ミューズの声聞こゆ

なごみと素敵を探して
In search of lovable

このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。

大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。 また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。

エズミに捧ぐ

2015年12月28日 | 日記
白のソックスをはいた少女、足首から足全体に掛けて実にかわいらしい。いきなり彼女は顔を上げて私を見ると「あなた、わたしのお手紙が欲しいかしら?」と、言った。心持顔を赤く染めている。「わたし、とても明確な文章のお手紙を書きますのよ、わたしぐらいの・・・」
「それはぜひ」私は、紙と鉛筆を取り出すと、名前と階級と部隊における一連番号と、それから軍事郵便局の番号を書きつけた。
「わたしの方から先に出しますわね」紙片を受け取りながら、彼女は言った「そうすれば、あなたはプライドの心配をなさらなくてすみますでしょう?」彼女は宛名の紙片を洋服のポケットに入れると「さようなら」と、言って、自分のテーブルへ帰っていった。

「エズミに捧ぐ」J・D・サリンジャー(野崎孝訳)より




 学生時代、アルバイト先で知り合い親しくなったSくんの夢は、英米文学の短編集を自分で編むことだった。
サリンジャーの「エズミに捧ぐ」とトルーマン・カポーティの「ミリアム」は必ず入れるとのこと。
でも、そうすると集英社から出てるものと似てくるかもよ。
「そうなんです、それが悩ましいところで。」
いたって大真面目だった。
 早くからグレて不良少年になった彼はそのころも尻ポケットにジャックナイフを隠し持っているくらいだったが、僕とは不思議にうまが合い、彼のアパートで安バーボンを飲みながら「タクシードライバー」や「ビデオドローム」といった映画を観て夜を明かした。
 彼が「エズミに捧ぐ」で最も好きだというくだりが、冒頭に置いたものだった。
「この大人びた配慮が嬉しいですよねえ。」
たしかにSくんは硬派で、女性に対してはからきし意気地がなかった。
そうだね、お互いこういうひとにいつか会えたらいいね。
 あれから長い年月が過ぎたけれど、彼は広い東京でそんなひとに出会えただろうか。
僕は―。
コメント
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