キャサリン・アン・ポーターの長編小説を映画化した「愚か者の船」(1965年)は、第二次大戦が始まる直前、大型客船に乗り合わせたさまざまな人種、階層の客たちの人間模様を描いた、いわゆる(トーマス・マンの小説)「魔の山」、映画でいえば「グランドホテル」形式の作品である。
こういったシリアスな白黒映画は日本では全く人気がなく、DVDも、600ページの邦訳も発売されているものの、ほとんど語られることがない。
かろうじてビビアン・リーの遺作として記憶されている程度だ。
作品自体は、異才スタンリー・クレイマー監督にしては凡庸なのだが、その中に忘れることができないセリフがあった。
心臓病を患っている船医(「突然炎のごとく」のオスカー・ウエルナー)が船長へ以前見た悪夢について語る。
「発作の最中に、僕は自分が死んだ夢を見た。棺に入れられ、体中から汗が噴き出している。
僕は叫んだ、『待ってくれ、まだ本当に生きていないんだ!』と。」
二十代に初めて日本語吹き替え版をテレビで観て以来、本当に生きるとはどういうことなのか、時々考えてきた。
考えなければ、ずっとラクだったのだろうが。
「突然炎のごとく(ジュールとジム)」のジュール役は最高にチャーミングだった。