大根(だいこん)の時雨(しぐれ)、干菜(ほしな)の風(かぜ)、鳶(とび)も烏(からす)も忙(せは)しき空(そら)を、行(ゆ)く雲(くも)のまゝに見(み)つゝ行(ゆ)けば、霜林(さうりん)一寺(いちじ)を抱(いだ)きて峯(みね)靜(しづか)に立(た)てるあり。鐘(かね)あれども撞(つ)かず、經(きやう)あれども僧(そう)なく、柴(しば)あれども人(ひと)を見(み)ず、師走(しはす)の市(まち)へ走(はし)りけむ。聲(こゑ)あるはひとり筧(かけひ)にして、巖(いは)を刻(きざ)み、石(いし)を削(けづ)りて、冷(つめた)き枝(えだ)の影(かげ)に光(ひか)る。誰(た)がための白(しろ)き珊瑚(さんご)ぞ。あの山(やま)越(こ)えて、谷(たに)越(こ)えて、春(はる)の來(きた)る階(きざはし)なるべし。されば水筋(みづすぢ)の緩(ゆる)むあたり、水仙(すゐせん)の葉(は)寒(さむ)く、花(はな)暖(あたゝか)に薫(かを)りしか。刈(かり)あとの粟畑(あはばたけ)に山鳥(やまどり)の姿(すがた)あらはに、引棄(ひきす)てし豆(まめ)の殼(から)さらさらと鳴(な)るを見(み)れば、一抹(いちまつ)の紅塵(こうぢん)、手鞠(てまり)に似(に)て、輕(かろ)く巷(ちまた)の上(うへ)に飛(と)べり。
(泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より)
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