日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

晩秋の大地を行く 2021 - 個室

2021-10-30 14:42:16 | 甲信越
早朝から時間に追われて自覚する以上に消耗していたか、それとも昼から一杯やったせいなのか、船室に戻ると眠気が押し寄せました。しばらく横になって休み、先ほど目覚めたところです。
北海道への遠征が十月の末まで延びたことにより、六日の菖蒲になりはしないかという懸念が、早速的中してしまいました。甲板のテーブルと椅子が片付けられていたのです。日中に長く航海するのは小樽航路の特徴の一つでもあります。甲板から日本海を眺めつつ悠然と過ごすひとときは、北海道への旅において欠くべからざる一部分でした。しかし、そのひとときも立ち通しでは興醒めです。空と海の青さは申し分ないだけに惜しまれます。
先代の船に比べて共用の区画がきわめて貧弱なのは、四年前から就航した新造船の難点です。甲板の他に居場所を求めても、長時間腰掛けるにはおよそ向かないソファもどきがいくつかあるに過ぎません。二人用の個室を奢ったのは、結果として正解だったことになります。
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晩秋の大地を行く 2021 - 出航

2021-10-30 12:15:26 | 甲信越
去年は北陸から直接北海道へ渡りました。ただし、初めからそのつもりだったわけではなく、瓢箪から駒の出来事が積み重なってのことでした。それだけに、今年も同じことになるとは全く想像していなかったのが実情ではありますが、歴史は繰り返されました。定刻より5分ほど早く出航し、今し方港外に出たところです。
北海道への遠征が秋の恒例行事となって九年が経ちました。しかし今年は、混迷を極める世相に職場事情が追い打ちをかけ、先延ばしを続けるうちに十月の末を迎えてしまいました。それにより懸念されるのは、六日の菖蒲になりはしないかということです。自分にとって、3月、4月と11月の北海道はいまだ経験がありません。それらに共通しているのは、前後の季節に挟まれた半端な時期ということです。直近の二度にわたって旅した晩秋は、今振り返っても鮮烈でしたが、あれ以上遅い時期ならどうだったかは分かりません。錦繍の季節が去って雪が降るまでの端境期に、それらと並ぶ見所があるとは想像し難いからです。実際のところ、滞在中の天候には今のところ多くを期待できません。過去の日照時間を調べても、10月までとそれ以降では歴然とした違いがあり、直近二年の再現を期待するのは端から筋違いのようです。
そうと知りつつ強行するのは、今を逃すと後がないという事情によります。紅葉の最盛期を経て、いよいよ冬らしくなってくる年の瀬までの北陸を見届けるためには、11月の中頃までに戻った方が賢明でしょう。これは北海道へ行くなら今しかないということでもあります。今まで延びてしまったのは、職場事情によるところも少なくなかっただけに、それさえなければどうだったかと考えるのは人情です。しかし、恨み言はこの場限りにしておきたいとも思います。業務にかこつけ帰京を度々延ばしたことについては既報の通りですが、それにより捻出された一週間は、北海道の晩秋にも引けを取らない印象的なものでした。あれと引き換えにしたものと思えば、北海道への遠征が多少半端になったとしても悔いはありません。行けるだけでもありがたいという無欲の姿勢で臨みます。
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晩秋の大地を行く 2021 - 新潟西港

2021-10-30 11:43:29 | 甲信越
自分にしては上出来といってよいでしょう。最小限の余裕を持って走りきることができました。出発からの走行距離は1120kmに到達したところです。
分水を出発したのが10時前、それから一時間少々で市街に入り、買い出しを済ませて新潟西港に着いたのが出航の40分ほど前でした。手続を終えて乗船するや、車両甲板の扉が閉まるという顛末です。つまり結局紙一重だったということでもありますが、当の自分に切迫感は全くありませんでした。何度か走って勝手の分かった農道を経由したのに加えて、新潟市街に入っても終始順調だったからです。米山で115系を撮り損なったことを除けば、本日の時間配分は完璧でした。
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晩秋の大地を行く 2021 - 分刻み

