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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

こちら、自由が丘ペット探偵局-36-

2008年11月14日 | 投稿連載
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者古海めぐみ 
         36
犬飼健太は、元高校球児で補欠ながら体格だけは立派でどう
見てもちょっとやそっとのダメージではビクともしない丈夫
な身体だった。むしろそれが取柄とさえ言えた。頭脳明晰で
もなく努力家で人望が厚いというのとも違うが、持久力と
愛嬌だけはクラブの中では秀でていた。一年生のとき部室で
新入生の数人がタバコを吸って、三年の先輩からこっぴどく
叱られ、暗く汗とカビ臭い部室の中でシオキと称して全員尻
バットでミミズ腫れになるまで叩かれても、健太だけはへこ
たれずお尻を突き出して笑って耐えていた。
それだけタフだった。
その強靭で負けず嫌いの犬飼健太の姿が安田美貴の「わんに
ゃん天国堂」のどこにもその面影すら見つけることができず
にぷっつりと消えてしまった。
健太はどこに行ったのか、主婦の佐藤沙織や福田刑事だけで
なく祐二や春も探していた。
何よりカラスのセイコちゃんが狛江と多摩川の上空で一番必死
になって探していたのかも知れない。
しかしその攫われた迷子の健太を最初に見つけたのは春だった。
健太をセイコちゃんを追って多摩川の葦原に迷い込んで落とし
穴に落ちた春は、真っ暗な深い穴の中で生暖かい長いモノに手
を触れて背中の産毛が総毛立って慌ててその腕を引っ込めた光
のない土の中の夕方。
その長いモノはゆっくりと蛇のように動いて低いうめき声を上げた。
ハルちゃんー
確かにそう聞こえた。湿った暗闇のドブ臭い空気の中で春には、
そう聞こえた。息も絶え絶えで途切れながら、再びハルちゃんと
地面の方から聞こえてきた。
何?そう春が身構えるとごつごつした指で今度は春の足首が
掴まれた。
ハルちゃん!オレだ。オレ。
誰れ?春は、右足を握っているそのごっつい手首を外そうと
掴み返した。なんで春ちゃんまで捕まっちまうんだ。
掠れてはいたが今度ははっきりとした文章になっていた。
「健太さん?」
「ひでえ目にあったよ。痛てぇぇ。春ちゃんは大丈夫なのか。」
うん!と春は幼い子どものように素直に返事して健太の声の方へ
飛びついた。
「痛いっ。って痛い痛いっ。」
傷だらけで横たわっていた犬飼健太が足をまだ縛られていて自分
では起き上がれない状態でいた。
「肩も腕も腰もみんなバールで打たれて打撲傷ばかりなんだ。」
「ごめんなさい。」
冷たいがこの上なく柔らかい春の唇が、健太の耳たぶに触れた。
次に傷口の血がカサブタになった健太の顎が甘い汗と呼吸する
体温とゴム鞠のようなポニョポニョの春の胸に沈んだ。
「いや・・しょんなことぅ・・あやまらわんでぃもいいっつス
・・ムニヤムニャ」
あまりにも春ちゃんの胸に埋まりすぎて健太の返事が日本語の
発音に聞こえなくなってしまったが春には、充分健太の言い分
がわかった。
健太は、十匹の子豚のうち生存競争ではぐれた一匹が母豚の
おっぱいにやっとの思いで辿り着いて満腹になるまでミルクを
吸ってササクレだった気持ちが少し和らいだときのような安堵
感に浸った。
春も健太に遭えたことで独りで罠にかかった訳じゃないという
安心感がじわっと涌いてきた。しばらくの間ふたりはくっつい
たままでいた。そこには男女の愛執ではなくもっとプリミティ
ブな生きものの生存にかかわる結びつきと言えるものが接着剤
としてあった。
「腹ぺこで動けない。」
「ちょっと待って。」
と春は、ポシェットの中からチョコバーを取り出して銀紙をく
るりと巻き取ると健太の腫れた口に小さく割って含ませた。
うめえ、と健太はモグモグゆっくりと噛んで飲み下してふうと
生き返った魚みたいに大きな息を吐いた。この時初めて健太が笑った。
「春ちゃん、足、紐解いてー」
健太の声が初めより人間らしい発声に近づいてまともな会話に
なった。
春は、暗闇の中手探りで健太の足を見つけクルブシの手前で
しっかりと結ばれた麻織りの紐まで探し当ててその濡れた結び
目の解きにかかった。
かなり長い時間をかけて健太の足を紐の拘束から自由にすると
春は、今度は健太に肩を貸して立ち上がるのを手伝った。
「全部わかったよ。春ちゃん襲った奴も奥多摩湖に犬を捨てた
奴も・・」
「やっぱり同じひと?」
「ああ。とんでもねえ野郎だ。」
真っ暗な穴ぐらの土壁に片手でパタパタと確かめながらぐるり
と一周して、健太は半径二メートル半ってとこか、と呟いた。
「ここの上にシラネというホームレスが主のようにいたわ。」
春はそういうと健太をまたゆっくりと座らせた。
「そいつは、国籍を売った男だ。安田の息子は金でそのシラネ
にかくまって貰ってここにオレを始末するために来た。」
「そんな人なの?」
「どうやら闇世界の掃除人らしい。ホームレスから名前を買って
売りさばいてもいると真一という息子と話しているのを聞いた。
新宿では白井。赤坂では清水。六本木では志村。来る奴によって
名前を使い分けている。本名はシラネーって冗談が十八番だ。」
春は、鉄板焼きをしていた白髪頭の歯の抜けた色黒の男を思い出
して身震いした。
『ここにいるってか』
若い男の声がしてパッと穴倉が明るくなった。
「ほらな。いい女だよ。勿体ねえ。」
シラネが穴の入口の鉄蓋を開けて覗いてツバを飛ばしながら言った。
「探偵野郎。起きてら!」
安田真一がついで覗き込んで怒鳴った。
健太も春も急に光が入って眩しくて頭上の天国の入口の人影しか
見ることが出来ず二人とも瞼の裏がキリリと痛んだ。
「静かに眠ってもらうかのう。」
シラネが涎をたらして笑った。
そしてその脇から真一が太いミキサーのノズルを穴の入口に突っ
込んだ。
「ここから早く出せ!」
と叫んだ健太の顔にそのノズルからナマコンが有無を言わさず
落ちてきた。

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1 コメント

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姫路市の探偵社 (姫路市の探偵社)
2008-11-15 12:16:31
姫路市の探偵社をお探しなら、是非一度アーバン探偵にお立ち寄り下さい。
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