球形ダイスの目

90%の空想と10%の事実

しぃろい小部屋

2006-02-22 | オケと音楽
今日はとりたてて義務がなかったので、久々に現役の練習に顔を出してみました。

今はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の練習をしているのですが、
4年前にやったときはいかに難所を「できたことにして」弾いていたかがわかりました。
なかなか難しい。

しかし昔とった杵柄ということもあり結構憶えてもいて、
久々に充実感が生じる個人練習をすることができました。よかった。

その後2年生の数名と飯を食べに行ったのですが、
まだまだこの代には「イズム」の浸透が甘かったか、ということなどを考えていました。
ちょっと自分ばっかりしゃべりすぎてしまいました。

人あってこその活気なので、なんとかそのへんに貢献したいです。
一人でも活気はある?それも、決して嘘じゃない。
でも、そこってそこまで苦労するべきところではないはずなんですよね。

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2 コメント

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お疲れ様です! (麻衣)
2006-02-23 00:25:47
「悲愴」は本当に難しいですね・・・。

指がこんがらがってしまうのはどうすれば・・・

やはり練習あるのみですか(;_;)

今日は音を外し過ぎてすみません!!

機会がありましたら、ぜひ!ぜひ!!

ご指導ください(>_<)

その時までに殴られた後を直しておきます(笑)

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おつかれー。 (hama)
2006-02-23 21:58:00
別に俺に謝らなくていいから、いい音を目指してちょうだいよ。



確かに練習のみなんだけど、練習によって

譜面を見る→ポジションや音量を考える→弾く

の真ん中の過程を無意識的に行えるようにするのが練習だよね。



全部暗譜するつもりで練習すると、

上のプロセスが自然とできて結構効果的だったりするよ。





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