球形ダイスの目

90%の空想と10%の事実

読書メモ:氷点

2022-07-19 | 趣味(旅行・娯楽・読書・食)
たまには自宅にある本を読もう、ということで妻の持つ本の中から
三浦綾子の"氷点"を読んでみた。

これは彼女の代表作と言われており、商業的にも成功を収めている。
僕は初めて読む作家さんはなるべく代表作や受賞作を読むようにしているのだが、色々と良い内容で読書を楽しむことが出来た。

なんでも、この小説は"原罪"がテーマなのだそうである。
最近タコピーでも聞いた言葉。
辞書を引いて言い換えると、"人間が根源的に負う罪"ということだ。
今日は、この視点から感想を述べてみたいと思う。

1. 人間臭い人々、自らの弱さを読者に隠さない人々、自ら不幸に飛び込んでいく人々

物語はある夫婦(啓造と夏枝)の娘(るり子)が殺害されるところから始まる。夏枝が若い医師(村井)と軽い火遊びを楽しもうとしたときに娘が二人を見咎めて家を出ていき、そのまま帰ってこなかった…
そんな酷い冒頭。啓造は当てつけに夏枝を苦しめることを考え、娘を
殺した男の実の娘とされる女の子として引き取って、るり子の代わりとして夏枝に育てさせようとする。不貞の責任をそんな形で取らせようとしたばかりに
啓造は女の子(陽子)を心から愛することは出来ず、家族関係がギクシャクしてしまう。そのことはやがて(うかつにも書きかけの手紙から)夏枝にも
ばれ、陽子はいよいよ両親に疎まれる一方で、容姿端麗・頭脳明晰さから頭角を現していった。母屋を取られたような気になってより一層陽子を目の上のたん瘤のようにして扱う親。息子の徹はそんな陽子を心配しつつ、陽子のことを可愛く思っており結婚したいと冗談半分で言ったが、異様なまでの剣幕でそれを押さえつける啓造…親から事実を聞かされて尚、兄妹以上のものを陽子に感じるようになった徹。

第三者的な目で見ると愚かすぎる大人二人の図。
たった一度のボタンの掛け違え(代償は大きかったといえ)で、
後は夫婦でずっと腹の探り合い。多くの時間を誰かを陥れることなんかに使ってしまった。
前半は主に啓造が勝手に傷ついて夏枝を陥れようとし、そのために気の進まない子育てまで足を踏み入れてしまった。後半は主に夏枝が露骨な嫌がらせを陽子にするようになり、まだいけるとばかりに息子の徹の同級生を誘惑し始める…
愚かと言えばそうだし、しかし、人間とはそんなものと言われたらそんな気もする。不安に支配された可哀想な夫婦。自分が傷つくことを恐れて、他の人が傷つくことをどこか異世界のように自分に関係ないことと考えるようになってしまった可哀想な夫婦。不安とか欲望に抗えず、自分を守る。自分を護る。
人間臭いね。でも、そのせいで、幸せの丸の中に入れずに、その周囲の不幸の帯をひたすらに円運動し、そのままどこにも行くことが出来なかった。

2. キリスト教的な意味の?原罪とは…
そもそも"汝の敵を愛せよ"というフレーズで高尚な気持ちになり
そんなことが出来たらすごいかっこいいじゃん、ということで
子供を引き取ることにした啓造だった。しかし、結局彼は汝の敵を愛せたとは言えなかった。後半は夏枝ほど露骨に陽子に嫌がらせしなかったというくらいだ。

一方、件の陽子は最後の最後で自分の生い立ちを知り、これまで自分が疎んじられていた理由を知る。殺人者のむすめだから。彼らの本当の子供を殺した殺人者の…
自分が生きていること、それだけで家族の憎しみを買い、傷つけ続けたということをしった。自分がいるだけで、周囲の人を不幸にしてしまうことを知った。いや、人は生きているだけで、このように人を苦しませるものなのだ。
彼女は悟った。それが"原罪"である。

しかし、この小説を読んでいく中で、罪とか苦しみというものは人の気持ち一つで強まりもするし消え失せもするというメッセージも感じられた。
啓造と夏枝はお互いにもっと素直に自分の考えを言葉にして話し合えたらこんなことにはならなかっただろ、と思った人や、"因果応報"のような言葉をイメージされた方も多いのではないかと思う。

3. それらを踏まえて…読者は、自分はどうなのか
大きく分けて二つ思うことがあった。
一つ目。生きているだけで周囲の人は自分のことを勝手にグルグル考えて勝手に不幸になったりもする。自分がその原因になってしまうこともある。それは原罪と言われればそうかもしれないが、それを"罪"と考えていたらきりがないじゃないか。周囲が不幸になったとしても、それは自分の責任ではなく、その人達の心の問題。という感想。
二つ目、この本の啓造や夏枝のように、不誠実なことをすると自ら不幸になりに行くような目に遭ってしまう、ということはどうも現実的にありそうである。だから、自らその原因を作らないように正しく生きていくのが良い、という感想。

特に説教臭くはない本なのだが、
一読した後は、疚しいことをせずに生きていこうという気持ちにはさせられた。


それから、感想ではネタバレになるので書いていないが、
陽子が自分の生い立ちを知ってからの展開が強烈で、本当はそこを掘り下げたかった。夜中までかけて一気に読んだ。普通に小説としての面白さもあって他の人にもお勧めできる。


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