雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

白象に乗って現れる ・ 今昔物語 ( 17 - 41 )

2024-10-11 08:18:15 | 今昔物語拾い読み ・ その4

    『 白象に乗って現れる ・ 今昔物語 ( 17 - 41 ) 』


今は昔、
比叡山の西塔(サイトウ・東塔、横川とともに比叡山三塔の一つ。)に貞遠(ジョウオン・伝不詳。「真遠」が正しいらしい?)という僧がいた。もとは、三河国の人である。
幼少にして生国を離れ、比叡山に登って出家して受戒して後、師について法華経を学び、昼夜に読誦しているうちに、すべてを暗誦できるようになった。
彼はたいへん早口で、人が一巻誦する間に、二、三部(八巻で一部。)を誦してしまう。それで、一日に三十部も四十部も誦していた。
また、真言の秘法を学んで、毎日、修法を欠かすことがなかった。そして、三業(サンゴウ・身体、言語、心の三つから生じる罪業の総称。)を清浄に保ち、六根(ロッコン・目、耳、鼻、舌、身、意の六つの感覚器官。それらが煩悩を引き起こすとされる。)において戒律を犯すことがなかった。

こうして、成長していったが、にわかに本山を去って、生国に下り、そこにある先祖からのお堂に籠もり、「静かに後世の勤めを営もう」と思いついて、故郷に帰っていった。
ある時のこと、貞遠が用事があって馬に乗って里に出掛ける途中で、その国の国司[ 欠字。氏名が入るが不詳。]という人が、国庁の館を出て行くのに出会った。
守は貞遠を見て、馬から下りないことを咎めて、家来に命じて貞遠を引きづり落して殴らせた。そして、自分の前に連れて来させて罵倒して、「お前は何者だ。国内の者は、貴賤僧俗を問わず、みな国司に従わなくてはならないのだ。それなのにお前はどういうわけで、馬に乗ったままわしに出会うなどという無礼を致すのか」と激怒して、貞遠を自分の馬の前に追い立てて、国庁の館に連れて行き、すぐに馬小屋に閉じ込めて家来に痛めつけさせた。
貞遠は、これも我が前世の拙さゆえと観念して、心を込めて法華経を誦していた。

その夜、守の夢の中で、自分が普賢菩薩の像を白象(ビャクゾウ・普賢菩薩の乗り物。)に乗せて、馬小屋に閉じ込めた。さらに、門前に別の普賢菩薩が、やはり白象に乗って光を放ち、奥の方に向かって、前の普賢菩薩に捕らえられてひどい目に遭わされている事をお慰めしている、と見たところで、夢が覚めた。
守は大いに驚き恐れ、夜中に関わらず家来を呼んで、僧を解き放させた。そして、すぐに僧を呼んで、清らかな畳に座らせて、「聖人はどのようなお勤めをなさっているのですか」と尋ねた。
貞遠は、「私は別にこれといった勤めなどしていません。ただ、年少の時から法華経を信じて、昼夜に読誦しています」と答えた。
守はこれを聞くと、「この私は凡夫の身で、拙く愚かなるがゆえに、聖人の徳行を知らず、悩ましお苦しめしてしまいました。なにとぞ、この罪をお許し下さい」と言って、自分の見た夢のことを話した。

それから後は、守は貞遠に格別帰依し、国庁の館に招き入れて、日々の食膳を用意し衣服を与え、丁重に供養するようになった。
国内の人々も、この事を伝え聞いて、貴び敬った。
されば、たとえ僧に重い咎があっても、むやみに責めさいなむようなことをしてはならない、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 法華経の誓約に護られる ・... | トップ | 身代わりになった普賢菩薩 ... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その4」カテゴリの最新記事