むじな@金沢よろず批評ブログ

台湾、国際情勢、アニメなどについて批評

【一部追加】台湾「漁民」抗議・軍艦外交は一部統一派の策動(コメント可)

2005-06-26 17:26:33 | 台湾政治
 最近、台湾と日本との間で漁業権をめぐる紛争が生じた。日本の排他的経済水域に侵入した台湾漁船を日本の海上保安庁が相次いで摘発、これに怒った漁民が海上で抗議行動を展開、さらに野党からの突き上げで台湾海軍がフリゲート艦を仕立てて、尖閣諸島近海で示威行為を行うなどした。「親日的」とされる台湾で反日的な示威行動が行われたことで、日本の一部には台湾を非難する声も上がった。だが、一連の示威行動を詳細に観察すると、これは純粋な漁民による示威行動ということでもないし、「領土主権問題」で台湾全体が日本と対立しているわけでもない事実が浮かびあがる。一連の漁民・海軍示威行動は、一部急進統一派勢力が漁業権と領土問題を軸に、日本との対立をあおって、中国への接近を図ろうとした、跳ね上がりの行動であって、大方の台湾住民・庶民の意思とは無関係、というのが実態だ。

■事件の経緯

 まずは事件の経緯を簡単に追ってみよう。まず、6月初め、台湾漁船「載億漁」一號が日本の排他的経済水域に侵入したところを拿捕、また8日には「漁津號」など5隻の漁船も同じく摘発された。これに怒った宜蘭県蘇澳漁民が9日、数十隻の漁船を仕立てて、海上保安庁の巡視船を取り囲み抗議、ここで台湾の海保にあたる海巡署は巡視艇を派遣して台湾漁民を解散させた。これについて台湾で反日親中的な傾向がある野党・国民党などが台湾民進党政権を「日本海保を保護して逆に台湾漁民を蹴散らすのか」と猛烈に非難。野党の突き上げで海軍が日本に対する示威行動を行うことに同意、21日国民党籍の王金平立法院長(国会議長)以下国民党などの立法委員と、国防部長の李傑がフリゲート艦に乗り込み、尖閣諸島周辺海域を視察した。王金平ら立法委員は、甲板で中華民国国旗を揚げて、「釣魚台(尖閣諸島)は我々の領土である。国家の主権を守ろう。中華民国万歳」などとスローガンを連呼した、という。

■急進統一派「夏潮」の策動

 この事件については、当初与党民進党と台湾政府は、「漁民の権益」という点から、関心を示していた。ところが、事態が推移するにつれて、「漁民の抗争」から距離を置く姿勢が目立つようになった。
 それはなぜか。
 どうやら事件の背景に、中国および急進統一派の影を嗅ぎ取ったからだと思われる。
 というのも、漁民示威行動については、漁民勞動人權協會という団体が主導したと見られ、この団体が急進統一左派「夏潮」グループに属しているからである。
 「夏潮」系統のホームページをチェックすると、漁民勞動人權協會などの名義で、「我們要求陳水扁表態及立即撤換陳唐山、許世楷、許惠祐──對漁民被逐、立委受辱的嚴正聲明」(われわれは陳水扁が態度を明確にし、陳唐山・外交部長、許世楷・駐日代表、許惠祐・海巡署長を更迭することを要求する 漁民が追い払われ、立法委員が侮辱された問題に対する厳重なる声明)、「為漁民被逐、立委受辱向日本當局抗議之聲明(漁民が追い払われ、立法委員が侮辱を受けたことについて、日本当局に抗議する声明)」という二つの声明文が出てくる。(http://www.xiachao.org.tw/?act=page&repno=706)
 いずれも、6月17日付けで、声明には漁民勞動人權協會のほか、人間出版社、中國統一聯盟、台灣人間報導學社、台灣地區政治受難人互助會、夏潮聯合會、勞動人權協會と、いずれも夏潮・労働党という中国共産党に従属するグループの関連組織が名を連ねている。
 ここで「立法委員が侮辱を受けた」というのは、高金素梅が「日本の靖国神社に抗議に出かけて、警察から阻止され、バスの中に閉じ込められた」と統一派側が主張していることをさしている。高金はかねてから、「原住民工作隊」という団体を介して、夏潮や中国との密接な関係があることを指摘されてきており、夏潮系統の声明がわざわざ漁民と高金を同時に扱っているところを見ると、今回の示威行動が高金の訪日と合わせて、民間交流が密接な台湾と日本との離間を狙い、台湾を中国に併合されやすくするために夏潮系統が仕組んだ反日中華民族主義行動の一環だったと見ることができるであろう。
 後者の声明では、スローガンとして、
 一、釣魚台を返せ!日本軍国主義に反対する!
 二、祖先の霊を返せ!靖国神社参拝に反対する!
 三、大国の強權に対抗しよう!国賊を排除しよう!
などというものが記載されている。
 日本の軍国主義と靖国神社参拝に反対するという点では私もまったく同意するが、「大国の強権」というなら日米と同時に中国にも反対しないと筋が通らないし、また「国賊の排除」という文言にいたっては、それこそ日本の軍国主義者と同類ではないか。まあ、夏潮系統は社会主義を名乗っていても、実態としては大中華帝国主義者で、マルクス主義理論も反日も、単に台湾を中国に併合させるための方便として使っているだけなので、こういう指摘は無駄なのだが。
 また、急進統一右派のマイナーな新聞「世界論壇報」6月21日付け1面には、「台灣蘇澳地區漁民一同涙ながらの訴え」とする意見広告が載っていて、「世界にはひとつの中国しかなく、台湾は中国の一部であり、われわれは台湾宜蘭蘇澳地区の漁民である。現在日本の野郎どもの圧迫と侮辱を受けている。、早く軍艦を派遣してわれわれを保護してほしい。ありがとう、胡おじさん(胡錦涛のこと)」と書かれている。ここまで公然と中国に追随したことを書くと、むしろ逆効果を狙っているのかと勘ぐりたくもなるが、同紙の色彩を考えると真面目にやっているのであろう。
 実際、今回示威を行った漁民は、「台湾を名乗っているから日本から馬鹿にされるのだ。だからいっそのこと中華人民共和国の旗を掲げたほうがいい」と言ったと伝えられる。

