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レミ・ド・グールモン「薔薇連祷」

2016年05月25日 | 読書日記

薔薇連祷

  僞善の花よ、
  無言の花よ。

  銅色(あかがねいろ)の薔薇(ばら)の花、人間の歡(よろこび)よりもなほ頼み難い銅色の薔薇の花、おまへの僞(いつはり)多い匂を移しておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  うかれ女(め)のやうに化粧した薔薇の花、遊女(あそびめ)の心を有(も)つた薔薇の花、綺麗に顏を塗つた薔薇の花、情(なさけ)深さうな容子(ようす)をしておみせ、僞善の花よ、無言の花よ。

  あどけ無い頬の薔薇の花、末は變心(こゝろがはり)をしさうな少女(をとめ)、あどけ無い頬に無邪氣な紅(あか)い色をみせた薔薇の花、ぱつちりした眼の罠をお張り、僞善の花よ、無言の花よ。

  眼の黒い薔薇の花、おまへの死の鏡のやうな眼の黒い薔薇の花、不思議といふ事を思はせておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  純金色(じゆんきんしよく)の薔薇の花、理想の寶函(たからばこ)ともいふべき純金色の薔薇の花、おまへのお腹(なか)の鑰(かぎ)をおくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  銀色(ぎんいろ)の薔薇の花、人間の夢の香爐にも譬ふべき薔薇の花、吾等(われら)の心臟を取つて煙にしてお了ひ、僞善の花よ、無言の花よ。

  女同志(をんな)の愛を思はせる眼付(めつき)の薔薇の花よ、百合の花よりも白くて、女同志の愛を思はせる眼付の薔薇の花、處女(をとめ)に見せかけてゐるおまへの匂をおくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  茜さす額の薔薇の花、蔑まれた女(をんな)の憤怒(いきどほり)、茜さす額の薔薇の花、おまへの驕慢(けうまん)の祕密をお話し、僞善の花よ、無言の花よ。

  黄ばんだ象牙の額の薔薇の花、自分で自分を愛してゐる黄ばんだ象牙の額の薔薇の花、處女(をとめ)の夜(よる)の祕密をお話し、僞善の花よ、無言の花よ。

  血汐(ちしほ)の色の唇の薔薇の花、肉を食(くら)ふ血汐の色の唇の薔薇の花、おまへに血を所望(しよまう)されたら、はて何としよう、さあ、お飮み、僞善の花よ、無言の花よ。

  硫黄(ゆわう)の色の薔薇の花、煩惱の地獄ともいふべき硫黄の色の薔薇の花、魂(たましひ)となり焔となり、おまへが上に舞つてゐるその薪に火をおつけ、僞善の花よ、無言の花よ。

  桃の實(み)の色の薔薇の花、紅粉(こうふん)の粧(よそほひ)でつるつるした果物(くだもの)のやうな、桃の實みの色の薔薇の花、いかにも狡さうな薔薇の花、吾等の齒に毒をお塗り、僞善の花よ、無言の花よ。

  肉色の薔薇の花、慈悲の女神のやうに肉色の薔薇の花、若々(わかわか)してゐて味の無いおまへの肌の悲みに、この口を觸(さは)らせておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  葡萄のやうな薔薇の花、窖(あなぐら)と酒室(さかむろ)の花である葡萄のやうな薔薇の花、狂氣(きちがひ)の亞爾箇保兒(アルコオル)がおまへの息に跳ねてゐる、愛の狂亂を吹つかけておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

  菫色の薔薇の花、曲(こじ)けた小娘(こむすめ)の淑やかさが見える黄色の薔薇の花、おまへの眼は他(ひと)よりも大きい、僞善の花よ、無言の花よ。

  淡紅色(ときいろ)の薔薇の花、亂心地(みだれごゝち)の少女(をとめ)にみたてる淡紅色(ときいろ)の薔薇の花、綿紗(モスリン)の袍(うはぎ)とも、天(あめ)の使ともみえる拵(こしら)へもののその翼(はね)を廣げてごらん、僞善の花よ、無言の花よ。

  紙細工(かみざいく)の薔薇の花、この世にあるまじき美を巧(たくみ)にも作り上げた紙細工の薔薇の花、もしや本當(ほんたう)の花でないかえ、僞善の花よ、無言の花よ。

  曙色(あけぼのいろ)の薔薇の花、「時」の色「無(む)」の色を浮べて、獅身女面獸(スフインクス)の微笑(ほゝゑみ)を思はせる暗色(あんしよく)の薔薇の花、虚無に向つて開いた笑顏(ゑがほ)、その嘘つきの所が今に好きになりさうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  紫陽花色(あぢさゐいろ)の薔薇の花、品(ひん)の良よい、心の平凡な樂(たのしみ)ともいふべく、新基督教風(しんキリストけうふう)の薔薇の花、紫陽花色の薔薇の花、おまへを見るとイエスさまも厭になる、僞善の花よ、無言の花よ。

