魚津には教祖おすすめの居酒屋が二軒あると申しました。しかし、一口に教祖のおすすめといっても様々で、あらゆる著作で繰り返し取り上げられた、信者にとって聖地というべき店もあれば、古い著作にひっそりと登場する店もあります。魚津にある二軒はそれぞれ前者と後者に属しますが、今回訪ねるのは前者に属する「ねんじり亭」です。
以前会津若松の「
籠太」と「
麦とろ」を引き合いにして語った通り、私自身教祖が繰り返し激賞する店ほど優れているとは必ずしも思いません。天の邪鬼の性分からすれば、もう一軒の「
炉辺かねや」を選ぶにも一向にやぶさかではなかったのです。それが今回無難な選択に至ったのは、魚津で呑むという今後巡ってくるかどうか分からない貴重な機会なら、より推されている方を選ぶという安全策に走ったのが一つです。しかし、本当の理由は違うところにありました。
実は、活動仲間の一人がこの店をあらん限りの言葉で酷評していたのです。たまたま当人との相性が合わなかったという事情はあり得るとしても、そこまで酷評するならよほどのことがあったのでしょう。教祖が激賞する有名店の中にも、それほどのものかと思う店が少数ながらあるのは事実で、現に札幌の「
味百仙」では、当人と自身の評価がおおむね一致しました。そうなると、この「ねんじり亭」がどれほどひどい店なのかにむしろ興味が湧き、いわば怖いもの見たさで乗り込んだというのが真相です。その結果としては、たしかに教祖が繰り返し激賞するほどの店ではなかった、しかし当人がいうほどのひどい店でもなかったということになります。
魚津駅のロータリーからでも視界に入るという立地は、一杯引っかけてから列車に乗るには好都合。事前の情報通り、店構えは正統派の居酒屋というよりモダンな板前割烹の趣です。引き戸をくぐると、分厚い一枚板のカウンターを中心にした店内が広がり、そのカウンターには短髪細身で作務衣姿の店主と学生風の娘さんが立ち、奥の厨房でもう少し年長の娘さんが仕事をこなしています。正面には扉付きの食器棚が設えられ、店内はダウンライトで控えめに照らされ、ピアノとアコーディオンの調べがさりげない音量で流れるなど、カウンターの眺めと居心地は悪くありません。
三つ折りになった短冊形の品書きは、表紙と裏表紙を除くと都合四面。そのうち酒と魚に一面ずつが割り当てられ、残る二面が一品料理という構成です。八席ばかりのカウンターに板の間の小上がりが二卓という小さな店だけに、品数には限りがあるものの、一人酒には必要にして十分です。まず酒を選んで、品書きを眺めつつ組み立てを考えていると、しばらくして十ほどの小皿を並べたお盆が運ばれてきました。これらの中から突き出しとして二つ選ぶようにとのことです。塩辛、筋子、蕗味噌にホタルイカなど、酒の肴としては好適なものばかりで、このあたりはさすがと感心させられます。
活動仲間がとりわけ酷評していた刺身は、当人がいう通りたしかに筋張っていて、思わず首を傾げたくなる部分はあります。しかし、二つ選んだ突き出しも、その後に注文したすり身揚げも上々だったことからすると、刺身も満足に切れないような腕とは思えません。あえてこの食感を出しているのだろうと善意に解釈しました。
愛想のあの字もない接客と仲間に聞いて身構えていたところが、玄関をくぐるや否や、若い方の娘さんは笑顔で迎えてくれました。本来当然のことではありますが、店主も他の二人も、あからさまに仏頂面をしたり、客に対して失礼な振る舞いをするようなことはありません。三杯目を頼んだところでさりげなくお冷やのグラスが供されたり、かわはぎの肝の煮付けが小皿で差し出されたりといった気配りもよくできており、むしろ付かず離れずの接客と形容した方がよさそうな気がします。
唯一難点を挙げるとすれば、常連客と一見客とで接客に温度差があるということでしょうか。もちろん上記の通り、付かず離れず適度な接客自体は何の不満もありません。しかし、常連客とは親しげに歓談する一方で、一見客に対しては素っ気がないのです。隣が賑やかになればなるほど、ただ一人のよそ者である自分が浮いてくるような気がして、居心地の点では画竜点睛を欠きます。たとえば「
酒場放浪記」のように、行きずりの酒場で隣り合わせた常連客とも仲良くなれる資質が自分にあれば、この店の居心地は大分変わっていたのかもしれません。
この雰囲気で思い出すのが、教祖が西日本一と絶賛する福岡の「
さきと」です。十人少々入れば満席の小さな店内もさることながら、常連客には親しげで、一見客には素っ気ないところがよく似ているのです。「さきと」の場合、肴や器がそれを補って余りある充実ぶりで、特段物足りなさを感じないのに対し、この店の品書きは昨日訪ねた「親爺」「あら川」に一歩譲ります。魚津という小さな町にあって、ここが出色の名店なのは事実だとしても、この店で呑むために旅をする価値があるかといえば、そこまでではなかろうというのが自身の印象です。今日のような特殊事情がなければ、富山を差し置いて魚津で呑むという状況が今後めぐってくるとも思えず、今回が唯一の機会となるのかもしれません。
もっとも、心底感動するまでには至らなかったものの、呑み屋の選択肢が限られる日曜に、この店が助け船となってくれたのは事実です。思いがけずめぐってきた一期一会に感謝したいと思います。
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ねんじり亭
魚津市釈迦堂1-16-1
0765-24-6651
1700PM-2130PM(LO)月曜定休
勝駒×3・幻の瀧
突き出し二品(筋子・蕗味噌)
黒そい造り
大判あげ