雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

法華経の誓約に護られる ・ 今昔物語 ( 17 - 42 )

2024-10-11 08:16:04 | 今昔物語拾い読み ・ その4

   『 法華経の誓約に護られる ・ 今昔物語 ( 17 - 42 ) 』


今は昔、
但馬国の[ 欠字 ]の郡の[ 欠字 ]の郷に、一つの山寺があった。百余年が経っていたが、いつの頃からか、その寺に鬼がやって来て住みつき、久しく誰も近寄ることがなかった。

ある時、二人の僧が旅を続けていて、その寺の近くを通りかかったが、日がすっかり暮れてしまった。
僧たちは様子が分らないので、その寺に立ち寄って泊まることにした。一人の僧は年若くして法華経の信奉者であった。もう一人の僧は、年老いた修行者である。
夜になったので、東西に床(トコ・寝たり座ったりするために周囲より高くした床。)があったので、二人はそれぞれに座を取った。
真夜中になったと思われる頃、壁に穴を開ける音が聞こえ、誰かが入ってくる。たいそう臭い匂いがする。その息は、牛が吹きかける鼻息に似ている。だが、真っ暗なので、どんな姿をした者なのか分らない。
どんどん入ってきて、若い僧につかみかかった。僧は恐れおののき、心を込めて般若経を誦して、「お助け下さい」と念じた。

すると、この入ってきた者は、若い僧を棄てて、老いた僧の方に近寄った。そして、この鬼は、老いた僧に掴みかかって八つ裂きにして喰う。老僧は声を挙げて絶叫したが、助ける者とてなく、遂に喰われてしまった。
若い僧は、「老僧を喰い終われば、また自分を喰うに違いない」と思ったが、逃げる方法も思いつかないまま、仏壇に掻き登って、仏像の中に交じって、その中の一体の仏像の御腰を抱いて、仏を念じ奉り、心の中で経を誦して、「お助け下さい」と念じている間に、鬼は老僧を喰い終わり、今度は若い僧がいる所に向かってきた。
若い僧はその足音を聞くと、気も動転するばかりであったが、なおも心の中で法華経を念じ奉っていた。

その時、鬼が仏壇の前で倒れる音がした。そして、その後、何の音もしなくなった。
若い僧は、「きっと、鬼は自分の居場所を伺い知ろうとして、音をたてずに息をひそめているのだろう」と思って、ますます息を殺して、ひたすら仏像の御腰を抱き奉り、法華経を念じ奉って、夜が明けるのを待っていたが、それこそ「多くの年月を過ごす」思いで、無我夢中だった。
ようやく夜が明けたので、まず自分が抱き奉っていた仏像を見ると、毘沙門天でいらっしゃった。
仏壇の前を見ると、牛の頭をした鬼が、三つに切り殺されて倒れていた。毘沙門天がお持ちになっている鉾の先には、赤い血が付いていた。
そこで、若い僧は、「私を助けるために、毘沙門天が刺し殺して下さったのだ」と思うと、尊く感激するばかりであった。
これによりはっきり分るのである。これは法華の信奉者を加護して下さったのである。「令百由旬内 無諸衰患」(「リョウヒャクユジュンナイ ムショスイゲン・・法華経にある句で、「信奉者の周囲は、遙か遠くまで、諸々の災難がないように守護しよう」といった誓約。)とある法華経の御誓いに間違いはないのである。

その後、若い僧は人里に走って行き、この事を里人に告げると、多くの人が集まって行くと、僧が言う通りであった。
「これは不思議なことだ」と、人々は言い合った。若い僧は、涙ながらに毘沙門天を礼拝して、そこを出て行った。

その後、その国の守、[ 欠字。人名が入るが不詳。]という人がこの事を聞いて、その毘沙門天を[ 欠字あるも不詳。]奉って、京に迎え奉って、本尊として供養し敬ったという。
若い僧は、ますます法華経を誦して、怠ることがなかった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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