  佛桑花色(ぶつさうげいろ)の薔薇の花、優しくも色の褪(さ)めたところが返咲(かへりざき)の女(をんな)の不思議な愛のやうな佛桑花色(ぶつさうげいろ)の薔薇の花、おまへの刺(とげ)には斑(ふ)があつて、おまへの爪は隱れてゐる、その天鵞絨(びろうど)の足先よ、僞善の花よ、無言の花よ。

  亞麻色(あまいろ)の薔薇の花、華車(きやしや)な撫肩にひつかけた格魯謨色(クロオムいろ)の輕い塵除(ちりよけ)のやうな亞麻色(あまいろ)の牡(を)よりも強い牝(め)と見える、僞善の花よ、無言の花よ。

  香橙色(くねんぼ)いろの薔薇の花、物語に傳はつた威尼知亞女(ヱ゛ネチヤをんな)、姫御前(ひめごぜ)よ、妃(きさき)よ、香橙色の薔薇の花、おまへの葉陰の綾絹(あやぎぬ)に、虎の顎(あぎと)が眠(ね)てゐるやうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  杏色(あんずいろ)の薔薇の花、おまへの愛はのろい火で温まる杏色の薔薇の花よ、菓子をとろとろ煮てゐる火皿(ひざら)がおまへの心だ、僞善の花よ、無言の花よ。

  盃形(さかづきがた)の薔薇の花、口をつけて飮みにかかると、齒の根が浮出す盃形の薔薇の花、噛(か)まれて莞爾(につこり)、吸はれて泣きだす、僞善の花よ、無言の花よ。

  眞白(まつしろ)な薔薇の花、乳色(ちゝいろ)で、無邪氣で眞白な薔薇の花、あまりの潔白には人も驚く、僞善の花よ、無言の花よ。

  藁色(わらいろ)の薔薇の花、稜鏡(プリズム)の生硬(なま)な色にたち雜(まざ)つた黄ばんだ金剛石のやうに藁色の薔薇の花、扇のかげで心と心とをひしと合せて、芒(のぎ)の匂(にほひ)をかいでゐる僞善の花よ、無言の花よ。

  麥色の薔薇の花、括(くくり)の弛んだ重い小束(こたば)の麥色の薔薇の花、柔くなりさうでもあり、硬くもなりたさうである、僞善の花よ、無言の花よ。

  藤色(ふぢいろ)の薔薇の花、決着の惡い藤色の薔薇の花、波にあたつて枯れ凋んだが、その酸化した肌をばなるたけ高く賣らうとしてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  深紅(しんく)の色の薔薇の花、秋の夕日の豪奢(はで)やかさを思はせる深紅の色の薔薇の花、まだ世心(よごころ)のつかないのに欲を貪る者の爲添伏(そひぶし)をして身を任す貴(たふと)い供物(くもつ)、僞善の花よ、無言の花よ。

  大理石色(なめいしいろ)の薔薇の花、紅(あか)く、また淡紅(うすあか)に熟(じゆく)して今にも溶(と)けさうな大理石色の薔薇の花、おまへは極(ごく)内證(ないしよ)で花瓣(はなびら)の裏をみせてくれる、僞善の花よ、無言の花よ。

  唐金色(からかねいろ)の薔薇の花、天日(てんぴ)に乾いた捏粉(ねりこ)、唐金色の薔薇の花、どんなに利(き)れる投槍(なげやり)も、おまへの肌に當つては齒も鈍(にぶ)る、僞善の花よ、無言の花よ。

  焔の色の薔薇の花、強情な肉を溶とかす特製の坩堝(るつぼ)、焔(ほのほ)の色の薔薇の花、老耄(らうまう)した黨員の用心、僞善の花よ、無言の花よ。

  肉色の薔薇の花、さも丈夫らしい、間の拔けた薔薇の花、肉色の薔薇の花、おまへは、わたしたちに紅(あか)い弱い葡萄酒(ぶだうしゆ)を注(か)けて誘惑する、僞善の花よ、無言の花よ。

  玉蟲染(たまむしぞめ)の天鵞絨(びろうど)のやうな薔薇の花、紅(あか)と黄(き)の品格があつて、人の長(をさ)たる雅致(がち)がある玉蟲染の天鵞絨のやうな薔薇の花、成上(なりあがり)の姫たちが着る胴着(どうぎ)、似而非(えせ)道徳家もはおりさうな衣服(きもの)、僞善の花よ、無言の花よ。

