雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

救われた道祖神 ・ 今昔物語 ( 13 - 34 )

2018-12-18 09:18:30 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          救われた道祖神 ・ 今昔物語 ( 13 - 34 )

今は昔、
天王寺(四天王寺)に住む僧がいた。名を道公(ドウコウ・伝不祥)という。
長年、法華経を読誦して仏道を修業していた。常に熊野に参詣して、安居(アンゴ・僧が一定場所に集まって一定期間修業すること。日本では陰暦四月十六日より七月十五日までとされた。)を勤めていた。

ある時、熊野を出てもとの天王寺に帰ろうとして、紀伊国の美奈部郡(現在の南部町辺り。)の海辺を行くうちに日が暮れてしまった。そこで、その辺りの大きな樹の根元に宿ることにした。
真夜中の頃、馬に乗った者が二、三十騎ほどやって来て、宿っている樹の辺りまで来た。
「何者か」と思っていると、その中の一人が、「樹(ウエキ)の下の翁はおるか」と言った。すると、その樹の下から声がして、「翁はここにおります」と答えた。
道公はこれを聞いて、驚き怪しんで、「この樹の下に人がいたのか」と思っていると、また、馬に乗っている人が、「速やかに出てきてお供をせよ」と言った。また、樹の下から「今夜はお供出来ません。と申しますのは、馬の足が折れて乗れないのです。明日、馬の足を治療し、あるいは、他の馬を求めて参ります。すっかり年老いてしまい、歩いてお供することは出来ないのです」と答えがあった。
馬に乗っている人たちは、これを聞いて全員通り過ぎていった、という様子の声や物音を聞いた。

夜が明けて、道公は夜の出来事がたいそう不思議で恐ろしく、樹の根元の周りを見たが、どこにも人の気配はない。ただ、道祖神の姿を刻んだ像があるだけである。その像は古くて朽ちていて、長い年月を経ているように見える。そして、男の像だけで、女の像はない。その前に板にかかれた絵馬があり、その足の所が壊れている。
道公はそれを見て、「夜話していたのは、この道祖神が言っていたことなのだ」と思うと、いよいよ奇異に思われ、その絵馬の足の破れている所を糸で綴って、もとのように置いておいた。そして、「この結果を、今夜よく見てみよう」と思って、その日も留まって、その樹の根元にいた。
真夜中頃、昨夜のように馬の乗った人たちが大勢やって来た。すると、道祖神も馬に乗って一緒に出かけて行った。

夜明け方になって、道祖神が帰って来たらしい音が聞こえたかと思うと、年老いた翁がやって来た。誰だとは分からない。道公に向かって礼拝して、「お聖人が、昨日馬の足を治療してくださったので、この翁は公事を勤めることが出来ました。この御恩はとてもお返しできません。私は、この樹の下の道祖神です。あの馬に乗った大勢の人たちは、行疫神(エヤミノカミ・疫病をはやらせる神)であられます。国の中をめぐる時には、必ずこの翁を先導にします。もしそれに供奉しなければ、笞(ムチ)で打ち、激しく罵ります。この苦しみは、まことに堪え難いものです。それゆえ、何とかこの下劣な神の姿(卑猥な姿の道祖神であったらしい。)を棄てて、速やかに上品(ジョウボン・ここでは極楽往生できるような上級の、といった意味。)の功徳を積んだ身になりたいと思うのです。それには、お聖人のお力を借りる以外にはありません」と言った。
道公は、「申されることは結構ではありますが、とても私の力が及ぶことではありません」と答えた。
すると、道祖神はさらに、「お聖人、この樹の下にあと三日留まって、法華経を誦してくだされば、それをお聞きして私は法華のお力によって、たちまち苦しみの身を棄てて、楽しみの所に生まれるでしょう」と言うと、掻き消すように姿を消した。

道公は道祖神の言葉に従い、三日三夜その場所にいて、心をこめて法華経を誦した。
第四日目になった時、この前の翁がやって来た。そして、道公に礼拝して、「私は、お聖人のお慈悲によって、もはやこの身を離れて、尊い身を得ようとしています。いわゆる補陀落山(フダラクセン・観音菩薩が姿を現す場所で、浄土とされる。)に生まれ、観音様の眷属(ケンゾク・従者)となって、やがて菩薩の位に上るでしょう。これはひとえに、法華経を聞いたためでございます。お聖人がもしこの話が嘘か実かと知りたいとお思いであれば、草木の枝でもって小さな柴の船を造って、私の木像を乗せて、海の上に浮かべて、その様子をご覧になればよろしい」と言うと、掻き消すように消えてしまった。

その後、道公は道祖神の言葉に従って、さっそく柴の船を造り、この道祖神の像を乗せて、海辺に行き、これを海の上に浮かべて流した。すると、風もなく、波も動いていないのに、柴舟は南を指して走り去ってしまった。
道公はこれを見て、柴船が見えなくなるまで、泣きながら礼拝して帰って行った。
また、その郷に年老いた人がいたが、その人の夢に、あの樹の下の道祖神が菩薩の姿になって、光を放って照り輝き、音楽を奏して南を指して遥かに飛び去って行った、というものを見た。
道公はこの事を深く信じて、もとの寺に帰り、いよいよ法華経を誦すること怠ることがなかった。

道公が語ったことを聞いた人は、皆が尊いことだと思った、
となむ語り伝へたるとや。

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