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古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

古典の季節表現 秋 八月中旬

2015年08月17日 | 日本古典文学-秋

八月十三日在内南安殿肆宴歌二首
娘子らが玉裳裾引くこの庭に秋風吹きて花は散りつつ
 右一首内匠頭兼播磨守正四位下安宿王奏之
秋風の吹き扱き敷ける花の庭清き月夜に見れど飽かぬかも
 右一首兵部少輔従五位上大伴宿祢 [未奏]
(万葉集~バージニア大学HPより)

(天平勝寶五年八月十二日二三大夫等各提壷酒 登高圓野聊述所心作歌三首)
をみなへし秋萩しのぎさを鹿の露別け鳴かむ高圓の野ぞ
(万葉集~バージニア大学HPより)

大伴宿祢家持鹿鳴歌二首
山彦の相響むまで妻恋ひに鹿鳴く山辺に独りのみして
このころの朝明に聞けばあしひきの山呼び響めさを鹿鳴くも
 右二首天平十五年癸未八月十六日作
(万葉集~バージニア大学HPより)

八月十日の余日、中納言のおはするかうそうのまへの前栽、ことにおもしろく見渡せば、ゆふべ、故郷(ふるさと)をおぼしいでゝ、すだれを捲(ま)きあげて、つくづくとながめ臥し給へれば、人々もみな宮こを思ひいでゝ、さまざま言ひあへる中に、こゝろばせある人、かくいふ、
  虫の音も花の匂ひも風のおとも見し世の秋にかはらざりけり
といひ出でたる返事を、集(あつま)りてうそぶくめれど、やゝ程経ぬれば、中納言うちほゝゑみ給て、
 「げにさることなれど、おどかされたる事ぞ多かる」
との給はするも、すゞろにはづかし。
  おく露もきりたつ空も鹿の音も雲井の雁もかはらざりけり
とながめ給を、あつまりてこれをのみ諳(ずん)じて、ゑゐゝでずなりぬ。
(浜松中納言物語~岩波・日本古典文学大系77)

八月十七日の夜いみしく月あかゝりしかはうちにまいりてさふらふに 大殿なとおはしまして女房なとにものいはむも日なかりしかは 南殿の御前にゆきて月をなかむるに 夜いたくふくるまゝにいはむかたなし 蔵人もとなかをよひて こよひの月いつこいみしくおもしろからんありかはや なといひてまつたゝくるまにのりなんといひて ひろさはこそおもしろからめ うちいかん といひていくほとに 二条にて西さまに見やりたる さらにいはんかたなし かとゝもの見えつゝきたる八省の門のらうのかみはかりたゝほのかに絵にかけるとみゆ さかの(嵯峨野)すきてかの寺にいきつきたるに ところのさまけにいといみし 西なる僧はう(房)の人もすますあれたるに 月を見いたしたるにおもひのこす事なし いたくやふれたるそりはし(反橋)たとるたとるわたりて たう(堂)のもとにいきたれは みなあけて人もなし 月の影にみれはみなこんしきのほとけ見え給ふ あはれなりとはよのつねなり なけしのもとまて秋の野よりもしけく草おひ 虫のこゑひまなし いみしくもあるかなといひあはせて しりへなる山のひんかしに しかのたゝ一こゑなきたる ものおほえすいはんかたなし (略)かくいふほとにあか月になりぬるにや鐘つけは返ぬ 嵯峨野よりひんかしさまに車をやりたるに にしにかたふきたる月の水のおもてを照したる はるはるとしてめのをよふへきにもあらす 露をきわたりたる 西はをくら山ひんかしはうつまさのもりをきはにみゆ 池のうへの月といふ詩を誦して過しほとはおもふ事をすこしわすれたりき
(権中納言定頼卿集~続群書類従15下)

暮れ行くほどに、帰らせ給ひけるに、この頃、余所(よそ)ながら見やらせ給ひぬる野辺の千草は、なほ近勝(ちかまさ)りて、見過ぐし難く思すに虫の音(ね)さへ添ひければ、御車を留(とど)めさせ給ひて、二位の君、
 白露の玉まく野辺の花の色に虫の音(ね)そふる秋の夕暮れ
(松陰中納言~「中世王朝物語全集16」笠間書院)

