長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

志向のよろめき

2018年07月26日 11時10分00秒 | 已むにやまれぬ企画実験記録
 ついこの2週間ほどのことだったのではなかろうか…何の講義で伺ったのか、気候のもやもやが記憶のモヤモヤに輪をかけるので断言できませんが、分かりやすいのでメモしておいた言葉があります。

 いわく、歴史は人がつくり、時代が人をつくる。

 うーーーむ、分かりやすい。人にものをお伝えするにはこうでなくちゃなりません。
 さて今朝もまたもや回りくどいタイトルのようではありますが、人の嗜好というものはどんどん変わっていく、そしてそれは時代の志向によって変遷していく移ろいやすいものである、ということに端を発したお話です。

 半世紀を越えてなんとか生きてきた今の私は、野菜の春菊がとてもとても好きなのですが、小学生の頃は全然違いました。こんなものが…殊にお浸しにしたシュンギクなるものが、この世の中に食べ物として存在することが許せませんでした。
 香りといい味わいといい、食感といい、こんなに美味しいのにねぇ……

 物事の魅力、面白みをどこに感じるかということは、その人が重ねた年月、経験などでどんどん変わっていくものなのです。ですから、大量に消費される世間一般の興味の動向というものは、その時代、時々に、世の中に流通する媒体の中心で働いている年代(つまり働き盛りの20、30~40歳台)の方々の嗜好、志向、商売っ気に左右されるものなので、ある程度、社会の最先端を通り過ぎたものには、まったくもって、お前の話はつまらん、という心境でいるのが本当のところだと思います。

 そしてまた、生まれ育った時代によって、文化の志向性も異なりますから、第2次東京オリンピックゆえに世の中が文武両道ではなく、武=体力=健全な肉体の育成に舵を切るあまり、文=知力=健全な頭脳の育成、そして、情操教育というものがおろそかにされて来てやしないかなぁ…と思ったりもしてしまうのでした。

 昭和の修業時代、「そんな音で弾かないで」と、平均律に準じすぎる演奏をしたことを師匠にとがめられたエピソードを同年代の同業者から聞いたことがありましたが、それも前時代の記憶になっちゃうんでしょうかねぇ。



 思考を積み重ねる作業を拒絶させる、この外気温をどうやり過ごすか…が日々の命題であった前年までを通り過ぎてしまった、平成時代最後の夏。もはや人間の知恵と工夫は、大自然の前に無用、無力である、と悟った我々が見出した活路が、対自然無抵抗主義であるのかもしれません。

 そんなわけで、やはり、暑い夏は身の毛もよだつ、血も凍る怖い思いをして涼むのが日本列島に住む者らしい遣り過ごし方でありましょう。
 昭和の小学生にとっては、淀川長治氏が推奨するドラキュラ映画の連作物が、夏の風物でもありました。エドガー・アラン・ポーの怪異譚、そして江戸川乱歩。昭和の中学生にとっては、出版・映画界がこぞって展開させる横溝正史シリーズも恐怖の対象でした。
 
 これまで幾たびとなく映画・ドラマ化されてきた金田一耕助シリーズですが、2000年を過ぎたころ、モボモガが闊歩する戦前の都市文化を意識した、たいそうスタイリッシュなアレンジメントを施されてTVドラマ化された『悪魔の手毬唄』を見たことがありました。
 愕然としました。全然怖くないのです。
 尊属殺人という概念が破棄されたのは平成になってからでしたが、家社会という枷から解放され、ようよう個々人の幸せを第一義とすることに、罪悪感を抱かずに生きていけるようになったような気がした昭和50年代後半の日本。
 その時代に生きていた人々には、旧来の日本の風土と因習にからめとられ、引き戻されることが怖かったのです。

 タブーが存在することによる人々のためらいと、破戒することにより生まれる悲劇、というものは、もはや現代人にとっては体感し得ない、意識の埒外です。怖いどころか笑い話になり兼ねないのでした。

 時代が変わって人心が変わると、怖いものの概念も変わるのです。解釈は様々あれど、原作を生かす解釈でもって演出しないと、作品というものは本来の魅力を現出できずにミイラ化してゆくものなのである、それはそれで非常に怖い話ともいえますけれども…



 来る29日日曜日の午前10時半から、下北沢稽古場にて第4回観余会を行います。
 夏の風物である怪談、幽霊の芝居のお話と、実技は、もちろん、妖異譚には欠かせないあの音色なんですが、近づきつつある自然の大脅威、どうなりましょうか…
 参加費は1500円で、どなたさまでもご参加いただけます。
 お待ちしております。
 

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