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もうひとつの部屋

昔の記憶に、もう一度会える場所にしようと思っています。

絶対遅刻!ってときに限って

2025-06-01 18:17:35 | 若い友人との会話

「もうギリギリ、間に合わないってときに限って

なぜか遅刻せずにすむんだよね。

今日はラク勝、ゆうゆう間に合うってときは

あれほどいつも遅刻するのに(苦笑)」


わ~ わたしの映画と一緒。

この頃はもう、映画は毎回ほぼ遅刻なの。

昔は遅刻なんてしなかったのに。


「不思議や~なんでなんやろ」


危機感が足りないんかも。

って、危機感ってほどのコトやないけど(笑)


「やっぱり安心してると、ついつい遅くなる」


そうゆうモンだよね~

 

なんて話を、仕事に行く前の若い友人とした。

仕事と言っても、彼はボランティア(有償)で

以前スーパーみたいな場所で

バイトしてたときとは違う(らしい)


当時の彼は、遅刻どころか

オッソロシク早く出勤していた。

たぶん無遅刻で無断欠勤なんて考えられない

優良バイト生だったはず(想像)



……とここまで来て、わが身を振り返る。

 

彼のことはよくわからないけれど

わたし自身は、こどもの頃から

どうしたら遅刻するものなのか

正直ワカラナイ人だった。


まして好きな映画に遅れるなんて

もったいなくて出来ない。


それなのに、いつごろからだろう

自主上映会には必ずと言っていいほど

遅刻してしまうようになった。

(お金払う側だからいいよね…とでも

厚かましく思うようになったのだろーか)


きっかけとしてひとつだけ思い当たるのは

化学物質過敏がひどくなったころ

「ギリギリに行って、大急ぎで出る」のが

いちばん「人」(香料その他のカタマリ)に

接触せずに済むと思ったこと。


でも、それも十数年のうちにずいぶん良くなって、

あまり気にしなくてもよくなった。

「遅刻」が頻発する理由には…ならないと思う。

 

ここまでボンヤリ考えるうちに、ふと

「危機感」というキツイ言葉が口から出た理由が

うっすらわかった気がした。


「危機感」などというものがあったとしたら

(若い友人ではなく)過去のわたしの方だったと。



わたしが育ったのは

「いつ叱責が飛んでくるかワカラナイ」

こどもとしては安心できない?環境だった。


オトナはいつ怒りだすかワカラナイ。

何がきっかけで叱られるかワカラナイ。


なので、家から出るとき(家に居てさえ)

ある種の緊張感はついて回った。


「〈遅刻〉なんて絶対ダメ!」

と思い込むように育ったわたしは

遅刻の仕方がワカラナイという

ヘンなこどもだったと思う。


間に合うように、早めに準備して

家を出るのがあたりまえ。


「遅刻なんてしたら、とんでもなく

悪いコトが起きるにちがいない」


それはほとんど「危機感」を伴うもので

わたしはそういう多くの細かい事柄に囲まれて

育ったのだと、今になって思う。

 

ということは、平然と遅刻する自分は

過去(の呪縛)から自由になったという

ことなのかもしれない。


なあんて、遅刻の正当化に努めてる自分に

ちょっと笑ってしまったけど。

 

若い友人もこどもの頃

わたしが感じたような緊張感・危機感を

家で感じていたんじゃないといいけどな~(^^;

 

 

 

 

移った「はてな」はこちらです。

https://muma-muma.hateblo.jp/entry/2025/06/01/185520

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「そうかあ… あこがれだったんだ、あれは」

2025-05-20 13:10:11 | 若い友人との会話

最近、文旦(ブンタン:地元の柑橘)の皮をむきながら

若い友人が言ったひとりごと。

文旦で思い出すのは、やっぱり

○○村にいた頃なんだよね。


あの頃、ほんと~に思った。

「文旦って、いいなあ」


自分でもヨクワカラナイまま、ずうっと

果物として(味が)好きなんだと思ってたけど

そうじゃないって、今わかった。


「あれはあこがれだったんだ」


果物として好きだったんじゃなくて

この… なんていうか、たくましさ?

