いいたい放題

 右でも左でもない風来坊が、社会・経済・政治などの問題について、
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教区会ではっきりさせるべきです

2007-11-20 | Weblog

 京都教区は、FH司祭の事件とその後の教区の対応に関して、教区会で正式に話し合うべきです。被害者のお一人は、二度とこのようなことが教会で起きてほしくないと思い、裁判所の証言台に立たれたのではないでしょうか。言葉では言い尽くせない苦しみや悲しみ、痛みを負われていたのではないでしょうか。だからこそ、そのことを、信仰者として、聖職議員も信徒代議員もしっかりと認識すべきだと思います。
 先日、「糾す会」から聖職議員と信徒代議員宛に送られた文書をお読みいただけば、問題は何一つ解決していないばかりか、被害者とそのご家族は教会を離れてしまわれた状況を打開しなければならないということをご理解いただけると思います。今年の1月29日付けの主教文書は、被害者とそのご家族が合意していません。代理人がそれを公言していらっしゃいます。それを、いかにも合意されているかのように書かれていることに対し、非常に憤慨されていますが、当然のことではないでしょうか。

 まだお読みになっていらっしゃらない方は、是非、裁判記録閲覧報告をインターネット上でお読みください。<FH司祭問題を駁す>というブログに、何人もの方々が書かれていらっしゃいます。「FH司祭問題を駁す」で検索すればすぐに見つかります。そして、事件の真相とその後の京都教区の対応に関して、「糾す会」のホームページをご覧ください。「糾す会」で検索すれば、これもすぐに見つかります。そして、裁判記録閲覧報告と「糾す会」のホームページを比べてみてください。「糾す会」は出来るだけ問題を伏せて書かれています。
 実際にあったと大阪高裁が判断したことは、「糾す会」のホームページに書かれている以上に悪辣なFH司祭司祭による行為でした。にもかかわらず、京都教区主教はその裁判記録を閲覧することもなく、あの「謝罪の記者会見」を開いているのです。

 来る23日(勤労感謝の日)に日本聖公会京都教区の教区会が開かれるようですが、是非、この問題を議論していただきたいと思います。隠し続けたら、何の解決もできないばかりか、PTSDに今も苦しんでいる被害者とその家族の傷口に塩を擦り付けるだけにしかなりません。
 京都教区主教と常置委員に対して、一日も早く、被害者とそのご家族が納得する仕方で問題が解決されることをお願いして下さい。<2ちゃんねる>という掲示板がありますが、あの掲示板の【Anglican】聖公会8【Episcopal】というスレッドに盛んに書き込んでいた京都教区の聖職者と思われる方々が、ある書き込みを契機に、一斉に沈黙されていまいました。その書き込みがどれかは、皆さんはすぐにお判りいただけると思いますが、その書き込みの意味はよくお判りにならないかと思います。「さっぱり判りません」という声が聞こえるような気がします。しかし、一つ一つ、きちんとした裏付けがあります。私のところには、それなりの情報が送られてきています。それらの情報とあの書き込みを照合してみました。ここには記すことが出来ないほど、恐ろしいことです。

 あと3日です。23日には教区会が開かれます。そしてそこでは、新しい常置委員が選出されることでしょう。そして、また一年の歩みが始まるわけですが、それと併せて、一日も早くFH司祭問題に関して真実の意味での解決に教区が向かうように進言し、それが決議されるように祈って下さい。
 聞きたくないことに耳を塞がないで下さい。聖書の御言葉を通して、この問題を真剣に考えて下さい。日本聖公会がキリストの教会として、もう一度歩み続けることが出来るようになるために、祈り、励まし、支えあって下さい。でないと、日本聖公会は見るも無惨に音を立てて崩壊してしまうかもしれません。
 神様のお守りとお導きを信じて、キリスト者としてふさわしい道を毅然とした態度で歩んで下さい。

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。」
 マタイ福音書16章24節~25節