2021-10-30 09:57:30 | 甲信越
気を取り直して越後線の115系を狙うべく、その後は柏崎を経て国道116号線を下りました。まず懐かしの新潟色の編成による上り列車を出雲崎で、次に一次新潟色による下り列車を分水で撮り、ようやく一息ついたところです。
出雲崎でも分水でも、着いてから列車が来るまで10分あるかどうかでした。わずかな差で撮り損なった米山を含め、分刻みで時間に追われ続けています。残すはフェリーが出る新潟までの移動です。一昨年とおおむね同じ流れを辿ってはいるものの、当時は遅れて出航すると事前に分かった状況でした。その条件がない今回、悠長に構えてはいられません。ひたすら前進あるのみです。
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晩秋の大地を行く 2021 - 返り討ち

2021-10-30 07:48:23 | 甲信越
教訓を生かすつもりが返り討ちでした。またしても列車を撮り損なったのです。
出発した地点は若干異なるものの、富山から新潟へ移動する行程は奇しくも去年の再現です。あのときは、米山で貨物列車を撮るつもりが仕損じるという痛恨の失策をしてしまいました。敗因は、悠長に一般道を下っていったことにあります。上越市街の手前で北陸道に乗り、先行する貨物列車を追い抜くはずが、通過の時刻を読み違え、列車は走り去っていたというのがそのときの顛末です。そこで今回は、滑川で北陸道に乗った後、柿崎まで延々飛ばしたわけなのですが、いかんせん富山を出るのが遅すぎて、七時半に来る列車には惜しくも間に合いませんでした。
遠くの山まで眺望できる快晴なのは去年と同じで、しかも今度は冠雪しています。最善を尽くしたつもりがまたもや臍を噛むという、何とも切ない結果となってしまいました。あと少し待てば「しらゆき」が通過するため、それだけ撮って切り上げます。
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金沢移住顛末記 完結編 - 親不知

2021-10-04 17:32:03 | 甲信越
紙一重で決断したものの、これが最善だったのか、いまだに確信できません。しかし、これでよかったといずれは納得できそうな気がしています。親不知まで距離を稼いだところです。
金沢へ向かうつもりが引き返すことも考え始めた理由については、今朝方述べた通りです。少なくとも宿を出た時点では、そちらの方が優勢でした。それが土壇場で五分五分に戻り、しばし逡巡した末に元の鞘へ収まるという結果です。仮に引き返すとすれば、長電を撮ってから温泉に寄っていくのが順当で、そちらも非常に捨てがたい選択肢ではあったのです。その一方で、金沢を二週も留守にしたくないという考えがありました。最終的な決め手となったのは車窓です。三時過ぎの列車を撮って切り上げれば、頃合いの時間に日本海側へ出て、沈む夕日を追いかけながら走れます。これに対して、帰京するなら日没後の長距離移動が避けられず、再出発にあたっても都市圏を抜け出す一仕事が必要です。仮に金沢へ戻っても、信州までの距離は全く変わりません。今週末の再挑戦を見据えても、やはり北陸へ向かった方が総合点では勝ると判断した次第です。
その狙いは見事に的中し、直江津で8号線に入ってからは大半の区間で海が車窓を飾ってくれました。加えて幸運だったのは、薄雲で西日が遮られたことです。親不知に着いたところで日が沈んだのも出来過ぎています。北陸へ戻ってきたとしみじみ実感する光景です。
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金沢移住顛末記 完結編 - 実りの秋

2021-10-04 13:39:15 | 甲信越
運用表から推測された通りの結果ではありますが、正午前の下り列車は新車による運用でした。一時前の上り列車も必然的に新車となり、実質的に二時間以上の間が空きます。その間合いを生かして再訪したい場所がありました。朝方走った県道沿いの高台です。その時点では強い逆光だったものの、なだらかな斜面に棚田が広がって、眼下の平地も黄金色の絨毯となった光景は、雄国パノラマラインから見渡す会津盆地を彷彿させるものがありました。順光になれば最高だろうと当たりをつけて再訪すると、果たして期待していた通りの眺めです。稲刈りが終わった田圃はおおむね三割程度といったところでしょうか。一月前の北陸並みということです。ただし、あの時点ではまだ暑く、実りの秋をしみじみ感じるどころではありませんでした。その点今は気候も申し分ありません。この時期に来てよかったとしみじみ思う光景です。
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金沢移住顛末記 完結編 - 信越大橋

