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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-11-

2007年06月01日 | 投稿連載
       愛するココロ 作者:大隅 充
        11
魚町の交差点から大通りへ出たところで運転を
由香からトオルに変わった。
去年までペーパードライバーだった由香の運転を見ていた
トオルは、すっかり眠気がすっ飛んだ。
加藤研究室と車体に書かれた軽ワゴンは、何度も歩道に
乗り上げそうになったり、対向車にぶつかりそうになった。
「やっぱり先生の言った通りね。」
「何?カトキチが言ったん?」
車を停めて、トオルが運転席に行くと由香が後ろの席で
エノケン一号を抑える役目にバトンタッチした。
そしてドアを閉めると、カトキチの声真似で由香が回答した。
「トオル君は必ず役に立つことがある。第一由香くんの
運転じゃいつ死ぬかわからんけんね。」 
「なるほどそれは正解やん!」
とエンジンをかけた。
「で、どこに行くの?」
「ああ。えーと、ちょっと待って、」
由香はエノケン一号の胸の液晶画面をナビに切り換えた。
「北を指しているわ。ショウワカン・・・」
「じゃ門司までまっすぐだ。あそこは美味くて安いふぐ丼
の店があるぞ。いいね。」
急発進した。
 しかしそのふぐ丼の店は、あっという間に通り過ぎて、
エノケン一号を乗せた傷だらけの軽ワゴンは、
いま海を渡ろうとしていた。
「このまま行くと関門大橋に渡っちゃうよ。」
そう言われた由香はナビ画面から目を離さなかった。
「どんどん北上している。グーグル・アースと連動して
ナビ画面に現在位置と進む方角が出るんだけど、このまま
じゃ広島方面へ行ってしまうよ。」
「どうする?帰れなくなるよ。」
すると、小さな車体がぐらっと揺れた。
海峡を渡る風が烈しく吹き付けたのだ。
「橋渡った!」
由香は、右手でエノケン一号を押さえて左手で携帯を開く
と加藤教授に連絡を入れた。
「ああ。真鍋です。今先生の言われた通り、エノケン一号
の示すナビに従って移動してます。」
「胸の画面は、ブルーかね?」
相変らずのんびりとした声の教授が出た。
「はい。ずっとブルーです。」
エノケン一号の頭から軽快なピアノ音が流れ出した。
「エノケン一号は安定してるな。行き先はどうもはっきり
してるらしい。もう一度エノケンに聞いてみて。」
「どこ行くの?」
言われたとおり由香が尋ねると、エノケンのピアノが
止まって画面が点滅し出した。
エノケン一号「カケモチヤ・・カケモチヤ」
「カケモチヤ?」
「言語領域ボタンを押して見てくれ。」
「はい。先生。・・・ああ。不明領域の単語の表示になっています」
「カケモチ・・掛け持つ・・かける餅・・」
「もう一度エノケンに聞いてみてくれ」
「エノケン、どこ行くのですか?」
「カケモチヤ。カケモチヤ・げんちゃん」
「げんちゃんって言ってます。」
電話の向こうで教授はしばらく押し黙った。
「・・・それは、掛持ち屋の岡田源蔵さんのことかもしれん」
ハンドルを握っていたトオルが振り返った。
「掛持ち屋って?」
由香がそれを受けて携帯に繰り返した。
「カケモチヤの岡田源蔵さんですか。」
「ああ!間違いない。よくエノケンが僕に話してくれた人たいね。
昔新宿で映画館から映画館へフィルムを自転車で運ぶ人を
そう呼んだらしい。」
エノケンのピアノが又始まった。
それは、♪私の青空♪の一旋律だった。
「軍資金は、残っとる?」
「グンシキン?」
「私の渡したお金たい。」
「はい。充分。」
と由香は自分のバッグに目を落とした。
「とりあえずエノケンの意思の通りに行動してくれ。
泊まるっとなったら私から親御さんに連絡いれとくけん」
「泊まるんですか。」
と由香が不安そうに言うとトオルは、草原の野ウサギの耳
のようにピンと伸ばしてしっかりと聞きつけていた。
「と、と、泊まる。由香っぺと旅行かあ。いいねえー。」
トオル、軽快にアクセル。
「エノケンと旅行でしょ。勘違いしないで。
前の車に接近し過ぎ。よく見て!」
ブレーキを慌ててかけるトオル。
「おっと。危ない。危ない」
エノケンの♪ピアノにバイオリンが加わる。
「先生、胸のブルーが点滅してます。」
すると、エノケンがしっかりとしゃべりだした。
「掛け持ち屋のゲンちゃんは新宿時代の親友」
「エノケンを元にした人口知能が意思をはっきりと
持ち出した証拠だ。素晴らしい。
エノケン一号に変化があったら又連絡ば頼む」
と電話が切れる。
車はちょうど関門大橋を渡りきったところだった。
関門海峡は、渦潮を幾つもつくりながら鏡のように
傾いた太陽を反射していた。
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