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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
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懐かしい人への旅7

2011年06月12日 | 投稿連載
懐かしい人への旅 作者大隅 充
      7
七夕の日に亡くなられた中村公彦さんは、膨大な
資料を残された。映画だけでなくムーランルージ
ュ新宿座の舞台装置の図版から写真など約40個
のダンボールが早稲田大学の演劇博物館に収めら
れた。
 日活時代の弟子である土屋伊豆夫氏の話だと映
画のセットを組んでいて徹夜で酒場のセットをつ
くって先生に朝見せると「後3センチ全体に上げ
よう」と一センチ二センチの単位に拘ったという。
 たとえば川島雄三の「州崎パラダイス」の橋の
袂の飲み屋でカウンターに新珠三千代が座ったと
き全体の背景とのバランスや肘をついてお酒を呑
む新珠の姿がきれいに見えるためのカウンターの
位置がきっと先生の目にはあったのではないだろ
うか。 
 その几帳面な性格がその資料の整理の仕方にも
現れていて、アルバムや図版のファイルは年代順
にきちんと整理されていた。喫茶店のマッチ箱の
デザインからチラシ、新聞広告まで収集していた。
 面白いことにそれが「新宿」と名の付くものな
ら何でも集められていた。戦前昭和10年から昭
和13年まで早稲田の学生だった中村公彦さんの
青春は、新宿にあった。ちょうど昭和初期の新宿
に花開いた喫茶店文化と重なって、今では考えら
れない新しい若い熱気が新しい街「新宿」あった
のではないだろうか。それまで浅草、銀座の繁華
街はカフェ文化だった。女給さんのいるカフェは、
高価で学生にはとても気軽に入る所ではなかった。
それがコーヒー一杯で何時間でも粘って学生がロ
シア文学やフランス映画の議論ができた。また若
い男女の語らいの場でもあった。つまり学生が多
かった新宿に「中村屋」「仏蘭西屋敷」などの喫
茶店のコーヒーの香りがカルチェラタンの雰囲気
を漂わせていた。
 この若くて新しい自由で明るい街・新宿で「ム
ーランルージュ新宿座」ができたのは、言って見
れば当然のことだったといえる。
 なぜ最晩年になって中村公彦さんが「ムーラン」
に拘って本を出そうと原稿を書いていたのかがこ
の新宿の喫茶店のマッチを見たときわかったよう
な気がした。
中村公彦さんにとってムーランルージュは青春だ
ったのではないだろうか。最後にはじまりだった
青春を語ろうと思われた。そしてなんとかそれを
残そうとしていたのであった。
 何かを残す人の人生の重さは、その仕事が大き
ければ大きいほど伝播力が大きい。それは家族だ
けにとどまらず幾多の後輩の手によって語り継が
れる。
 今回「ムーランルージュ新宿座」の旅を始めて
みるとそのことが自然と肌で感じるようになった。
それぞれのムーランの関係者に取材していくとそ
れはそのまま家族の物語でもあった。子供がいる
ところは、父母のことを残して語ろうとするし、
ないところはその弟子や養女が大切に思い出をと
っていたりした。あるいは私のように無関係であ
りながら研究や激しい興味で残そうとすることも
ある。
 それはその人の人生の重さが重いほど、閉じら
れたその人の青春という箱のカギを開けたときそ
の輝きは新鮮な驚きとなって宝の光を放っている。
 中村公彦さんの仕事は、岩本憲児さんらの立派
な本があるが、30代から日活を辞める50代ま
での間どれだけ忙しい生活を送ったか。黄金時代
の映画の現場は、徹夜や地方ロケの繰り返し。そ
れをこなしてきた中村先生の生活を垣間見るエピ
ソードをその家族の話から覗うことができる。
 それは娘の公美さんの葬儀のときにうかがった
中村公彦さんの父としての思い出であった。
 あるとき小学生の公美さんの誕生日に公彦さん
が割烹着を着て台所に立って娘のために手料理を
つくっていた。その恰好が当時流行っていた柳家
金語楼の「おトラさん」という人気キャラクター
のおばさんの恰好を真似て包丁を握っていた。娘
からしたら、今日はお父さんがいて自分のために
誕生日を面白い恰好して祝ってくれると期待でい
っぱいだった。しかし今村昌平たちの電話で付き
合いマージャンに行ってしまう。そのときの光景
が葬儀の日父の思い出として甦ったという。偉大
な父親をもつ家族の物語を示唆するほろ苦い心に
残るエピソードである。

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