は、どうもこの大会が最後になるようだ。今年度4月に障がい者サッカー連盟が設立、電動車椅子サッカー協会も法人化されるといった変革の流れのなかで、これまではあった各ブロックごとの協会は発展的解消、各都道府県協会に再編成されるようだ。
 来年度以降、制限速度10㎞の大会がどうなっていくのか? 内部的には様々な議論の末、既に方向づけはなされているだろう。おそらく選手やクラブチームの意向、世界の動向を視野にいれての再編になっていくものと思われる。個人的に「こうなっていくのかな」という予想と願望はある。
はたして電動車椅子サッカーの未来はどうなっていくのだろう。
 
 そして来年はいよいよ世界大会だ! 

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再び24時間テレビとバリバラから派生して

2016年08月31日 | 障害一般

 昨日の記事の続き(のようなもの)です。

 以下は『24時間テレビ』と『バリバラ』に関しての、自身も先天性の身体障害がある森田かずよさんへの取材記事。
 24hourtv-or-baribara
 
 そのなかで彼女は次のように語っています。

 「24時間的な感動か、バリバラ的な笑いか。この2つしか障害者の描き方がないと思われるのは、とても、しんどいなぁって思うんです。その両方の間に、多くの当事者がいると思うから」

 まったくその通りだと思います。
 私自身、過去に『知的障害』『聴覚障害』 の映画を制作した際に強く思ったことは、一つの障害のなかだけでいっても、いろいろであり、様々であり、多様性にあふれていること。現在は電動車椅子サッカー選手のドキュメンタリーを撮影していますが、その過程でも常に感じていることです。
 障害の面だけからみても様々ですし、性格や個性といったらてんでバラバラです。 

 映画完成後「この映画で何を伝えたいですか?」という質問をよくされますが、「いろいろ」だと答えます。「いろいろな人がいる、その等身大の姿さえ伝わればそれで良い」といったようなことです。
 何かを伝えたくて映画を作り始めたことは一度もありませんが、結果としてはそこに行きつきます。

 例えば知的障害者サッカーの映画を作ったときのことです。あくまでサッカーを通じてたまたま映画を作ることになったので、知的障害に関する予備知識は皆無でした。映画では知的障害者サッカー日本代表を中心に撮影していましたから、選手たちはほとんどが軽度の知的障害でした。
 そのなかで強く印象に残ったことは、軽度知的障害者の苦悩。
「私はなぜ知的障害者として生まれ、知的障害者として生きていかねばならないのだろう」といったような。

 これは事前には全く想像できなかったことで、同時に映画のテーマというか核心になるものだとも思いました。重度中度の知的障害者からみるとスーパーヒーローである彼らが、健常者とのボーダーライン付近にいるがための苦しみ。
 知的障害といっても幅広く、絶対に一言では語れないということを痛感しました。

 養護学校(特別支援学校に変わる前)にも何日か撮影で通いましたが、狭義の意味での知的障害以外にもダウン症や自閉症、ADHD、さまざまな子供たちがいました。「詐欺にあわないようにしましょう」という授業が行われていましたが、卒業後騙されてお金をだまし取られる人がいる一方、(学校関係者とは別の人から聞いた話ですが)だます側に回る者も少なくない。実際調べてみると犯罪に手を染める知的障害者もかなりいることがわかりました。そのことも映画に盛り込もうと何度も考えましたが、一つの作品で描くことのできる限界を超えていると判断し割愛しました。いわば闇の部分です。 
 闇とは違いますが、障害者の性もなかなか描けない”タブー”化されている点です。記事にもあるように『バリバラ』ではかなり触れていました。自分自身も劇映画(フィクション)にできないかと何度か考えましたが頓挫したままです。 

 ところで映画を作っていく過程で何度も「台本は?」と聞かれました。「えっ!?だってこれドキュメンタリーでしょう。なんでそんなものが必要なの?」と疑問がわきましたが、テレビ等のドキュメンタリーの多くは最初に台本があり必要な映像を撮り進めていくということのようで。

 私はそれまで劇映画(つまりフィクション)の世界で育ってきていたので驚きました。フィクションには(原則として)台本があるがドキュメンタリーにはないと思っていましたから。ただ編集の祭は撮影したインタビュー内容などを書き出して台本のようなもの作り構成を練りました。

