雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

法華経ひとすじ ・ 今昔物語 ( 13 - 14 )

2018-12-18 12:55:47 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          法華経ひとすじ ・ 今昔物語 ( 13 - 14 )

今は昔、
加賀の国に翁和尚(オキナカショウ・伝不祥)という者がいた。心が正直で、永く諂曲(テンゴク・自分の心をまげて、人にこびへつらうこと)と無縁であった。日夜、寝ても覚めても法華経を読誦して余念を抱くことがなかった。俗人の姿をしていたが、所業は尊い僧と変わらなかった。それで、その国の人は彼のことを翁和尚と名付けていた。

衣食を得る手立てがなくて、人の布施に頼っているので、常に貧しいこと限りなかった。
もし、食べ物が手に入った時には、すぐに山寺に持って行き、それを食料として籠って、法華経を読誦した。食べ物がなくなると、里に出て行って住んだが、経を読むことを怠ることがなかった。
このようにして十余年が過ぎたが、その貧しさは塵ほどの貯えもなかった。持っている物といえば、ただ法華経一部だけであった。そして、山寺と里を往復して、住処も定まっていない。

このように、和尚は法華経を少しのひまもなく読誦していたが、心の中で、「私は長年法華経を信奉し奉ってきた。現世の幸せを願ってではない。ひとえに後世の菩提のためである。もしこの願いが叶うのであれば、その霊験をお示しください」と請い願った。
すると、ある時、経を誦していると、口の中から歯が一つ欠けて経文の上に落ちた。驚いて手にしてみると、歯が欠けたのではなく、一粒の仏の舎利(シャリ・火葬にした遺骨)であった。これを見て、和尚は涙を流して喜び尊んで、安置して礼拝した。その後、また経を誦している時に、前のように、口の中から舎利で出ること二度三度に及んだ。
そこで、和尚は大いに喜び、「これはひとえに、法華経読誦の力によって、私が菩提を得るべき瑞相(ズイソウ・不思議な前兆)なのだ」と知って、いよいよ怠ることなく読誦を勤めた。

こうして、ついに最期の時に臨んで、和尚は往生寺(オウジョウジ・所在不詳)という寺に行って、木の下に一人座り、身体に苦痛を覚えることなく、心を乱すこともなく、法華経を誦し続けた。命が終わる時には、寿量品の偈の終わりの「毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身」(「マイジサゼネン イカリョウシュジョウ トクニュウムジョウドウ ソクジョウジュブッシン」・・「仏は常に自ら念じている いかにして衆生を 無常の悟りの道に導き 速やかに成仏させたいものだ、と」といった意味。)という所を誦していて、心静かに世を去ったのである。
これを見聞きした人は、「この和尚は、ひとえに法華経を長年読誦してきた力によって、浄土に往生された人である」と言い合った。

されば、たとえ出家者でなくても、ただ心のおもむくままに法華経を読誦すべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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