日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

活動回顧録 2018 - 新春の旅

2019-01-09 22:58:40 | 旅日記
正月から早春にかけての恒例となりつつあるのが、前年の活動を振り返る回顧録です。今年も年始から順に、一日につき二、三回分を目安に綴ります。泊まりがけの活動だけを対象にすることと、日付の数え方については例年と同様です。

・新春の四国を行く 2018(1/2-8 6日間)
前年は今なお語り草の「2017年問題」に徹頭徹尾煩わされ、正月の恒例である四国への遠征も見送らざるを得ませんでした。それが去年は一変し、三が日と三連休が中二日でつながりました。谷間の二日を休むことで、元日を休養に充てたとしても一週間活動できるという理想的な並びです。そのおかげで、例年端折っている高知を含め、四国の県都にいずれも泊まれただけでなく、前後を奈良と神戸で挟むことができました。それだけでなく、室戸岬を周回したり、昼行のジャンボフェリーに乗船したりといった趣向の変化もありました。日数が増えた効果は数字以上に絶大だったというのが実感です。
この経験からいえるのは、できれば七日、それが無理でも六日ほしいということです。仮に六日の日程なら、高知を省くだけで済み、もう一回四国へ行けば全県を訪ねることができます。ところがさらに一日縮むと、日数の違い以上に面倒です。というのも、徳島まで二日をかける前提なら、四国に上陸した時点で残りが三日しかありません。その結果、徳島から先の行程は実質二つに絞られます。松山に泊まった後、翌日高松から夜行のフェリーで神戸に渡り、そこから一日走って帰るのが一つ。もう一つは、松山を切る代わりに高松、神戸の順に泊まるというもので、神戸から一日かけて帰る点については同様です。前者では、高松、神戸が素通り同然となる上に、瀬戸内の航海をむざむざ寝て過ごすことになります。これまで最も多く採ってきた行程でもありますが、急ぎすぎて面白味に欠けるのが難点です。これに対して後者では、松山と高知が両方残ってしまい、一回で掛け持ちするのは難しく、さりとて四国へあと二回行くのも難しいという問題点があります。かような観点からすると、高知を除く四国の県都を奈良と神戸で挟むのが理想的ということになり、そのためには五泊六日が要るという寸法です。
もちろん、それだけの日数を毎年捻出できるわけではありません。今回四国に車を置いてきたのは、実質五日という制約の中で、六日の場合と同じ効果を狙ったためでもあります。この試みが成功すれば、四国からの一時帰京が来年以降定着していくかもしれません。

・冬晴れの駿河を行く 2018(1/13-14 2日間)
年初に四国へ行ったことは確と記憶しており、記録を繙くまでもありませんでした。しかし、その次にどこへ行ったかがあやふやでした。北陸へ行ったつもりでいたはずが、実際に行っていたのは静岡でした。北陸へ行く場合、月曜を休んで三日の日程にするのが通例のところ、この週明けを休めない事情があり、一週延ばしていたという顛末です。本人ですら忘れていた細かな事実を、blogが思い出させてくれました。
信州と会津にしてもそうですが、一定の日数で同じ場所へ何度も通うことにより、行動が次第に固定化されてくるという現象が起こります。静岡の場合、時期まで短い期間に集中するため、その傾向がなおさら顕著です。かつては伊豆から大井川まで様々な場所を訪ねていたはずが、近年の活動は清水を中心としたごく狭い範囲に限られてきており、行き帰りの経路についてもほぼ固定化されてきました。これは、富士山が最も絵になる場面を追求した結果でもあります。試行錯誤を重ねた末、冬晴れの日に湘南と箱根を通って清水へ下り、翌日その周辺で活動するという行程が定着してきた次第です。
もっとも、一点の曇りもない快晴の日を狙っても、そう簡単に的中するわけではありません。たとえば前年は、一月二月にそれぞれ訪ねたにもかかわらず、狙い通りに晴れたのは一回目の初日の夕方だけでした。その前年は11月などという半端な時期まで引き延ばした末に、雨に降られて散々な結果に終わりました。これに対して去年は稀に見る成功例でした。前年同様、一月と二月に機会を作れたばかりか、いずれについても会心の青空が広がったからです。特に初回の活動では、三保の松原、日本平のいずれでも、裾野から山頂まで一点の曇りもない富士山を眺めることができました。唯一外した箱根からの眺望は翌月の活動で取り戻すなど、二度にわたる活動が一切無駄にならなかったのも特筆されます。
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