むらぎものロココ

見たもの、聴いたもの、読んだものの記録

素顔は知らなくても

2005-07-03 21:40:00 | 本と雑誌
eco11
 
 
 
 
 
Umberto Eco(1932- )


「ウンベルト・エーコの文体練習」(新潮文庫)

「薔薇の名前」や「フーコーの振り子」の作者について、彼がトマス・アクィナスの中世美学についての研究から出発し、記号論学者として精力的な活動を展開していることなどを今さら記す必要があるだろうか。確かにこれら研究の成果が小説のなかで存分に活用されているにせよ、子どもの頃から物語作者になりたかったという彼の小説に対して、例えば彼の「中世美学史」を参照しながら読もうとする前に、まずはエンターテインメントとして彼の小説を楽しむことができれば、それでいいのではないだろうか。

「ウンベルト・エーコの文体練習」は「ささやかな日誌 Diario minimo 」から12篇、その続編「ささやかな日誌2 Diario minimo 2 」から1篇を合わせた編集版で、ナボコフやボルヘス、カフカ、ロブ=グリエ、レヴィ=ストロースなどのパロディが収められている。元ネタはすぐにわかるものもあれば、わからないものもあって様々であり、こうしたテクストにエーコのトレードマークである豊かな髭のように細かな注釈を入れることは親切な行為には違いない。しかし、髭を剃った彼がエーコ本人であるとは誰にも気づかれなかったように、エーコがあえて注釈をつけなかったのは、パロディであることを気づかれずに、単に様々なスタイルで書かれた短編集として読まれることで、素顔が仮面になる逆説を楽しんでのことなのかもしれない。

『なにもかもを裸にして見ようなどとしないこと、あらゆるものの間近にいようなどとしないこと、なにもかにもを理解し「知ろう」などとしないこと、こうしたことはこんにちわれわれには礼節の問題と思われる』(ニーチェ「悦ばしき知」序文)


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