「タフさ」に憧れたんだな、ぼくは。


皮が厚くて、重たくて

放っておいても長持ちして

少しくらい手荒に扱っても

全然大丈夫。

 


「ぼくは、あの頃

ほんと~にそうなりたかった」


そう言いたげに見えて、でも

そんなことはひとことも言わなかった友人。

 

いつもどおり、ただ文旦の皮をむいて

中身だけ取り出したのを

わたしにも分けてくれた。


なんでもないことのように。



その「村」から「大都会」に引っ越した後

彼は学校に行かなくなった。


親二人は、その理由が薄々わかっていながら

いまひとつ(全然?)わかっていなかった。



黙って、文旦の薄皮をていねいにむいていた

友人の横顔を思い出す。


文旦にあこがれた少年は

もうすぐ40歳の誕生日を迎える。

 

 

 

 

 

引っ越し先は以下の通りです(「はてな」に移りました)

https://muma-muma.hateblo.jp/


当分は記事を書くとき、gooとはてなの両方に載せます。
(なるべく長くgooに居たいので。めったに更新しないブログですが(^^;)

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ロッカーと思うことにしたから

2023-11-14 15:29:38 | 若い友人との会話

若い友人との四方山話。


新聞を見たりするうちに

なぜか「社会規範」「常識」が話題になって…

日本では、どうしてみんな

そんなに縛られたままでいるんだろう。

道徳だの倫理だのは、とっくに

タガが緩んでしまって

エライ人たちはムチャクチャしてるのに

ヘンな「常識」は生き残ってる… などなど



すると、友人は突然


「僕は、自分のこと

ロッカーって思うことにしたから

(常識とか世間とかは)平気になった」


「ロッカーって物入れみたいやけど(笑)

でも、そう思うようになったら

社会規範から外れても当たり前?になった」

 

     初めて聞いたわたしはビックリ!

     でも、即思った。

    
     「いいわね、『ロッカー』って。

     わたしもなりたい!」


     
     「これまでずっと、自分のことは

     専業主婦のカクレミノ着た

     『ロクデナシ』って思ってきたけど

     おたくの『ロッカー』と

     似たような人種… じゃないかな」


(「おんなじおんなじ」と真顔で友人)  

   
     「でも、そーゆー言葉は(自分については)

     浮かばなかったの。なんでやろ」

    
     (そんな肯定的な?言葉、全然)

 

     「そういえば、ロッカーになるって

     決めたきっかけは何だったの?

     さっき聞いたばっかりなのに

     忘れちゃった。ごめん」

 

「ううん、謝ることない。

学校行かなくなったときだと思うよ」


「そう、あのとき。・・・たぶん。

『ロック』なのは尾崎豊のせいだな(苦笑)」

 

     「わたしは絵ぇ描くの好きやったら

     自分は絵描きやから…とか

     何か書くヒトやったら『詩人』やから…とか

     思ったかもしれんね。それでルートから降りる」


     「でも何もしないヒトやったから

     そういう言葉は思いつかんかったの」

 

「僕もロックなんかやらない(笑)

聞くだけやけど、それでも『ロッカー』

聞くの好きやから。それだけ」

 

     
     (友人のこういう笑顔に

     わたしはどれほど支えられてきたことか。

     彼が、小学生で「学校をやめた」後

     既に20数年が過ぎた)

     

 

 

 

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今がすべて、今しかない…でも

2023-11-06 17:14:28 | 若い友人との会話

若い友人との四方山話の途中で
友人はわたしに、さりげなく
でも、これだけは言っておきたい
という風に

「生きてる間に、一度はやってみたいと
これまでに思ったことがあるなら
今からでもやってみたらいいと思うよ」

「それでクタビレて1週間くらい寝込んでも
今はもう、ウチでは誰も困らない。大丈夫。
やっとそういう時期が来たんだよ」

友人は、「遅くなって悪かったけど…」と
小声で、ちょっとすまなそうに
付け加えた。


わたしはわたしで
最近、ふと思ったことがある。

 
そろそろ70という歳になった今
振り返ると、色んな時期に、あちこちに
「開けようと思えば開けられる」
扉があったのが見える。


でも、自分はその当時
ソンナモノは全く見えてなかった。

見えるけど開けなかったんじゃなくて
本当に見えてなかった(何もないと思ってた)


扉、分かれ道、そんなものは何もないまま
ただただ歩かざるを得なかった…

自分の来し方は、わたしには
ずっとそういう風に見えていた。


などという話も、それまでにしていたのだけれど
友人は、それとは別の次元の話
もっと現実的なこととして
言ってくれてるのがわかった。

ここしばらくの私の「不調」を見ていて
そういう話も、この際しておいた方がいいと
思ったのかもしれない。

 