八月十余日の夜、夜中ばかりに
まどろめば吹き驚かす風の音(おと)にいとど夜寒(よさむ)になるをしぞ思ふ
(和泉式部集~岩波文庫)

頃は八月半(なかば)の頃なれば、いつしか庭の落葉もそよめきて、松吹く風も閨寒く聞えつつ、さらぬだに、秋はいかなる色なればと申し伝へたる悲しさに、わが身ひとりのたぐひぞと、涙の露もところせくまで、浮くばかりなり。
(「梵天国」~岩波文庫「御伽草子」)

嘉保二年八月十二日、殿上のをのこども嵯峨野に向て、虫をとりたてまつるべきよし、みことのりありて、むらごの糸にてかけたる虫の籠(こ)をくだされたりければ、貫首以下、みな左右馬寮の御馬に乗てむかひけり。蔵人弁時範、馬のうへにて題をたてまつりけり。「野径尋虫」とぞ侍ける。野中にいたりて、僮僕をちらして虫をばとらせけり。十余町ばかりは、各(おのおの)馬よりおり、歩行せられけり。夕に及て、虫をとりて籠に入て、内裏へかへりまゐる。萩・女郎花などをぞ籠にはかざりたりける。中宮御方へまゐらせて後、殿上にて盃酌・朗詠などありけり。歌は、宮御方にてぞ講ぜられける。簾中よりもいだされたりける、やさしかりける事也。
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)

  忍びて吉しき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知らせず、心一つに立ちゐ、かかやくばかりしつらひて、十三日の月のはなやかにさし出でたるに、ただ「 あたら夜の」と聞こえたり。
 造れるさま、木深く、いたき所まさりて、見どころある住まひなり。海のつらはいかめしうおもしろく、これは心細く住みたるさま、「ここにゐて、思ひ残すことはあらじ」と、思しやらるるに、ものあはれなり。三昧堂近くて、鐘の声、松風に響きあひて、もの悲しう、岩に生ひたる松の根ざしも、心ばへあるさまなり。 前栽どもに虫の声を尽くしたり。
(源氏物語・明石~バージニア大学HPより)

東山のほとりなる住みかを出でて、逢坂の關うちすぐるほどに、駒ひきわたる望月の頃も、やうやう近き空なれば、秋ぎりたちわたりて、深き夜の月影ほのかなり。木綿付鳥かすかに音づれて、遊子猶殘月に行きけん函谷の有樣おもひ出でらる。
(東関紀行~バージニア大学HPより)

八月十六日、たそがれの程より、かきくれて降る雨の、更くるまゝに名殘なく晴れて、おなじ空とも見えぬ月影おもしろければ、春宮の御方入らせおはしまして、御月見あり。霧ふりてをかしきに、なほ曇らぬ露の光、聲々に鳴く蟲の音も、とり集めたる心地して、吹き迷ひたる風に亂れまさる露の玉も心苦しきに、松にかゝる光は異なるも、如意寶珠の玉かと見えけむ、嵯峨野もこれには過ぎじ、と覺えて、
おのづからしばしも消えぬたのみかは軒端の松にかかるしら露
御方々に入らせ給ひぬ。曉近くなるほどに、院の御方は、まだ南殿の月を御覽ぜらるゝ。宵よりは、こよなう霧も降り増りて、木々の梢も見え分かず、霞める空に、雁鳴き渡りて、あはれも添へて面白ければ、
きりこめてあはれもふかき秋の夜に雲井の雁も鳴きわたるかな
(中務内侍日記~有朋堂書店「平安朝日記集」)

知り知らぬ秋の花、色を尽くして、いづこをはてともなき野原の、片つかたははるかなる海にて、寄せ返る波に馬をうち早めたまへば、夜中ばかりにもなりぬらんと見ゆる月影に、松風遠く響きて、高き山の上に、かすかなる楼を造りて、琴(きん)弾く人ゐたり。
(松浦宮物語~小学館・新編日本古典文学全集)

