ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

空耳

2017年06月26日 | 珠玉

  主君の命により京都の有力貴族へ貢ぎ物を届けての帰路、中老の東葛兵部は昨年隣国へ輿入れした姫君にお目通りを願ってその近況を知らせるようにとの追加の下命を拝した。
  姫君は変わらず溌剌とされていた。
東葛、国元の様子はどうか。
「殿をはじめ、ご家来衆からしもじもの民百姓に至るまで、みな一様に姫様の不在を嘆き悲しんでおりまする。」
あははは、と姫君は快活に笑った。
そなたのような剛の者が何を申すかと思えば。
  ひとしきり姫君からの下問に答えたあと、兵部は言った。
「それがし都で一風変わったものを買い求めてまいり申した。姫様に献上つかまつりたく存じまする。」
三宝(献上台)に載った、黒い別珍の袱紗に包まれた品物を手に取った姫君は目を見開いた。
これはなんじゃ。
「南蛮渡来の横笛で、おかりなと申すそうでござる。
市場を歩いていたところ、紅毛人のおなごが小店の前に立って吹いており、もの悲しいような、明るいような、その摩訶不思議な音色を聞いて、ぜひとも笛の名手の姫様へお目に掛けたいと思った次第でござる。」
そうか。
姫君は両手の細長い指をあちこち穴に軽くあてながら楽器を眺めていたが、急に口元へ運んでひと吹きした。
ぽお、と素朴な音が出た。
兵部はその音に胸を射抜かれたような気がした。
初めて見る異国の楽器を物怖じすることなく果敢に操ろうとする、その豪胆さよ。
どうした、東葛、考え込んだ顔をして。わらわが奏でる音色が気に入らなんだか?
年長の兵部を冷やかし、とても楽しげな口調だった。
「いえ、姫様、たいそうご立派でござる。さすがわが姫様は、三国一の姫君だと、心底感じ入っていたところでござりまする。」
                   ※
  城の正門から新たに雪崩を打って押し寄せてくる敵兵に二本、三本と槍で突かれ、さしもの兵部も前のめりに倒れた。
泥水に顔を突っ伏し、意識が薄れて行く中で、彼はかすかにあのおかりなの音色が聞こえたような気がしていた。


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