世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2012-10-29 07:21:55 | 月の世の物語・天人楽

天の国の一隅に、二十人ほどの人が住む小さな村がありました。村は高い山の奥にあり、人々はそこで、山を耕して段々畑をこしらえ、虹色のラッキョウを育てていました。虹色と言うわけは、畑に並ぶ緑の草の根をひきぬくと、珠玉に似た丸いラッキョウが根元にかわいらしく膨らんでおり、その色は、赤だったり、黄色だったり、青だったり、ひきぬく草によって、色が違うからでした。なので人々は、この植物を八色ラッキョウと呼んでいたのです。七色でなく八色(やいろ)なのは、ラッキョウの色が、白を入れて、八種類に分けられるからでした。

ひきぬかれて、三日の月の薄い月光水で洗われた八色ラッキョウは、三日ほど風に干されたあと、望月の月光水を一、梅の酢を二、菜の花の油を一の割合で混ぜて、豆真珠の粉と塩と夢肉桂の粉をほんの少し入れた液体の中に漬けこまれ、しばし瓶の中で眠ります。そうして七日ほどすると、とてもおいしい八色ラッキョウのピクルスができあがります。村人は出来上がったピクルスの瓶を、籠に入れて背負い、山を下りて、山の下にある、船の停留所に行きます。そこでしばらく待っていれば、白いクジラのような大きな船が飛んできて、荷物を受け取り、それを天の国の港まで運んでくれるのでした。

八色ラッキョウのピクルスには、弱い忘却作用をもたらす成分が含まれているそうで、それを食べると、しばし、地獄での苦しみを忘れると言います。八色ラッキョウは、天の国の港から、船で深い地獄の管理人の元に運ばれ、管理人は地獄の底の苦しみにのたうつ人々の口に、時々そのラッキョウを放り込むのでした。すると罪びとは、こりりと、それを噛み、夢肉桂の匂いに涙を流し、ラッキョウのかすかに甘い酸い味を噛んでいるうちに、地獄での苦しみがしばし麻痺したようにわからなくなり、重い痛みや苦しみや労働がそれほどつらく思えず、楽になると言います。

罪びとには、少しきつい薬でありますから、そうさいさいと使えません。罪びとが、あまりに苦しすぎて、疲れ過ぎて、病気になってしまいそうになると、管理人が様子を見てそれが必要と判断すれば、そっとそれを口に放り込むのです。そうして、しばし罪びとは痛さも疲れも忘れ、まるで神が手を添えてくれているかのように、背負う荷物や引きずる石が軽くなるのです。その間、管理人たちは、罪びとに忍耐することの深い意義を繰り返し教え込みます。そして罪びとたちは、ラッキョウの効き目が切れてくるとまた、重く苦しい労働や苦悩に、再び耐えてゆくのでした。

このようにして、ピクルスにした八色ラッキョウには、忘却作用があるのですが、ピクルスではなく、生のままで食べると、反対に、大事なことを思い出すという作用がありました。それは、ラッキョウをひきぬいてから一日以内に食べないと効かないので、村の人以外には滅多に食べることができません。ですから、村の人々は、村の人のためのラッキョウ畑を少し残しておいて、ほとんどのラッキョウを、ピクルスにして、船で送ると、しばし、村のお堂に集まって、生の八色ラッキョウをつまみながら、香りのいい野生の茶を飲みつつ、魔法のような宴を行いました。

たとえば、竹読知(たけよみのしら)という者がおりました。たけよみのしらは、お堂で長机の前に座ると、机の上の皿に盛られた八色ラッキョウの、紫色をしたものを、早速口に入れて、こりこりと噛んで飲み込みました。そしてしばし、その味わいを楽しみつつ、黙っていました。他の村人は、少しの間、何かうれしそうな顔をして、たけよみのしらの顔を見ていました。やがて、たけよみのしらは、十分に八色ラッキョウの味をかみしめて、ふと、記憶のかなたに忘れ去っていた遠い遠い昔のことを、思い出しました。そして、少し目に涙を灯し、まるで何か歌を歌うように、言うのでした。

