今回のオレンジカフェぽらんでお出しするお菓子は、あれこれ迷った末に一関市東山町の「石っこ賢さん」にした。
東山町の東北砕石工場に技師として勤務した宮沢賢治にちなんだネーミングの菓子。
元々は、鉱石採集に夢中になっていた少年時代の賢治に家族がつけたあだ名である。
宮沢賢治本人に会ったという方々へのインタビューをまとめたドキュメンタリー番組を観たことがある。
もうかなり前のことで、さらには途中からだったため記憶はあいまいなのだが、ひどく感銘を受けたのは、東北砕石工場勤務時代、男やもめの職工宅を訪問した賢治へお茶を出した少女が、こんなに小さい子なのに、いろいろ大変だろうがしっかりやるのですよ、と声を掛けられたというエピソードだ。
極貧に加えて、亡くなった母親の代わりに家事全般をこなさなければならない過酷な生活の中、そのような優しさに触れたのは初めてで、驚いたし嬉しかった、と老婆になった彼女は手を合わせんばかりにして語っていた。
もう一人は、農夫の父親と一緒に田に出ていた少年の話。
あぜ道を歩いてきた男がいきなりざぶんと父親の田に足を踏み入れ、手に取った土を眺めると、肥料をきちんとやればもう何割か収量が増えるんだがな、と大声で言った。
気色ばんだ農夫が、あんた一体誰だ、と尋ねたところ、男はオレは通りすがりの者だ、と答えたという。
その後農夫は半信半疑ながらも男に教えを乞い、結果、本当に増収となった。
農夫はお礼にと大きなお餅を持って息子とともに、その男、賢治先生宅を訪ねたそうだ。
詩人としてのイメージは親族や研究者が勝手に作り上げた偶像かもしれない。
けれども、これら市井の人々の証言の中で生き生きと立ち振る舞う宮沢賢治は、誰にでも平等に優しく、茶目っ気があって、なんと素敵な田舎紳士ではないか。