  櫻綾子(さくらどんす)のやうな薔薇の花、勝ち誇つた唇の結構な氣の廣さ、櫻綾子のやうな薔薇の花、光り輝くおまへの口は、わたしどもの肌の上、その迷景(ミラアジユ)の赤い封印を押してくれる、僞善の花よ、無言の花よ。

  乙女心の薔薇の花、ああ、まだ口もきかれぬぼんやりした薄紅(うすあか)い生娘(きむすめ)、乙女心の薔薇の花、まだおまへには話がなからう、僞善の花よ、無言の花よ。

  苺(いちご)の色の薔薇の花、可笑(をか)しな罪の恥と赤面(せきめん)、苺の色の薔薇の花、おまへの上衣(うはぎ)を、ひとが揉もみくちやにした、僞善の花よ、無言の花よ。

  夕暮色(ゆふぐれいろ)の薔薇の花、愁(うれひ)に半(なかば)死んでゐる、噫(あゝ)たそがれ刻(どき)の霧、夕暮色の薔薇の花、ぐつたりした手に接吻(せつぷん)しながら、おまへは戀死(こひじに)でもしさうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  水色(みづいろ)の薔薇の花、虹色(にじいろ)の薔薇の花、怪獸(シメエル)の眼に浮ぶあやしい色、水色の薔薇の花、おまへの瞼(まぶた)を少しおあげ、怪獸(シメエル)よ、おまへは面(めん)と向つて、ぢつと眼と眼と合せるのが恐(こは)いのか、僞善の花よ、無言の花よ。

  草色(くさいろ)の薔薇の花、海の色の薔薇の花、ああ海のあやしい妖女(シレエヌ)の臍(ほぞ)、草色の薔薇の花、波に漂ふ不思議な珠玉、指が一寸(ちつと)觸(さは)ると、おまへは唯の水になつてしまふ、僞善の花よ、無言の花よ。

  紅玉(あかだま)のやうな薔薇の花、顏の黒ずんだ額(ひたひ)に咲く薔薇の花、紅玉のやうな薔薇の花、おまへは帶の締緒(しめを)の玉にすぎない、僞善の花よ、無言の花よ。

  朱(しゆ)の色の薔薇の花、羊守(も)る娘(こ)が、戀に惱んで畠(はたけ)に眠(ね)てゐる姿、羊牧(ひつじかひ)はゆきずりに匂を吸ふ、山羊(やぎ)はおまへに觸(さは)つてゆく、僞善の花よ、無言の花よ。

  墓場の薔薇の花、屍體(したい)から出た若い命(いのち)、墓場の薔薇の花、おまへはいかにも可愛(かはい)らしい、薄紅(うすあか)い、さうして美しい爛壞(らんゑ)の薫(かをり)神神(かうがう)しく、まるで生きてゐるやうだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  褐色(とびいろ)の薔薇の花、陰鬱(いんうつ)な桃花心木(たうくわしんぼく)の色、褐色の薔薇の花、免許の快樂、世智、用心、先見、おまへは、ひとの惡さうな眼つきをしてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  雛罌粟色(ひなげしいろ)の薔薇の花、雛形娘(ひながたむすめ)の飾紐(かざりひも)、雛罌粟色の薔薇の花、小さい人形(にんぎやう)のやうに立派なので兄弟(きやうだい)の玩弄(おもちや)になつてゐる、おまへは全體(ぜんたい)愚(おろか)なのか、狡(こす)いのか、僞善の花よ、無言の花よ。

  赤くてまた黒い薔薇の花、いやに矜(たかぶ)つて物隱しする薔薇の花、赤くてまた黒い薔薇の花、おまへの矜(たかぶ)りも、赤味(あかみ)も、道徳が拵(こしら)へる妥協の爲に白(しら)つちやけて了しまつた、僞善の花よ、無言の花よ。

  鈴蘭のやうな薔薇の花、アカデエモスの庭に咲く夾竹桃(けふちくたう)に絡んだ旋花(ひるがほ)、極樂の園にも亂れ咲くだらう、噫、鈴蘭のやうな薔薇の花、おまへは香(にほひ)も色もなく、洒落(しやれ)た心意氣(こゝろいき)も無い、年端(としは)もゆかぬ花だ、僞善の花よ、無言の花よ。