其中にも徳大寺左大將實定卿は、舊き都の月を戀て、八月十日餘に、福原よりぞ上り給ふ。何事も皆變り果て、稀に殘る家は、門前草深して、庭上露滋し。蓬が杣淺茅が原、鳥のふしどと荒果て、蟲の聲々恨つゝ、黄菊紫蘭の野邊とぞ成にける。
(平家物語~バージニア大学HPより)

八月十八日(じふはちにち)の事也。宮は居待の月を待侘て、御簾半巻上て、御琵琶をあそばして渡らせ給けるが、山立出る月かげを、猶や遅とおぼしけん、御琵琶を閣せ給つゝ、御心を澄させ給けり。源氏の宇治巻に、優婆塞宮の御女(おんむすめ)、秋の名残(なごり)をしたひかね、明日を待出でて、琵琶を調べて、通夜心をすまさせ給しに、雲かくれたる月影の、やがて程なく出けるを、猶堪ずや覚しけん、撥にてまねかせ給けん、其夜の月の面影も、今こそ被思知けれ。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)

 前左衛門佐基俊と云人、老の後、師頼大納言さそはれければ、堀川左大臣のもとにむかひたりけるに、「月前欲老」と云題にて、人々歌よみけるに、「一句の席代有べし」とせめられければ、のがれがたくて、かくぞ書たりける。
  仲秋十二日猶正好之夕也。浮生八十廻是非暮齢哉。
  月前欲老誠矣斯言。其詞云
 むかし見し人は夢ぢに入はてゝ月と我とになりにける哉
(「續古事談」おうふう)

 同年の八月十三日の夜左衛門督殿にてさけなとあるついてに
秋の夜の哀はこゝにつきぬれはほかの今宵は月なかるらん
(躬恒集~群書類従15)

夜の更けゆくままに、八月十七日ばかりの月のやうやう高くなり、御前の遣水、前栽、さまざまに面白く、虫の音もあはれに、風も涼しきままに、(略)
(宇津保物語~新編日本古典文学全集)

ころは八月十日ころの月、心もとなきゆふ霧に、やうやうはれゆく空も、二千里外古人心と、むかしの人の、いひをきし、月のひかりに、くまなく、みわたせは(略)
(「窓の教」~「室町時代物語大成12」)

 前中納言定嗣卿、和漢の才先祖にもはぢざりければ、寛元四年の脱屣のはじめより、仙洞の執権を承りて、ことに清廉のきこえありける程に、菩提のみち心の底にやもよほしけむ、建長元年の比、葉室大納言のむかしの栖(すみか)のほとりに山庄を構(かまへ)られけり。二年八月十三日に、ことにひきつくろひて、院・摂政殿・前摂政殿などへまゐられたりけるに、上皇御すゐやありけむ、女房してとゞめ仰られければ、一切にその儀なきよしを申て、同十四日のあか月まうでのていにて、よに入てかしらおろしけるに、宿執にもよほされて、詩歌をつくりける。
   建長第二年、余齢四十三。仲秋八月三五前夜、出俗塵入仏道。感懐内催、独吟外形而已。  新発意定然
 遥尋祖跡思依然 葉室草庵雲石前
 願以勤王多日志 転為見仏一乗縁
 暁辞東洛紅塵暗 秋過西山白月円
 発露涙零除鬢■(くさかんむり+刃) 開花勢盛観心蓮
 長寛亜相遁名夜 靖節先生掛官年
   陶令亮之帰休、春秋四十三。曾祖令遁俗、八月十四日。景気逢境、自然銘肝。 昨仕朝端何所恥。
 葉室山あとは昔におよばねど入ぬる道は月ぞかはらぬ
 極楽の道のたゞぢをふみそめて都のにしは心こそすめ
やがて世にきこえて、此(この)道をたしなむ人びと感じあはれみけり。長寛の月日をたがへず、陶令が齢をおもはれたりけるは、かねてよりおもひさだめられにけるにこそ。世の人をしむこと限なし。三品経範卿詩を和したりける、いと興ある事也。
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)