2021-10-04 10:21:19 | 甲信越
10時過ぎの下り列車をどこで撮るかと考えたとき、まず浮かんできたのは信越大橋でした。緩やかな弧を描きつつ県境を一跨ぎする長大橋から、峠を下る列車を俯瞰するのがここからの眺めです。新幹線の開業前、信越山線在りし頃に何度か通った思い出の場所でもあります。しなの鉄道に引き継がれた115系が新車に役目を譲って去ろうとしている今、この場所から再度記録をしておきたかった次第です。
その狙いは的中したものの、肝を冷やす場面がありました。列車が通過する直前に野生動物が現れて、線路敷を歩き始めたのです。群れで行動する様子から、少なくとも猫でないのは明らかでした。白昼に闊歩している時点で猪、狸とも違います。動きをよくよく観察するに、おそらく野生の猿でしょう。よりにもよって見通しの利きにくい曲線の先、発見できても列車は急に止まれません。目の前で根こそぎなぎ倒されるという悲劇も予想される中、奇跡的にも通過する直前になって群れが消え、何事もなかったように列車が走り去っていきました。いわゆる野生の勘とやらで、列車が近付く気配を察知したのでしょうか。たくましさを見せつけられる一幕でした。
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金沢移住顛末記 完結編 - 黒姫山

2021-10-04 09:23:41 | 甲信越
戸隠へ向かう県道を経て国道18号線を下り、黒姫山を一望する跨線橋まで走りました。今日は朝から雲一つありません。山肌も鮮明に浮かび上がった快晴です。しかし、昨日のアルピコ交通に続き、好天とは裏腹の誤算に見舞われました。安普請の新車がやってきたのです。
金沢まで二日もあれば走りきれるにもかかわらず、一日休みを付け足したのは、北しなの線の列車を撮るなら事実上平日以外にあり得ないという事情によります。休日は115系で運用される列車が半減することから、平日に撮れる機会を狙っていたところ、ようやく実現した機会が今回だったという次第です。ところが、待ち構えた115系は現れず、走ってきたのは新車という始末。公式サイトの運用表を今更ながら見直すと、この運用だけは全日新車が充当され、残る二運用のうち一運用に休日だけ新車があてがわれるようです。その情報が正しければ今度こそ115系がやってくるため、然るべき場所へ移動し待ち構えます。
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金沢移住顛末記 完結編 - 給油

2021-10-04 08:41:57 | 甲信越
信州は燃料代が高い地域の一つです。今はとりわけ割高で、レギュラーの単価が170円前後のところもざらに見かけます。北陸に比べ10円以上の違いです。しかし、前日走り終えた時点で遅かれ早かれ警告灯がつきそうでした。沿道に多少なりとも安い給油所が現れたため、こちらで補給を済ませます。ただし、安いといっても周辺の相場に比べてのことに過ぎません。今日の移動に要する分だけ入れました。
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金沢移住顛末記 完結編 - シティガーデンホテル信濃路

2021-10-04 07:45:27 | 甲信越
松本に比べ、長野に泊まる機会は相当限られます。定宿もいまだ確立しておらず、昨晩は予約サイトで比較検討する一手間が加わりました。世話になったのはシティガーデンホテル信濃路です。
常々語っている通り、自分が宿に求めるものは、一に安さで二に利便性です。かような観点に基づき、検索結果を料金順に並べ替え、値段以外の条件を満たすところの中から、極力安いところにするのが最もよくある手順となります。昨晩設定した条件は二つでした。必須なのは駅前の繁華街まで歩けること、大浴場付きなら尚可というものです。そうして順次見ていくと、五千円台の後半でいずれをも満たすところが現れました。しかし、そちらに決めたかというとさにあらず。わずかな料金の違いで、広い和室に泊まれるところがありました。しかも駐車が無料のため、料金の差は回収できます。その結果、風呂は銭湯で済ませることを前提として、こちらを選ぶという顛末です。
乗り込んだ時点ですぐに直感したのは、大らかな共済施設の雰囲気です。共済系の施設といえば、自身にとっておなじみなのは富山のパレブラン高志会館、あるいはエスカル神戸といったところですが、効率性を追求するビジネスホテルとは対照をなす、全体的に余裕のある造りは一人旅の宿としても好適です。いつでも泊まれる保証は全くないものの、覚えておきたい一軒でした。
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金沢移住顛末記 完結編 - 三日目

