雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

「別れ」を知るや

2019-11-30 08:21:28 | 麗しの枕草子物語

          麗しの枕草子物語
               「別れ」を知るや

上の御局の御簾の前で、殿上人たちが一日中琴や笛を演奏して過ごして、燭台に火を灯す頃になっても御格子を下ろそうとなさいませんので、そのまま燭台を灯すことになってしまいました。

御局の戸も開いたままですから、琵琶を縦ざまにお持ちになられている中宮様の御姿がくっきりと見えています。
紅の御衣に洗練された袿などを幾重にもお召しになられていて、黒々と艶のある琵琶に御袖を打ち掛けて御顔を隠されているご様子は、それはそれは素晴らしい御姿でございます。その上に、私の方からは、中宮様の御額のあたりが白く輝いて見えますので、もう息が詰まるほどのあでやかさでございます。

私は、思わず上座にお座りの上臈女房に、白楽天の詩の一節をお借りして、
「『半ば隠したりけむ』と詠まれたお方でも、とても中宮様ほどのお姿ではなかったことでしょう」
と申し上げますと、その女房は、大きくうなずかれますと、他の方々を掻き分けるようにして中宮様に近づかれ、そのことをお伝えになりました。
中宮様は微笑まれて、
「少納言は、『別れ』のことを知っているのか」
と、即座に仰せになられました。
御姿ばかりでなく、まことに素晴らしい限りでございます。


(第八十九段 上の御局の・・、より)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 中曾根康弘元首相 死去 | トップ | 投手に球数制限 »

コメントを投稿

麗しの枕草子物語」カテゴリの最新記事