「…ああ、あの頃は、よかったなあ。わたしは、不思議な白梅の林の中を、歩いていましてね。遠くには、白い雪をかぶった美しい峰が見えた。白い麻の服を着た母さんと一緒に歩いて、春一番に咲く梅の林の中で、静かに鳥の声を聞いていた。母さんもわたしも、何も言わなくてね。なんだか歩いているだけで幸せだった。わたしは母さんが大好きで、いつも膝に抱きついて甘えていた。すると母さんは、わたしを抱きしめてね、あの頃のわたしの名前を呼んで、『いいこだ、いいこだ』と言ってくれたんですよ。それでね、わたしはほんとうにいい子になって、勉強して、とてもよい先生になって、たくさんの子どもたちに、読み書きや算数を教えましたよ」

たけよみのしらが話し終えると、他の人々の中からも、いいねえ、それはいいねえ、という声が上がりました。そして次に、野目青(やめのあをむ)というものが、白いラッキョウを口に入れました。やめのあをむは、かりかりと奥歯でラッキョウを噛みながら、ラッキョウの香りが、頭の中に深くしみ込んでくるのを感じました。そして、ゆっくりとその味と香りを楽しんだ後、少し目に涙を灯し、さりげなく髪をかきあげるふりをして涙をぬぐった後、静かに言ったのです。

「ああ、あの頃は、幸せだったなあ。潮風の吹く南の国の村に生まれましてね、父さんは船に乗って海に出て、虹色の魚や、蛸や、アワビなんかとってきてくれた。ある時など、白珠を封じた貝なんぞをとってきてくれた。ああ、覚えていますよ。貝を開くとね、ダルマみたいな形をした、大きくてとてもきれいに光る白珠が出てきましてね、母さんがそれは喜んだ。さっそく、職人に穴を空けてもらって、紐を通して、首飾りにしたんですよ。姉さんがそれをとてもうらやんだもので、母さんは、おまえが嫁にいくときに、あげようねと言ったんだ。姉さんときたら、それがあまりにうれしかったらしくて、その晩、わたしの大好きな木の実のスープを、三杯も食べさせてくれたのです。父さんのとってきてくれた魚もとてもおいしかった。暮らしはさほど豊かじゃなかったし、おなかのすく日が何日か続くようなこともあったけれど、みな、ほんとうに幸せだった…」

「ああ、ほんにねえ。よかったねえ」村人の誰かが言いました。「ほんに、ああ、家族がいて、友達がいて、みんな仲良くして、本当に互いを大切にしていたら、これ以上の幸せはないねえ」「うむ。貧乏でも、幸せだった。辛かったこともあったけど、幸せだった。ああ、あのときの母さんは今、どこにいるのだろう?」やめのあをむは、うっとりとため息をつきながら、言いました。

さて次に、灯日丸(あかるのひまろ)というものが、黄色いラッキョウを食べました。あかるのひまろは、そのラッキョウを口の中で舌にまきとったところで、一瞬吐きそうになりました。これはいかん、とあかるのひまろは思いました。でも、ラッキョウを吐きだすことはできないので、あかるのひまろは、いそいでそれをかりかりと噛み、飲み込んだのです。すると、あかるのひまろの頭の中に、濃い灰色の夢が現れました。あかるのひまろはしばし口をつぐみ、目を硬く閉じていました。それを見た村人のひとりは、小さく、ああ、と言いました。そして静かに口を閉じて、あかるのひまろを見ながら、彼が何かを語りだすのを、待っていました。

「ああ、本当に、姉さん」と、あかるのひまろは、言いました。「ほんとうに、ほんとうに、わたしではなかったのです。お姉さんのきれいなべっこうの櫛を盗んだのは、わたしではなかったのです」あかるのひまろは、そう言いながら、頬に涙を流しました。村人たちは、眉根のあたりにかすかに苦悩を見せながら、あかるのひまろを静かに見つめていました。
「どろぼうと、わたしを呼ばないでください。わたしは盗んでいません。本当です。でも、あなたがいつも、わたしのことを、どろぼうと呼ぶものだから、みなが、わたしのことを、どろぼうと言って、からかうのです。そして、近所で何かものがなくなると、みなわたしのせいになったのです。わたしは、みなにいじめられて、どろぼう、どろぼうと言われて、悲しかった。それで、大きくなると家を出て、あちこちを物乞いなどしながら旅したのです。辛かった。さみしかった。そしてわたしは、まだ若いうちに、とうとう、どろぼうの濡れ衣を着せられたまま、走る馬車に踏まれて、死んでしまったのです」

「それで、どうなすったのですか」村人の中でも、とくに気持ちのやさしい、木尾鳴(こをのなるこ)という女が、尋ねました。するとあかるのひまろは、ふと目を開けて、ああ、と深い息をつき、また「思い出しました」と言いました。