 
  次作の「聞こえない、聞こえにくい人たちのサッカー」に関するドキュメンタリー映画はさらに混迷を極めました。知れば知るほどわからないことだらけ、詳しく書くと1冊の本になってしまいます(実際本になって岩波書店から出てます)。

 聞こえの程度も様々、手話を覚えた時期も様々、手話が出来ない人もいて、手話はろう学校で以前禁止されていて、日本手話と日本語対応手話がありろう者内部での意見の対立もあり、もちろん海外には海外の手話があり、ろう学校に通っていた人と一般の学校に通っている人がいて、デジタル化してからの補聴器の進化は凄まじく、人工内耳の子供たちも急増、その点も賛否両論があり…。
「聞こえない、聞こえにくい人々」と他の障害の決定的な違いは、言語、言語獲得の問題が密接にからんでいること。
 何とか理解し整理して1本の映画にまとめましたが、その後各メディアの報道に触れると、ほとんどの場合が理解しないまま垂れ流している間違い原稿、映像だということがわかりました。

 映像の場合は、知らない人が勝手にイメージしたものの再現が多いような気がします。「聞こえない聞こえにくい人」の中にはイメージにたまたま当てはまる人もいて嘘ではなかったりもしますが、かなり偏った描き方が多く「聞こえない聞こえにくい人」の理解になかなかつながらないことが多いわけです。
 聴覚障害に関しては、NHKのバリバラでも、司会やレギュラー陣がいまいち理解しきれず番組が進んでいると感じることも多いです。 NHKには『ろうを生きる 難聴を生きる』という番組がありますから、そっちにお任せ的な側面もあるかもしれません。
 

 24時間テレビの場合は、最初に人ありきでなく感動物語ありきで、そこにあてはまる人をキャスティングするということだったのでしょうか。『感動』という切り口だけでは随分と漏れてしまうものがある気がします。近年は(企画の大きさによるのかもしれませんが)ありのままを伝えるといったように変化している部分もあるようですが詳しくはわかりません。

 自分の場合は最初に人ありきで始まっていますが(一目惚れから始まること多し)、最初に(ガチガチの)企画ありきだと類型に流れてしまいがちです。現実に起こったことを必要ないと無視するといったことも出てきます。
 24時間テレビも今後も続いていくのなら、仮に企画が類型に流れそう、あるいは類型こそがベスト(?)であるのなら、同時にあるいは深夜にでも補足説明的な企画をやると良いのかもしれません。24時間もあるのだから。 
 

 記事の最後で森田さんは次にように述べています。
「問題は、障害者を見えなくすることだと思っています」
「例えば、映画やドラマの中で、身体障害者が取り上げられるときは、主役が多いですよね。でも、リアルな学園ドラマや、街を映すときはどうですか?学校にいたはずの障害者、街を歩いているはずの障害者はそこには写ることはほぼない。障害者がいない、健常者だけの『きれいな世界』がそこにあるだけです」
「障害者を社会からいないことにしちゃいけないし、見えないことにしちゃダメなんですよ」

 現実には、障害者は学校に一人だけ、あるいは0ということも珍しくはありません。もちろん狙って写すということはあり得るかとも思いますが、まずは現実の方から変わっていく必要があるかと思います。ただ街中には障害者はあちこちにいるような気がします。車椅子に乗っている人、脳性麻痺で歩いている人、白杖を使っている人、手話使用者、補聴器をつけている人、ダウン症、おそらく知的障害であろう人など、(東京では)しょっちゅう見かけます。(ちなみに手話か?と思いきや、やたらと身振り手振りをつけて話す人だったりすることもありますが)

 これはおそらく私が当事者を見慣れているので目がいくのではないか、以前は気付いていなかっただけで視界に入っていなかったような気もします。
 ではどうやったら人々に意識のなかに障害者が入ってくるのか?

先日観たドキュメンタリー映画『風は生きよという』の出演者であり電動車椅子使用者の蛯原さん(SMA=脊髄性筋萎縮症)は映画のなかで「私の仕事というか役割は、外に出て人目にふれ障害者という存在を見てもらうこと」(というような意味合いのこと)と話していました。障害者もより多く街へ出る。
しかしスマホから顔を上げないと視界に入ってこないかもしれません。 

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