もうひとつの部屋

昔の記憶に、もう一度会える場所にしようと思っています。

幻の蔵

2013-03-19 23:54:08 | E市での記憶
3月19日の今日、あの蔵の解体撤去が完了すると聞いた。
あの土地はこれで、M小父さんのものになる。

祖父があれほど誇りに思っていた蔵だからこそ
母も、ああまで必死で守ってきたのだろう。

「この土地も家も、この蔵も、全部お前のものだ。」
一人娘に言い聞かせる、祖父の声が聞こえる。

「私の眼が黒いうちは・・・」
老女とは思えぬ母の声も。


何もかも、これでゼロに戻る・・・
そんな実感は全く無い。

土地への執着も、家と血の「呪い」も
何もかも消えてしまうなんて。

「そんなこと、あるはずがないよ!」私の中の子どもが叫ぶ。

子どもの私が暮らした蔵・・・
眼にすることもなくなって、既に48年が過ぎた。

電話口で小父さんは姉に言ったという。

「壊す前に入ってみたら・・・」
「下の部屋は畳も床も腐って、二階は青大将の巣になっとった。」

その光景は、鮮明に私の脳裏に浮かぶ。

「あの蛇だ。」

病気で寝ている私の傍へと
階段をするすると降りてきた蛇。


でもそんな、怖ろしかった蔵や蛇のことを
ふとどこかに書いておきたくなっている自分。

書けば、もう脅えることも無くなる・・・
そんな気がしているのだろうか。

実在した筈のあの蔵が、実は幻だったんだと
心底腑に落ちる時が来るのを
私はずっと待っていたのだけれど。


コメント
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