「ああ、あれは、当然のことだったのです。忘れていた。わたしは、あの人生の、前の人生で、母の手箱から玉の指輪を盗み、それを売った金でばくちを打ったのでした。ああ、それをわたしは、まだ幼い妹のせいにしたのです…」
「まあ、そうでしたか」と、こをのなるこは言いました。あかるのひまろは、しみじみと、言いました。「これでわかった。罪の濡れ衣を着せられるものの辛さが。だからわたしは、ある人生で、それを償うべく、勉強しました。そして、ある小さな国の裁判官になりました。どんな小さな裁判も、真実を正しく見抜くために、細やかに事情を調べました。そして、真実をはっきりと見分けてから、裁きを下したものでした。あの頃の勉強が、今も生きている。わたしは今も、真実を見つけることが好きで、勉強が本当に好きです…」
「それもこれも、始まりは、小さな罪だったのでございますね」こをのなるこが言いました。あかるのひまろは、うっすらと気持ちのよい笑いを見せ、こをのなるこを見つめ、言いました。「ああ、ほんとうです。あの過ち、あれがなかったら、今のわたしは、なかったかもしれません」

「過ちとは、いかなるものでしょう」ほかの村人が言いました。すると別の村人が言いました。「高きところにおわす方のお言葉があります。過ちても、改めないこと、それを過ちというのだと」「そう、過ちても、心から悔い、やり直せば、それは過ちではなく、むしろ、自らの宝となるのでございますね」「そう、そうですとも、わたしとて、今まで、何度過ちを犯したことか。未熟なるものに、過ちはつきものです。ひとつやふたつの過ちで、くじけていては、人は何もできません」「ああ、ほんとうにそうです。大事なのは、過ちを、過ちのままにしておかないことです。罪を償い、それを通して深く学び、よりよき己として成長し、すべての愛に、少しでもお返しができるようになるまで、怠らず、よきことを積み重ね、学んでゆくことです」「ああまったくそのとおり。つらくてもつらいといわず、くるしくてもくるしいといわず、やるべきことをやってゆく。昔から、よく教えられたものですね。人は苦労をせねば、愛を深く知ることができないと」

人々は、皿に盛ったラッキョウを囲んで、しばしの間、「罪」についての話をしました。
「苦しいことを、苦しいと言うて逃げては何にもなりません。怪や深い地獄にいる人などは、罪の浄化をなすときの苦しみや辛さなどから逃げ、巧妙な言葉のあやを用いて、神の道理を打ち破ろうなどとしますが」
「あわれなことでございます。それをやれば、ますます深い罪に落ちてゆく。そして、罪から逃げている限り、彼らは矛盾の苦しみから逃げることができず、常に苦しんでいる。これが存在痛というものでございます。こうして我々が、微力ながらも罪びとを助けていても、罪びと自身が悔い改めない限り、その永遠の矛盾の輪から、逃れることはできません」

だれかが、ふうう、と長いため息をつきました。見るとそれはこをのなるこでした。「ラッキョウのピクルスは、しばしの間、罪びとに苦しみを忘れさせます。それでしばし、罪びとは心が軽くなり、地獄の毒の苦しみも、労働の苦しみも、軽くなります。しかし、すぐにまた、罪を思い出す。そのとき、罪びとはまたひどく自らに落胆して苦しむ。わたしたちのやっていることは、はたして罪びとのためになっているのでしょうか」
「我々の作っているものは、軽い麻薬のようなものですから。もちろん、使わないにこしたことはない。けれども、それが必要なときもあるのですよ。それほど、罪に落ちた人は苦しいのです。彼らは、罪から逃げる故に、自分が存在することに苦しみ疲れ果てている」「わかります。罪びとを助けるためには、ときには、甘くも苦い、薬が必要なのです。われわれのやっていることが、どうか罪びとの心を、深く癒してくれるようにと、神に願います」「ええ、ほんとうに」

人々が話しあっていると、ふと、こをのなるこが、何かに導かれるように、机の上の皿に手を伸ばし、一つの赤いラッキョウをつまんで、それを口の中に入れました。すると、目の奥に、厚い闇のカーテンで隠された、なにか大きな傷のように痛いものが疼いているのを感じました。こをのなるこは、ああ、と声をあげ、顔を覆いました。指の間から涙の水が漏れました。こをのなるこは苦しそうに息をしながら、言ったのです。