  罌粟色(けしいろ)の薔薇の花、藥局(やくきよく)の花、あやしい媚藥を呑んだ時の夢心地、贋の方士(はうし)が被(かぶ)る頭巾(づきん)のやうな薄紅(うすあか)い花、罌粟色の薔薇の花、馬鹿者どもの手がおまへの下衣(したぎ)の襞(ひだ)に觸(さは)つて顫(ふる)へることもある、僞善の花よ、無言の花よ。

  瓦色(かはらいろ)の薔薇の花、煙のやうな道徳の鼠繪具、瓦色の薔薇の花、おまへは寂しさうな古びた床机(しやうぎ)に這(は)ひあがつて、咲き亂れてゐる、夕方の薔薇の花、僞善の花よ、無言の花よ。

  牡丹色の薔薇の花、仰山(ぎやうさん)に植木のある花園の愼(つゝ)ましやかな誇、牡丹色の薔薇の花、風がおまへの瓣(はなびら)を飜(あふ)るのは、ほんの偶然であるのだが、それでもおまへは不滿でないらしい、僞善の花よ、無言の花よ。

  雪のやうな薔薇の花、雪の色、白鳥(はくてう)の羽(はね)の色、雪のやうな薔薇の花、おまへは雪の脆いことを知つてゐるから、よほど立派な者のほかには、その白鳥の羽を開いてみせない、僞善の花よ、無言の花よ。

  玻璃色(びいどろいろ)の薔薇の花、草間(くさま)に迸(ほとばし)る岩清水(いはしみづ)の色、玻璃色(びいどろいろ)の薔薇の花、おまへの眼を愛したばかりで、ヒュラスは死んだ、僞善の花よ、無言の花よ。

  黄玉色(トパアズいろ)の薔薇の花、忘れられてゆく傳説の姫君、黄玉色(トパアズいろ)の薔薇の花、おまへの城塞(じやうさい)は旅館となり、おまへの本丸(ほんまる)は滅んでゆく、おまへの白い手は曖昧な手振をする、僞善の花よ、無言の花よ。

  紅玉色(リユビイいろ)の薔薇の花、轎(のりもの)で練(ね)つてゆく印度(いんど)の姫君、紅玉色(リユビイいろ)の薔薇の花、けだしアケディセリルの妹君であらう、噫衰殘(すゐざん)の妹君よ、その血僅に皮に流れてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  ■(くさかんむり+見)(ひゆ)のやうに紫ばんだ薔薇の花、賢明はフロンド黨の姫君の如く、優雅はプレシウズ連(れん)の女王とも謂(いひ)つべき■(くさかんむり+見)(ひゆ)のやうに紫ばんだ薔薇の花、美しい歌を好む姫君、姫が寢室(ねべや)の帷(とばり)の上に、即興の戀歌(こひか)を、ひとが置いてゆく、僞善の花よ、無言の花よ。

  蛋白石色(オパアルいろ)の薔薇の花、後宮(こうきゆう)の香烟(かうえん)につつまれて眠(やす)む土耳古(トルコ)の皇后、蛋白石色(オパアルいろ)の薔薇の花、絶間無い撫(なで)さすりの疲(つかれ)、おまへの心はしたたかに滿足した惡徳の深い安心を知つてゐる、僞善の花よ、無言の花よ。

  紫水晶色(アメチストいろ)の薔薇の花、曉方(あけがた)の星、司教のやうな優しさ、紫水晶色(アメチストいろ)の薔薇の花、信心深い柔かな胸の上におまへは寢てゐる、おまへは瑪利亞樣(マリヤさま)に捧げた寶石だ、噫寶藏(はうざう)の珠玉、僞善の花よ、無言の花よ。

  君牧師(カルヂナル)の衣(ころも)の色、濃紅色(のうこうしよく)の薔薇の花、羅馬公教會(ろおまこうけうくわい)の血の色の薔薇の花、濃紅色の薔薇の花、おまへは愛人の大きな眼を思ひださせる、おまへを襪紐(たびどめ)の結目(むすびめ)に差すものは一人(ひとり)ばかりではあるまい、僞善の花よ、無言の花よ。

  羅馬法皇(ろおまほふわう)のやうな薔薇の花、世界を祝福する御手(みて)から播(ま)き散らし給ふ薔薇の花、羅馬法皇(ろおまほふわう)のやうな薔薇の花、その金色(こんじき)の心(しん)は銅(あかがね)づくり、その空(あだ)なる輪(りん)の上に、露と結ぶ涙は基督(クリスト)の御歎(おんなげ)き、僞善の花よ、無言の花よ、僞善の花よ、無言の花よ。

  僞善の花よ。
  無言の花よ。

(上田敏訳詩「牧羊神」より~青空文庫)