今日の日本聖公会管区小審判廷の審判の内容が伝わってきた。仕事が忙しくて、すぐには読めなかったが、「日本聖公会京都教区審判廷2008年第1号」を読みはじめて驚いた。最高裁判所が上告棄却をしているとされている。
民事訴訟法
第三百十二条
上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三 専属管轄に関する規定に違反したこと(第六条第一項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五 口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六 判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。
高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる。
第三百十五条
上告状に上告の理由の記載がないときは、上告人は、最高裁判所規則で定める期間内に、上告理由書を原裁判所に提出しなければならない。
上告の理由は、最高裁判所規則で定める方式により記載しなければならない。
第三百十六条
次の各号に該当することが明らかであるときは、原裁判所は、決定で、上告を却下しなければならない。
一 上告が不適法でその不備を補正することができないとき。
二 前条第一項の規定に違反して上告理由書を提出せず、又は上告の理由の記載が同条第二項の規定に違反しているとき。
前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。
俺が知っている範囲では、例の日本聖公会京都教区で起こった女児への性的虐待に関する慰謝料請求裁判の上告は、審理が行われていない。つまり、上告棄却の判決が出されたのではなく。民事訴訟法の規定によって上告が却下されたということなのだが、今日の管区第2小審判廷の審判の中では最高裁判所が「上告棄却」したとはっきり述べている。それとも被上告人が知らない時に審理が行われたのだろうか。
あの審判を読んだ人は、民事訴訟で上告審が開かれたと思ってしまうだろう。これも日本聖公会の管区の姑息な手なのだろうか。しかし、ジャーナリストやマスコミ関係者はこうしたことをよく知っているから、その「姑息な手」を見抜くことは簡単に出来る。
呆れたものだ。明日には、4件の申立に対する審判の、それぞれ全文が送られてくるだろうから、他にも姑息な手がないか確認してみたい。日本聖公会という所は、実に不思議なカルト集団のように思えて仕方がない。
民事訴訟法
第三百十二条
上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。
上告は、次に掲げる事由があることを理由とするときも、することができる。ただし、第四号に掲げる事由については、第三十四条第二項(第五十九条において準用する場合を含む。)の規定による追認があったときは、この限りでない。
一 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと。
二 法律により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。
三 専属管轄に関する規定に違反したこと(第六条第一項各号に定める裁判所が第一審の終局判決をした場合において当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときを除く。)。
四 法定代理権、訴訟代理権又は代理人が訴訟行為をするのに必要な授権を欠いたこと。
五 口頭弁論の公開の規定に違反したこと。
六 判決に理由を付せず、又は理由に食違いがあること。
高等裁判所にする上告は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることを理由とするときも、することができる。
第三百十五条
上告状に上告の理由の記載がないときは、上告人は、最高裁判所規則で定める期間内に、上告理由書を原裁判所に提出しなければならない。
上告の理由は、最高裁判所規則で定める方式により記載しなければならない。
第三百十六条
次の各号に該当することが明らかであるときは、原裁判所は、決定で、上告を却下しなければならない。
一 上告が不適法でその不備を補正することができないとき。
二 前条第一項の規定に違反して上告理由書を提出せず、又は上告の理由の記載が同条第二項の規定に違反しているとき。
前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。
俺が知っている範囲では、例の日本聖公会京都教区で起こった女児への性的虐待に関する慰謝料請求裁判の上告は、審理が行われていない。つまり、上告棄却の判決が出されたのではなく。民事訴訟法の規定によって上告が却下されたということなのだが、今日の管区第2小審判廷の審判の中では最高裁判所が「上告棄却」したとはっきり述べている。それとも被上告人が知らない時に審理が行われたのだろうか。
あの審判を読んだ人は、民事訴訟で上告審が開かれたと思ってしまうだろう。これも日本聖公会の管区の姑息な手なのだろうか。しかし、ジャーナリストやマスコミ関係者はこうしたことをよく知っているから、その「姑息な手」を見抜くことは簡単に出来る。
呆れたものだ。明日には、4件の申立に対する審判の、それぞれ全文が送られてくるだろうから、他にも姑息な手がないか確認してみたい。日本聖公会という所は、実に不思議なカルト集団のように思えて仕方がない。