■オルグのプロは参画したのか

 ところで、在日台湾人右派系メールマガジン「台湾の声」では、漁民示威行動の背後にいた人物として農民運動家・詩人の朝立を名指ししている。この朝立という人物だが、1988年に台湾で最初の庶民階層による大規模反政府デモ「5・20デモ」を企画・指揮したことで知られるオルグのプロである。かつては民進党左派に近かったが、おそらくそのオルグ能力を評価されたのであろう、90年代になって中国に抱き込まれたのか中国によく行くようになり、左派のまま統一派となり、民進党政権成立後は民進党を批判、2002年11月の農民大デモを企画指揮、さらに国民党と接近して、今年5月の国民大会選挙では国民党の名簿6位に指名されてもいる。
 私は朝立自身が今回の事件の背後にいるかどうかまでは断定するだけの証拠がない。たしかに朝立は「全国農漁自救會弁公室主任」になったことがあり、漁民のオルグもそれなりに行っているのかしれないが、今回のオルグに関与しているかわからない。もっとも、今回の漁民示威が台湾で大きな波紋を呼び、国民党が盛んに動いたところを見ると、せいぜいが十数人程度しかいおらず、たいした組織力もない「夏潮」系統だけで起こしたとは思えず、朝立の関与を疑うだけの理由はある。
 ただ、今回示威を行った職業漁民グループは、原住民も多く含まれる関係上、高金らの「工作隊」や夏潮とは関係があっても、同じで統一派でも極右派保守派の外省人が香港や中国と提携して展開している尖閣諸島奪取運動「保釣運動」系統とは、若干距離があるように思える。統一派はいまや台湾では圧倒的少数派だから、主流となった民進党的な考え方に対抗するために、左右の枠を超えて統一派が連携することはよくある。夏潮が1996年総統選挙で、林洋港・カク伯村を、2000年総統選挙で宋楚瑜を支持したのはその好例である(「反ファシズム」をうたい文句にしながら、最もファッショ的な陣営を応援するのはそもそも狂っているが)。だが、それでもイデオロギーやロジックが異なる以上は、左右両派は完全に融和することはなく、微妙な関係にあるといえる。2003年9月6日独立派による「正名運動デモ」があった翌日、統一派がその対抗デモを行ったが、午前中は右派・新党系が、午後は左派・夏潮系が別々にデモを展開した(午後は五星紅旗も掲げられた)。

■砲艦外交で「日本軍国主義反対」?

 というのも、今回の漁民の示威行動の波紋があまりにも大きかったからである。そもそもその主体が漁民である点で、長年「虐げられた人びと」の代弁者を自認してきた民進党の琴線にも触れることで、民進党も当初は漁民への同情が広がった。
 実際に、台湾の漁民の間では以前から、「日本は中国漁民に甘いが、国交がない台湾の漁民への取り締まりは厳しい」という不満があったからだ。まして、今回問題となった宜蘭県は25年にわたって党外・民進党が県政を握る、民進党の金城湯池である。今回の対日示威は実際には一部統一派が仕組んだものだったにせよ、漁民に不満が共有されていることは事実で、それを無視できない。
 また、一方、国民党や親民党は、その指導部には外省人が多く、「日本との対立」となると反日の血が騒ぐようで、民進党とは違う意味から漁民に同情した。民進党も一歩間違えば反日統一戦線に乗せられる可能性があった。それは統一派活動家の目論見でもあっただろう。
 しかし、国民党があまりにも騒いだことは逆効果を招いた。
 国民党陣営では「軍艦を派遣して、日本に対して威力を示してやれ」という声があがったが、19世紀の砲艦外交ではあるまいし、まったく国民党は何を考えているのであろう。「日本軍国主義」に反対すると言いながら、自らは砲艦外交というのでは話にならない。まあ、そんな言動の前後不一致があるから、夏潮系統にしても、国民党の保守派にしても、どんどん台湾の中で支持と勢力を失うのであろう。
 そして砲艦外交が実現する直前になると、民進党は今回の一連の騒動に中国の影を感じるようになり、騒動からは距離を置き、国民党の行き過ぎを非難するようになった。ここで、統一派漁民活動家の目論見は国民党の愚昧さによって、崩れたことになる。

■過剰パフォーマンスはむしろ孤立化を狙ったもの?