御四十九日は八月十日余りの程なれば、世の気色何と無くあはれ多かるに、女院・宮達の御心の中共、朝霧よりも晴れ間無し。十五夜の月さへかき曇れるに、故院の御位の時に、宰相の典侍とて候ひしは、雅有の宰相の女也。其の世の古き友なれば、同じ心ならんと思しやるもむつましくて、万秋門院より宣ひ遣はす。
あふぎ見し月も隠るる秋なれば理知れと曇る空かな 
いとあはれに悲しと見奉りて、御返し、宰相の典侍、
光無き世は理の秋の月涙添へてや猶曇るらむ
(『校註増鏡』 和田英松)

(永祚元年八月)十三日辛酉。酉戌刻。大風。宮城門舎多以顚倒。(略)又鴨河所々流損。賀茂上下社御殿。幷雑舎。石清水御殿東西廊顚倒。又祇園天神堂同以顚倒。一條北邊堂舎。東西山寺皆以顚倒。又洪水高潮。畿内海濱河邊民烟。人畜田畝為之皆没。死亡損害。天下大灾。古今無比。
(日本紀略~国史大系第5巻)

長保五年八月十六日、癸酉。
(略)今夜、作文会が行なわれた。題は、「月はこれ、宮庭の雪」と。斜を韻とした。左大弁(藤原忠輔)が序を進上した。巳剋の頃、退出した。
(権記~講談社学術文庫)

寛弘元年八月十六日、戊辰。
八省院に行幸が行なわれた。臨時祈雨奉幣使が十一社に発遣された。また、別にに奉幣使が発遣された。宇佐宮には神祇祐(直)是盛が発遣された。下官(藤原行成)は使として、平野社に参った。(略)
(権記~講談社学術文庫)

承和五年八月甲辰(十九日)
貴布禰社神・丹生川上雨師神に幣帛と白馬を献納した。雨の止むのを祈願してである。
癸丑(二十八日)
雨が降り続くので、賀茂上下・松尾・乙訓・垂水・住吉等の名神に奉幣し、晴れるよう祈願した。
九月癸亥(八日)
再び貴布禰社・丹生川上雨師の神に馬を奉納した。風雨の止むのを祈願してである。
(続日本後紀~講談社学術文庫)

十六日 丙申 昨日ヨリ雨降ル。終日休止マズ。明日ノ合戦無為ノ為ニ、御祈祷ヲ始メ行ハル。住吉ノ小大夫昌長、天曹地府ノ祭リヲ奉仕ス。武衛自ラ御鏡ヲ取ツテ、昌長ニ授ケ給フト〈云云〉。永江ノ蔵人頼隆、一千度ノ御祓ヘヲ勤ムト〈云云〉。佐佐木ノ兄弟、今日参著スベキノ由、仰セ含メラルルノ処ニ、参ラズシテ暮レ畢ンヌ。弥人数無キノ間、明暁兼隆ヲ誅セラルベキ事、聊カ御猶預有リ。十八日ハ、御幼稚ノ当初ヨリ、正観音ノ像ヲ安置シ奉リ、放生ヲ専ラニセラルル事、多年ヲ歴ルナリ。今更之ヲ犯シ難シ。十九日ニハ、露顕其ノ疑ヒ有ルベカラズ。而ルニ渋谷ノ庄司重国、当時ノ恩ノ為ニ平家ニ仕フ。佐佐木ト渋谷ト、亦*同意ナリ(*同意者ナリ)。一旦ノ志ヲ感ジ、左右無ク、密事ヲ彼ノ輩ニ仰セ含メラルルノ条、今日不参ニ依テ、頻ニ後悔セラレ、御心中ヲ労ラシメ給フト〈云云〉。
(吾妻鏡【治承四年八月十六日】条~国文学研究資料館のデータベースより)

