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「おれはまだ、十二か十三の子供だった。だが十分に鍬が持てたんで、アシメックが声をかけてくれたんだ。一緒に男の仕事をしないかってね」
「すごいよな」
モトはネオの話を聞きながら、目を丸々と見開いて言った。春の風が心地よい。どこからか小鳥の声が滴って来る。イタカには草むらに巣をつくる小鳥がいるのだ。
「おれ、青い鹿の話が好きだ」
モトは沼に映った自分の顔を見ながら言った。アシメックがキルアンと闘った話は、今は母親たちが子供に語る昔話の定番になっていた。キルアンは、実際は普通の鹿より少し大きいくらいの、青みを帯びた毛皮をしたハイイロ鹿の雄だった。ネオはそれくらいのことは知っている。だが母親たちの語る話では、アシメックが戦ったのは、イゴの木よりも背が高い、空のように青い鹿になっていた。
アシメックはその鹿と、空を飛びながら戦ったのだ。
モラがモトを寝かしつけるために、その大仰に広がった話をする時、ネオは少しおかしかったが、別に何も言わなかった。それくらいのことができてもおかしくないように思えたのだ、あの族長は。
今の族長は、シュコックが死んだあと、レンドがやっている。アシメックが始めた稲植えの風習を受け継ぎつつ、みんなを守って立派に族長をやっていた。アシメックの影響は大きかった。あれを忘れられない男はいつも、アシメックの真似をしていた。
ネオは昔の記憶に心を飛ばした。もうあれから何年経つだろう。アシメックが死んだのは、最初のタモロ沼の稲刈りが終わってすぐだった。
彼のとむらいのときは、村のみんなが泣き崩れた。墓穴を掘るのさえ拒否した。死んでしまったことをすぐに認めたくなかったのだ。アシメックが横たわる墓穴は、トカムがひとりで掘った。そのころから、穴を掘るのが彼の仕事になった。今でも彼は穴を掘り続けている。
ネオは空を見た。白い大きな春の雲が流れている。