 一方、国民党の王金平が軍艦に乗り込んで示威行動を行ったことはどういう意味があるのか。
 国民党内では本土派(台湾派)で李登輝に近いとされている。しかし、国民党には外省人一世を中心とする統一派も数こそ少ないが隠然たる力をもっている。おまけに現在国民党主席選挙で、王金平と馬英九が争っている真っ最中だ。主席選挙で動員力があるのは保守派の外省人の票であり、王金平は劣勢とみられる外省人の中での支持を挽回するためには、外省人受けのする「反日」姿勢を示しておく必要があった(ただし実際には外省人は個人的には反日どころか親日だったりするのだが、ここでは集団意識として反日を建前にするという意味)。しかし、それがさらに台湾全体としては逆効果を招いた。台湾では現在、日本が再び台湾を侵略すると思っている人間はほとんどいない。台湾にとって最大の敵はあくまでも中国であって、中国については何もいわずに日本に過剰に反発して見せる国民党の反応は、多くの台湾人の疑念を引き起こした(ただ、うがった見方をすれば、王金平の反日示威行動に対して李登輝がほとんど無反応だったことから考えると、実はこれは李登輝の差し金で、王金平が必要以上の反日ポーズを示させることで、一連の問題の本質をあらわにして、台湾民衆に違和感を感じさせ、統一派を孤立させることが狙いだったのではないか)。
 しかも面白いことに、王金平とともにフリゲート艦に乗り込んだ国防部長の李傑は外省人軍人出身であるが、台湾主権意識が明確な人物として民進党からも信頼がある人物なだけに、軍艦視察には積極的に同調しなかった。報道によれば、李傑は6時間半の視察の間、ずっと船室に引きこもっており、フリゲート艦が台湾北東部の蘇澳港に到着すると、やっと姿を見せ、取材陣の質問に、「(王金平)立法院長がどうしても乗船してくれと言うから仕方なく乗船した」と回答するなど、王氏の尖閣諸島領有権主張に関心を示さない様子だった、という。

■一般庶民は尖閣問題には無関心

 ここで、統一派活動家の目論見は完全に破綻したことになる。台湾住民はそれほど馬鹿ではないのだ。
 そもそも、それ以前に、多くの台湾民衆は、尖閣に代表されるような領土問題に関心がないのだ。その根底には、台湾人は身の回り以外のことにはもともと関心がなく、まして台湾が実効支配もしていない尖閣諸島には興味がないということがある。領土拡張の野心もない。だから、金門・馬祖はもちろん、蘭嶼あたりも「住民が独立したければどうぞ」という感じだし、極端な話、台湾本島が南北で別の国になっても許容はするだろう。
 日本が実効支配し、中華民国が後になってから主張しはじめた尖閣諸島問題について関心があるわけがない。わざわざ中華民国のものだといって煽るのは、普通の台湾人から見てすでに異常なことなのだ。
 尖閣諸島近海を漁場とする宜蘭県の普通の漁民にとっても、漁業権問題さえ解決するなら、主権や領土の主張はしない。生活できればいいからだ。
 反日を掲げて、中華民国の国家主権だのと騒いでいる時点で、すでに騒いでいる人は文化的に台湾人ではないことを公言しているようなものである。

■日本は台湾政府と交渉を明言すべき

 ただ、私がさらにだめ押しとして日本側に期待したいのは、今回の事件を逆手にとって日本政府が「そんなに漁民の方々の生活に影響がある重大な問題なら、台湾政府とは政府間で漁業交渉をしましょう」と表明することである。
 中国政府は例によって抗議してくるだろう。そうしたら、日本側は6月9日の「漁民」の示威行動が、実際には中国共産党の差し金で行われてた事実を示して、「あなたがたが仕組んで望んだことではないか」と切り返せばよい。
 もっとも、今の日本政府にそれほどの度胸と能力があるとは思えないが。
 実際、私が日本政府の外交関係者にこの方策を話したところ、「外交でそこまで幼稚で乱暴なことはできない」といった。幼稚で乱暴というなら、日本国内ですら反対論が強くいろいろな問題がある靖国神社に首相が公式参拝することで、中国や韓国と喧嘩する、という現在の小泉政権の手法ほど幼稚で乱暴で近視眼で無意味なものはない。それを棚に上げて、真面目な情報にもとづく外交を幼稚だと切り捨てているようでは、日本政府に「外交」なるものは期待できないかもしれない。