(建保六年八月)十三日。於中殿有和歌御会。題池月久明。右大臣(道家)被献之。先御遊。主上御琵琶。右大臣献序。又有宣下事。従五位上兼輔。(定輔卿御琵琶師賞譲。)
(百錬抄~「新訂増補 国史大系11」)

(寛喜三年八月)十九日。(略)稲荷鳥居の前に於て、南山御幸還御を礼し奉る。人数にあらずと雖も、度々深草・木綿に参じ儲く。山薄。我毛加宇(われもかう)の穂、色盛んにして図に画けるが如し。(略)前栽の紫菀、老翁の旧骨に似ず。(略)宇治より雨止み了んぬ。舟を以て木津を渡り、般若路を過ぐ。芋・我も加宇、苅萱・蘭・郎花色々に開き敷く。情感一にあらず。(略)暗夜を待ちて社に参ず。此の門の前より東に行き、春日野を南行し、二鳥居の前に出て裏無しを着す。男共に取り付き、蚊の如くに慶賀門を入り、西階を昇りて御前に参ず。(略)
 今も唯月の都はよそなれど猶かげかくす秋ぞかなしき
 あけぬ夜のわが身のやみぞはてもなき御笠の山に月は出づれど
 有へてはうきふしまちの月なれやふくるわが夜になげきそゑつつ
夜漸く深し。風骨に入るの間に退出し、宿所に臥し了んぬ。終夜、鹿の声を聞く。
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)

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古典の季節表現 秋 八月十五日 放生会

2015年08月15日 | 日本古典文学-秋

「これは何と申子細ぞや」「さん候。来(こ)うずる八月十五日に、宇佐八幡の御前にて、放生会と申事を執(と)り行(をこな)はせ給へ」「それはさて、いかていの物の入事にて候ぞ」「さむ候。職掌、国掌、神官、宮人、八人の八乙女、五人の神楽男参り、ていとうの鼓を打ち、さつさつの鈴を振り上げ、競馬、上馬、神子のむら、獅子、田楽通(とを)つて後(のち)、流鏑馬候よ」。
(烏帽子折~岩波・新日本古典文学大系59)

ワキ詞「抑これは鹿島の神職筑波の何某とは我が事なり。偖も此度都にのぼり。洛陽の寺社残なく拝み廻りて候。又今日は南祭の由承り候ふ間。八幡に参詣申さばやと存じ候。
(略)
シテ、ツレ二人真ノ一声「うろくづの。生けるを放つ川波に。月も動くや秋の水。
ツレ二ノ句「夕山松の風までも。
二人「神のめぐみの。声やらん。
(略)
「此方の事にて候ふか何事にて候ふぞ。
ワキ「けふは八幡の御神事とて。皆々清浄の儀式の姿なるに。翁に限り生きたる魚を持ち。真に殺生の業不審にこそ候へ。
シテ「けにけに御不審は御理。さてさて今日の御神事をば。なにとか知し召されて候ふぞ。
ワキ「さん候これは遠国より始めて参詣申して候ふ程に。委しき事をば知らず候。いで此御神事をば放生会とかや申すよなう。
シテ「さればこそ放生会とは。生けるを放つ祭ぞかし。御覧候へ此魚は。生きたる魚をそのまゝにて。
ツレ「放生川に放さん為なり。知らぬ事をな宣ひそ。
シテ「其上古人の文を聞くに。
シテツレ二人「方便の殺生だに。菩薩の万行には超ゆると云ふ。ましてやこれは生けるを放せば。魚は逃れわれは又。かへつて誓の網に漏れぬ。神の恵を仰ぐなり。
(謡曲・放生川~謡曲三百五十番)

世にかくてつなかるゝ身もすくはなんいけるをはなつ神の恵に
(年中行事歌合~群書類従)