「ああ、なんということを、してしまったのでしょう、わたしは。神よ、申し訳ありません。わたしは、嫉妬したのです。あの方に、嫉妬したのです。何ゆえに嫉妬したのか。それはあの方が、まるで人間のように思えなかったからです。ああ、苦しい。本当に苦しい。何で忘れていたのか。忘れることができたのか。ああそれは、高き所におわす方々の、わたくしへの愛でございましょうか。忘れなければ生きていけないほど、あれはつらいことでございます」

そのとき、たけよみのしらが、思わず言いました。「思い出してはなりません。それ以上、話してはなりません」しかしこをのなるこは、滝のように涙を流しながら、胸に手をあてて、何かに導かれるように、話を続けるのです。

「ああ、助けることは、できたのに。あの方を、お助けすることができるチャンスが、あったのに、わたしは、それをしなかったのです。いえ、気付きもしなかったのです。今なら、わかります。わたしは、遠いところを旅していって、あの方のところにいき、あなたを愛しているといって、お助けするべきでした。だのにわたしは、あの方のうわさを聞いて、わたしは、あのような人はきっと、ろくな死に方をしないだろうと思って、別に関わることもないと思い、何もしなかったのです。そしてあの方は、思った通り、あまりにもむごい目にあって、死んでしまったのです。ああ、お話ししましょう。風のたよりに聞いた、あの方の身に起きた死の、あまりの惨い悲劇に、わたしが茫然としたことを。そして氷のように立ちつくしたまま、しばし心を失ったことを。神よ、わたしは、何もしなかったということで、あの人を殺した人たちのひとりと、なったのでございます…」

村人たちは、まるでかたまった鉄のように動かず、凍りついた目で、こをのなるこを見つめていました。こをのなるこは、舌に残ったラッキョウのかすかな味をかみしめながら、しばし涙を流しつつ、黙っていました。やがて、突然蝶が閉じていた翅を開くように、あかるのひまろが、言いました。

「こをのなるこどのよ、わたしは知っています。あなたがこれまで、どれだけ人々のために尽くしてきたかを。そしてこの天の国で、どれだけ細やかな気遣いをして、ラッキョウを育ててきたかを。あなたがいなければ、豆真珠や塩や夢肉桂の塩梅がうまくいかず、ラッキョウをあのように美しく口にも甘く作ることができないことを」
ほかの村人が続きました。「罪とは、まことにつらきもの。己の犯した罪ほど、苦いものはないもの。それをあなたは飲み下し、心改めて、真の道を歩いてきたのです。あなたがどのように心やさしい方であるか、ここにいるだれもが知っています」

「ああ」とこをのなるこは、胸の奥から弱い吐息を出しました。そしてぬれていた涙を吹き、宙を見あげて目を閉じ、しばし、神に祈りました。そして村人たちが見つめる中、こをのなるこは、ふと微笑んで、まるでだれかに導かれるように、言ったのです。

「ああ、人類は、長い長い間、罪を犯してきました。深い深い、罪を犯してきました。ああ、その罪を、あかるのひまろさまのような方が、自らの宝とできるなら、人類もまた、その深い罪をすべて、己が宝とできる日が、いつかやってくるでしょうか?」

それを聴いて、その場にいただれもが、驚きの目をしました。
「なんと。ああ、本当に。いつか、人間が、その罪を、己が糧とできる日が来るなら、それはどのようなすばらしいことに、なりましょうか」
たけよみのしらが、思わず声を大きくして、言いました。やめのあをむは、胸が澄み渡るような思いを感じ、思わず、言いました。
「もしそうなれば、それはきっと、すばらしいことになりましょう。人間は、本当に、すばらしいものになりましょう。ああ、今は、一寸先すらも見えない闇ばかり。けれども…」

村人たちの間に、熱い感動が流れました。知らず知らずのうちに、皆が頬に涙を流していました。長机の上では、ラッキョウが、七色の星を盛ったように美しく光っています。それを見たたけよみのしらが、天を見あげながら目をつむり、感動に導かれるまま、歌を歌ったのです。

ゆくみちを 照らす灯もなき やみそらに せめて星焚け ちひさき蛍

ああ 今は 行く道を照らしてくれる
光のかけらもない 闇ばかり
けれどわたしたちは 人間の未来を信じて
今は暗い空に せめて 
星のように 火を焚こう
あの 小さな蛍の ように


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