雅工房 作品集

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釈迦の卒塔婆 ・ 今昔物語 ( 2 - 4 )

2018-03-23 13:15:40 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          釈迦の卒塔婆 ・ 今昔物語 ( 2 - 4 )

今は昔、
仏(釈迦)はカヒン国(カピラエ国の一称。釈迦の生国)に在(マシ)まして、喩山陀羅樹(ユサンダラジュ・喩山の意味は不詳、特別なものとして使われているらしい・陀羅樹はシュロに似たヤシ科の高木。)の下にお出ましになられた。
そこに一つの卒塔婆(ソトバ・仏塔、仏跡などを示す塔。)があった。仏はこれを礼拝された。
すると、アナン(阿難)・シャリホツ(舎利弗)・カショウ(迦葉)・モクレン(目連)などの御弟子たちが、その様子を不思議に思い、仏にお尋ねした。「どういうわけがあって、仏は懇ろにこの卒塔婆を礼拝なさるのでしょうか。仏は人からこそ礼拝されるのであって、仏の他に礼拝なさるほど優れたものがあるのでしょうか」と。

仏はこれに答えてお話された。
「昔この国に大王がいた。子供がなかったので、天に授かるよう乞い、竜神に祈って願った。ほどなく、その后は懐妊して一人の男の子を生んだ。大王の妃は、この子供を養育するのに心を尽くした。この子供が十余歳になった時、父の大王が病となり、天神に祈請するも叶わなかった。医薬で以って治療するも癒えなかった。ところが、一人の薬師がやって来て、『生まれてこの方、露ほども激しい怒りを発(オコ)したことのない人の眼及び骨髄を取り出して、調合して用いれば、王の御病は即座に癒えるでしょう』と言った。
『そうとはいえ、仏の他に、激しい怒りを発さない人などいるはずがない。とても難しいことだ』と言って嘆いていると、太子(その子供)はそれを聞いて、『私こそ、未だ激しい怒りを発していない者だ』と思って、母の后に向かって、『生まれる者は必ず滅します。会った者は別れる定めです。誰がこの事から免れることができましょうか。なすことなく死に至るよりは、私はこの身を捨てて父の御命をお助けしようと思います』と申し上げた。

母の后は、この言葉を聞いて、激しく泣いて答えることが出来なかった。太子は心の内で、『孝養のために、私は命を惜しんではならない。もし惜しむ心があれば、不幸の罪を得るだろう』と思った。『たとえこの身が長命であったとしても、いずれ死を免れることはできない。死んで三悪道(地獄・餓鬼・畜生の三道)に堕ちることは疑いない。ただひたすらにこの身を捨てて、父の御命を助けて、やがて無上道(ムジョウドウ・最高の悟り)を得て、一切衆生(生あるものすべて)を救おう』と誓いを発して、密かに一人の旃陀羅(センダラ・古代インド社会を構成する四姓の枠外に置かれた最下層民。)に話を持ち掛けたが、旃陀羅は大変恐れおののいて応じなかった。しかしながら、太子はなおも孝養の心は深く、旃陀羅に厳しく命じて、五百(多くの、といった意味)の剣を与えて、自分の眼と骨髄を取り出させた。これを調合して父の王に奉った。この薬で以って治療すると、病はたちまち癒えた。

そうとはいえ、大王はこの事を知っておらず、その後になって、『太子を私の所に来させよ。久しく来ないのは、どういうわけだ』と言った。ある大臣が王に申し上げた。『太子はすでに命をお失くしになりました。ある医師が、「生まれてこの方、激しい怒りを発したことのない人の眼・骨髄を以って大王の御病を治すべし」と言いました。これの為に太子は、「生まれてこの方、激しい怒りを発したことのない者は、私こそそれにあたる。私は孝養のために身を捨てよう」と仰せられて、密かに旃陀羅に命じられて、眼と骨髄を取り出させて大王に奉りなさいました。これを以て大王の御病を治療し、すでに完治することが出来たのです』と。

大王はこれを聞き、泣き悲しむこと限りなかった。そして、しばらくして、『私は昔聞いたことがある。父を殺して王位を奪うことがあったと。しかし、未だ聞いたことがない。子供の肉塊を喰らって命を長らえたということを。悲しいかな、私はそれを知らずして、病の癒えたことを喜んでいた』と仰せになり、すぐさま太子のために喩旃(喩山)陀羅樹の下に一つの卒塔婆をお立てになられた。
その時の王は、我が父浄飯(ジョウボン)王であり、その時の太子は、この私なのだ。私の為に立ててくださった卒塔婆なので、今、やって来て礼拝するのである。この卒塔婆によって、私は正覚(ショウガク・正しく完全な悟り)を修得して、一切の衆生を教化するのである」
と、お説きになった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


* 今昔物語の中には、釈迦の父である浄飯王や、釈迦入滅に関する事は再三登場しています。それらを参考にしてしまうと、本話の浄飯王と釈迦の父子関係が分かりにくくなってしまいますが、本話で釈迦が述べているのは、遥か遠い過去世においても、二人が父と子であったことがあり、その時の出来事と考えられます。

     ☆   ☆   ☆

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