十五日のあした、小町殿のもとより、「けふは放生会の日にて侍る。いかが思ひいづる」と申したりしかば、
おもひいづるかひこそなけれ岩清水おなじながれのすゑもなき身は
返し、
ただたのめ心のしめのひくかたに神もあはれはさこそかくらめ
また、鎌倉の新八幡の放生会といふ事あれば、ことのありさまもゆかしくて、たちいでて見れば、将軍御出仕のありさま、所につけては、これもゆゆしげなり。大名どもはみな狩衣にて出仕したる、直垂きたるたちはきとやらんなど、思ひ思ひのすがたども、めづらしきに、赤橋といふ所より、将軍、車よりおりさせおはしますをり、公卿、殿上人、せいせう御供したるありさまぞ、あまりに、いやしげにも、物わびしげにも侍りし。
(問はず語り~岩波文庫)

十五日 壬寅 今日鶴岡ノ放生会ナリ。去ヌル月朔日ニ、之ヲ行ハルト雖モ、*式目(*式日)タルニ依テ、故ニ以テ其ノ儀有リ。箱根山ノ児童八人参上シ、舞楽有リ。馬長、流鏑馬、例ノ如シト〈云云〉。
(吾妻鏡【文治五年八月十五日】条~国文学研究資料館HPより)

十五日 辛卯 鶴岡ノ放生会、幕下御参宮ノ、経供養。導師ハ、安楽坊重慶、童舞有リ。〈箱根ノ児童ト〈云云〉〉
(吾妻鏡【建久二年八月十五日】条~国文学研究資料館HPより)

十五日 庚申。晴、 鶴岡ノ放生会、将軍家御出デ例ノ如シ。還御ノ後、明月ニ望ンデ、庚申ヲ守リ、当座ニ和歌ノ御会有リ。
(吾妻鏡【建保五年八月十五日】条~国文学研究資料館HPより)

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古典の季節表現 秋 駒迎・駒牽

2015年08月15日 | 日本古典文学-秋

文治六年女御入内屏風に、駒迎の所 後京極摂政前太政大臣
東よりけふ逢坂の山こえて都にいつる望月の駒
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

延喜御時、月次御屏風に つらゆき
相坂の関のし水に影みえていまやひくらんもち月のこま
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

駒迎の心を 大蔵卿雅具
逢坂の関立出る影見れはこよひそ秋のもち月の駒
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)

堀河院百首歌に、駒迎 権中納言国信 
相坂の関のむら杉葉をしけみ絶間にみゆる望月の駒 
(続後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)

ひくこまやちかくなるらしあふさかのせきのいはかとおとひひくなり
せきみつのかけもさやかにみゆるかなにこりなきよのもちつきのこま
(文治六年女御入内和歌~日文研HPより)

これもまたちとせのあきのためしかなけふことにひくもちつきのこま
(明日香井集~日文研HPより)

イクタヒカ駒ヒク秋ヲムカヘコシアフサカ山ノセキノ旅人
(蒙求和歌~続群書類従15上)

後白河院栖霞寺におはしましけるに、駒ひきの引わけの使にてまいりけるに 定家朝臣 
嵯峨の山千世のふる道跡とめて又つゆわくるもち月の駒 
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)

 駒迎 清輔朝臣
ひく人もなきわが身こそかなしけれうらやましきはもち月のこま
 源定宗
うらやましうきよにあひしはなれごまけふぞみやこの人にひかるる
(言葉集~新編国歌大観10)

駒牽の歌とてよませ給うける 花園院御製
むかしみし雲ゐはとをく隔つれと面影ちかき望月の駒
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)

十六日はこむまひき也。上卿萬里小路大納言宰相、ひきわけの使もとまさ。ことゞもはてゝ、大納言殿、局のつまにかきて、公忠して、
君が代につかへて今宵みつるかなよそに聞きこし望月の駒
返し、少將内侍、
君が代につかへてし身は望月の駒も千とせのためしにや引く
ことのやう、ことにやさしくて、おなじく返し、辨内侍、
今もさぞよゝのおもかげかはらめや秋のこよひの望月の駒
(弁内侍日記~群書類從18)