友人は言う。

「過去は変えられないし
未来は誰にもわからない」

まあ、自分についても
同じなんだけど…と言いながら


「それでもほんとに、あるのは今だけ。
『今』しかないんだ」と。


友人の口調が真剣だったせいで
わたしは素直に
「やりたいと思ったこと」を
しばらく考えてみた。


けれど… 何も思い浮かばない。

好きだったこと、やってみたいと思ったことは
そのときそのときで、あったはず。

遠い過去のことだとしても
何もなかったというのは
いくら何でも、嘘になるはず。


でも、きれいさっぱり
何も浮かばない。


ちょっと浮かびかけても
「今」やってみようと思うような
気持ちには、まったくならない。


一生懸命考えても、結局
「思いつかない」ことに
自分でも驚き、呆れたけれど…

実際そうなのだから、仕方ない。


さらに自分でも驚いたのは
ここ数年ずっと思い続けてきたことが
不意に口を突いて、出てしまったこと。


「私は今、本当にしあわせなの」
(こんな言葉を人に言うことがあろうとは!)


「だからね、正直に言うと
今人生が終わったらいいのに…って
思うことはあるよ」


相手がギョッとしたのがわかったので
話を和らげる?ために
軽い調子で映画の話をした。


「とても仲良く暮らしてる夫婦の
奥サンの方が突然、大雨の日の
増水した川に、身を投げるの。

誰もその理由がわからない。

髪結いの亭主だったダンナサンも
何もしなかった自分が悪かったのか
とか思うんだけど… 違うのね」


「彼女が自分から死を選んだのは
『今の幸福の中で死にたい』
と、心の底から願ったから」


観た当時(30年以上前)は
いかにも作り物のストーリーに思えた自分。

記憶違いかもしれないけれど…

でも今は、あの奥サンの気持ちも
わかる気がする。


「今の幸福がいつまで続くかは
誰にもわからない。というか

多分そんなに続くようなものじゃない
ってわかっている。 だから…」


今のこの幸せの絶頂で
自分は人生を終わりたいのだと。



彼女の死の選択は能動的だと思う。


でも、わたしの願望は多分
老いることへの不安?から来ているだけ。



「生きているのがつくづくイヤになった」
「早く死にたい」

と、夜中に電話してくる知人や親族は
これまでも何人かいた。


うつっぽさに長年つきまとわれている
わたしにも理解できる気持ちだと思った。
(返事にはいつも困ったけれど)


わたし自身、こどものころから

「早くこんなこと(生きてること)終わればいいのに」
「明日の朝、目が覚めなければいいのに」

と、いつも心のどこかで思っていたけれど…


気づいてみると、いつのまにか
そういう風には思わなくなっている。


私は元々「あの頃はよかったな~」
「あの頃に戻れたらいいのに」

なんて思ったことが一度もなかった。


いつも「今が一番しあわせ」

そもそも「わたしは幸せなはず」

ほんとにそう感じていたのか
そう思わなければいけないと思っていたのか。

とにかく心の表面では
いつもそんな声が聞こえていた。



それが作り物(嘘)だったのが
今となるとよくわかる。


何をそんなに頑張っていたのだろう。

でも、当時の自分には
それが必要だったのだろうとも思う。


しあわせじゃないときほど
「しあわせなんだ」と思いたい。

そう思えないと、なぜか誰かに
申し訳ないような気がしてしまう。


生きていくのに一生懸命な時期には
そういう「目くらまし」も
重要に思えることがあるのかも。



でも、わたしはもう
「生きるのに一生懸命」じゃない。

「一生懸命」じゃなくても良くなった。 なので


今感じている幸せは、わたしにとっては
本物なんだろうと思う。

だから「今、さっさと死にたい」
というのも正直な気持ちなんだよね。
(ここまで来ると笑い話だけれど)

 



ここまで長々ダラダラ書いてみても
何が言いたいのかわからない。

単なる覚え書・下書き・メモなんだけど
下書きファイルに紛れてしまうのも
残念な気がして、UPしておきます。

 

それにしても
「やってみたいことが思いつかない」なんて
ずいぶん若い人の台詞のような気もして
自分でも笑ってしまう。

総ては体力不足(化学物質過敏も含めて)
と言われれば、正にそうです(^^;



ヘンな話につきあわせて、若い友人には
悪かったと思いましたが
「しあわせな今、人生を終わりたい」
と、誰かに一度言いたかったのかもしれません。

「話せて少し元気が出た。ありがとね」
と、翌日友人に言うと
「とにかく元気が少しでも出たなら良かった」
と、言ってくれた後
「たまに誰かに言う機会があった方が
いいようなことなのかもしれないな…」
とかなんとか、独り言のように呟いていました。


さすがに、あんまり寄りかからないように
心しないといけないと思いました(^^;

 

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