世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2011-12-18 07:33:33 | 月の世の物語

そこは、地球上の、ある小さな国の、ある小さな田舎町でした。

一両編成の列車が、古い小さな無人駅に止まり、開いた列車の扉から、一人の若い女が降り立ちました。女は、栗色の柔らかい髪を肩のあたりで切りそろえ、質素だが適度に愛らしい、品のよい服装をしていました。

駅を出ると、そこに少し道の広がったところがあり、三方に向かって道が延びていました。彼女はそのうちの真ん中の一番広い道に進み、その道の中ほどにある小さなスーパーに、入って行きました。食品売り場で、彼女はいくつかの野菜や肉などをテキパキと籠に入れ、今度は文房具売り場に向かいました。そこで夫に頼まれていた便箋と封筒をとり、籠に入れると、ふと、売り場の隅にある、小さな小物に目が行きました。

それは、茶色の地にピンクの花模様が描かれた、樹脂製の安物の髪留めでした。いつもなら、そんなものには見向きもしない彼女でしたが、今日はなぜだか、その花模様が目にとまり、何だかうれしい気分になりました。そして、それを手にとってしばし花模様を見つめた後、たまにはこんなのもいいだろうと、それも籠に入れました。

スーパーで買い物をすませると、彼女はまた表の道に出ました。そして道を曲がり、古い商店街に入って行きました。その商店街は、とても古くからあり、半分ほどの店はもうとっくの昔にシャッターを閉めていましたが、中にはまだ細々と営業を続けている店もあり、彼女は、その商店街の一番端にある、小さな雑貨店の前で、しばし立ち止まりました。

店の中は、異国風の内装がしてあり、見たこともない形や色をした変わった鞄や、籠の小物いれ、七宝の髪飾り、お月さまの形をした紅水晶のペンダント、異国の神様を染め抜いたタペストリ、色とりどりの陶器のカップ、木でできた小人の人形など、いろいろと魅惑的なものがたくさん置いてありました。彼女は、その店には入ったことはありませんでしたが、この商店街を通る時、なぜかいつも足をとめてしまい、ついショーウインドウから中を覗いてみるのでした。

ふと、彼女は、ウインドウの一番手前に飾ってある、陶製の小さな天使の人形に目が行きました。よく見ると、その人形は小さいながらも、細かいところまでとても丁寧に作ってありました。天使は赤いバラの咲いた小さな庭に立ち、かわいい白い服を着て、小さな白い翼を背に負い、目を閉じてうっとりと小さなバイオリンを弾いていました。彼女はその天使の、茶色の巻き毛を肩に下ろした愛らしい子供のような顔に、しばし見とれ、ほっとため息をつきました。一瞬、鞄の中の財布に手が伸びそうになりましたが、人形の足元の値札に書かれた数字を見て、あわてて手をひっこめました。彼女は、天使にちょっとほほ笑みかけると、幸せそうな顔で道の明るい方に顔を向け、歩き出しました。

商店街を出ると、少し道は広がり、古い住宅の並ぶ古い街がありました。遠くには、緑の山並みが見え、空は青く晴れあがっていました。季節は初夏でした。道の端の舗道に並ぶ街路樹たちも、若い緑に身をつつみ、生命の輝きを見せようとしていました。女はなぜか幸せでたまらず、思わず笑ってしまいそうになりました。ふと、一本の街路樹の中にこもる樹霊が、彼女に気付き、びっくりしたような目で彼女を見ました。もちろん、彼女はそんなことには何も気づかず、ただ前を向いて歩いていました。

そのときでした。一陣の風が起こり、一瞬、彼女の髪を吹きあげたかと思うと、時が止まりました。すると、彼女を取り囲むように、突然宙空に三人の聖者が姿を現し、彼女を見下ろしました。近くから見ると、女はとても白い肌をしており、丸顔で、醜女の君を可愛らしくしたような顔をしていました。聖者たちは何も言わず、一斉に彼女に杖を向け、そこから彼女に向けて青い光を放ちました。光は、まるで瓶にミルクを注ぐように、彼女の中にとくとくと満ちていきました。そして、光が彼女の体全体に十分に満ちたのを見ると、三人のうち二人の聖者はすぐに姿を消しました。残った聖者は、彼女の背後から、その背中に杖で光る文字を描き、その文字が彼女の背中にしっかりと染みこんでいくのを、確かめました。そして次に、彼は呪文を唱え始め、自分の体を、だんだんと小さく折りたたみ始めました。呪文の中で、聖者の体は見る間に小さくなり、しまいに木の葉のような形をした小さな青い光となったかと思うと、それはするりと、女の首元に入って行きました。

全ては、一瞬のうちの出来事でした。一部始終を見ていたのは、ただひとりの樹霊だけでした。彼は茫然と目を見開き、女の姿を見ていました。

女は少し、首元にかゆみを感じたかのような気がしましたが、特に気にするほどでもなく、また前を向いて歩き始めました。道は、初夏の明るい光に、満ちていました。その彼女の中で、聖者は彼女の目を通し、外界を見ていました。聖者の目には、女の幸せそうな顔と愛らしさを嗅ぎつけて、もぞもぞとうごめき出した蜘蛛やムカデの影がそこらじゅうに見えました。しかし彼女の目には、それはごく普通の、明るい日向の舗道にしか見えませんでした。彼女は日の光を浴びながら、どんどん歩いていきました。と、ふと彼女は、舗道の端の石につまずき、転びそうになりました。

(だめよ、道を歩くときは、気をつけなくちゃ)彼女は心の中でつぶやきました。でもそれは、本当は彼女の思いではなく、聖者が彼女の心の中でささやいた声でした。しかし彼女はそれを当然自分が思ったことだと思い、心の中で言いました。(そうよ。気をつけて歩かなくちゃ。ちょっとつまずいただけで、大変なことになっちゃうもの。)

女は、幸せそうに笑い、顔を真っ直ぐに上げて、また歩き出しました。早く家に帰らなくては。そして洗濯物を取り込んで、片づけものをして、そう、夕食にはちょっといつもより凝った料理を作ろう。買い物は済ませたし、準備はもう万端!
若い彼女には、愛と幸福に満ちた明るい未来しか、見えていませんでした。さらに今の彼女にとって、何よりも幸福なのは、今夜帰ってくる夫に、初めての妊娠を、告げられることでした。

足元に気をつけなくてはと、あれほど言ったのに、どうしても抑えることができず、足は自然に速まり、彼女は踊るように歩き出しました。

世界は、何もかもが平安で、美しく、幸福で、すべてが、光に、満ちていました。

(完)



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