寛弘二年八月十六日、壬辰。
外記庁に参った。内裏に参った。覚運僧都の房に参った。朝夕の講が終わった後、駒牽(こまひき)が行なわれた。日の上卿は右金吾が勤めた。天皇の出御は無かった。御馬解文は、左衛門陣において開いて見た。上卿は少納言に命じて、侍従を召させた。少納言は座を起(た)って、籬の外に到った。召使を召して、これを命じた。中重(なかのえ)で取る時は、春華門から御馬を入れさせるということを、外記に命じるべきである。ところが今夜は、そうではなかった。雨儀では、宣陽門の南廊においてこれを行なう。第二の御馬を春宮(居貞親王)に牽き分けるよう、上卿が命じた。ところが亮(すけ)(藤原)通任は、第六の馬を取った。
(権記〈現代語訳〉~講談社学術文庫)

寛弘六年八月十六日、戊戌。
左府の許に参った。内裏に参った。信濃の駒牽(こまひき)が行なわれる。三日間を限る廃朝であるので、勅定に随って決定することになった。事情を奏上させた。一条天皇がおっしゃって云ったことには、「康保三年八月二十六日、国忌の廃務であったので分け取らず、馬寮に収めさせた例がある。今日は馬寮に下給して、明日分け取らせるように」と。すぐに(滋野)善言朝臣に伝えた。退出した。
(権記〈現代語訳〉~講談社学術文庫)

(建久八年八月)十六日。黄昏に束帯を着す。駒牽の事に依りてなり。退出の後、一行を右中弁の許に送る。
 立ち馴れし三世の雲井を今更に隔てて見つる霧原の駒
返事廬に帰りて、即ち持ち来たる。
 時の間の隔て鳴くらむ立ち馴れし雲井に近き霧原の駒
(『訓読明月記』今川文雄訳、河出書房新社)

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古典の季節表現 秋 八月

2015年08月14日 | 日本古典文学-秋

月のすがたに 気はうかうかと 柿も十五で色けづき しぶいか しらねど 初(はつ)ちぎり 柿と団子の ちぎりぞめ そばに見ていて むつくりと かのかはかぶりの きぬかづき 親子いつしよに はらをたち そろそろかはを むきかければ お豆といつしよに はじかれる
(とっちりとん「十二ヶ月」~岩波文庫「江戸端唄集」)

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徳富蘆花「自然と人生」より「迎火」

2015年08月13日 | 読書日記

迎火

 今日は八月十三日、此邊(このあたり)は陽暦より一月おくれに年中行事をすれば、今日は盆の初なり。
 日落ちて、夕風夕潮と共に生じ、川口に泊れる和船の檣(ほばしら)の邊(ほと)りに八日の月銀の如き缺璧(かたわれのたま)を掛けぬ。
 吾宿の老婆一束(いっそく)の藁を川邊に持ち出で、中に杉葉を入れ、まつちを摺りて火を點しぬれば、藁は炎々として燃へ立ちぬ。老婆鉢に入れし水を、手もてふり澆(そそ)ぎ、茄子の賽(さい)の目に切りたるを火に投げかけ、合掌して
「お爺さんも、孫も、此火にのつて御出なさい………さあさあ家(うち)に御はいりなさい」
 と云へば、二年前(ぜん)に母を喪(うしな)ひ父を失へる五歳の童(わらべ)も、小さき掌(て)を合はして火を拜みぬ。
 川邊には、其處此處に火燃ふ。其一つに行きて見れば、八十餘の老婆線香をとり、熟々(つくづくと)と燃ふる火を眺めてありき。此老婆は昨年老夫(をつと)を喪へる者なり。
 各處の火はとろとろと燃へて、やがて灰となりぬ。夕潮石垣を拍ちてたふたふ聲あり。言(ものい)はねども月も空より此世を眺め貌(がほ)なり。
 死者知るなき乎(か)。夕風の「否(いな)」と囁やく聲を聞かず耶(や)。

※「日本現代文学全集5 徳富蘆花集」(講談社)の「自然と人生」より「迎火」を抜き書きしました。

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