2021-10-04 06:43:14 | 甲信越
おはようございます。昨日の朝こそ曇ったものの、実質的には三日連続の快晴です。終焉迫るしなの鉄道の115系を撮るのが今日の主題となります。それは出発前から決めていた通りでもありますが、北陸には向かわずこのまま引き返すという考えが、出発後から次第に頭をもたげてきました。一帯は関東と北陸のほぼ中間です。長野を起点にした場合、どちらへ行っても距離に大差はありません。職場へ出向く日数を稼ぐべき事情から、今月中にどのみち一度は帰京が要ります。ならば今回は引き返し、半分の距離で済ませるのも一案です。その一方で、金沢に早く戻りたいという考えもあり、今のところ僅差で帰京が勝っています。どちらを採るかは日が暮れたときの気分次第となりそうです。
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金沢移住顛末記 完結編 - 二年ぶり

2021-10-03 20:16:52 | 甲信越
松本から110km走ったところで投宿です。去年はついに一度も長野に寄ることができませんでした。一昨年の秋以来、二年ぶりとなる再訪です。
都市部では、お門違いな「要請」が今もなお公然と罷り通っています。信州でそのような無理無体が行われているとは聞いていないものの、影響は都市部よりむしろ大きいともいえます。呑み屋の明かりは灯っても、人出がなかなか戻ってこない現実を、行く先々で見てきました。お客が早く引けていき、それに合わせて早仕舞いするという懸念は、恒常的につきまといます。手遅れにならないうちに出かけます。
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金沢移住顛末記 完結編 - 望ましい形

2021-10-03 16:55:30 | 甲信越
明科の方へ引き返し、一つ目のトンネルの前後を歩くと、常念岳の向こうに夕日が沈みました。もう一ヶ所のトンネルは2kmを超える代物です。行けるとしても坑門までがせいぜいでしょう。日が陰ってしまった状況で、それだけのために行っても仕方がありません。今回はこれで切り上げます。
線路の跡を一部とはいえ辿ってみて、これが最も望ましい形のような気がしました。遊歩道に転用された線路の跡は枚挙に暇がありません。ただし、それは現役時代の雰囲気が薄まるということでもあります。その点ここでは面影が適度に感じられました。軌条と架線こそないものの、道床と構造物と標識類はそのままに近い形で残り、優等列車が行き交った在りし日の姿が偲ばれるという仕掛けです。ただし、能登線の例からすると、6kmもの長さにわたって草刈りをする労力は想像に難くありません。志ある人々による活動に感謝します。
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金沢移住顛末記 完結編 - 廃線跡遊歩道

2021-10-03 16:00:03 | 甲信越
明科から西条までは昭和末期に新線へ切り替えられた区間です。明科を出発するや見えてきたのは、その跡を転用したと思しき廃線跡遊歩道なるものへの案内板でした。沿線の駅舎を巡る前提で一旦通り過ぎはしたものの、さらに進んだところにトンネルへの案内板が現れて、ハンドルを思わず切ったという顛末です。
国道から坂を登った先に現れたのは、警報器と遮断機が残る踏切です。その脇に車を止めて下り方にあるトンネルと信号場の跡地を踏査してきました。総延長は6kmあり、日が暮れるまでに歩き通すのは到底無理です。ただし、あと二ヶ所あるというトンネルの前後だけならどうにかなります。毒を食らわば皿までも、そちらも見ていくつもりです。
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