雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第九十一回

2015-07-24 09:29:42 | 二条の姫君  第三章
          第三章  ( 十七 )

この日の夕暮れには、法親王がお近くまで来られていることを姫さまはお聞きになっておりましたが、出産も間近となりとてもお訪ね出来る様子ではございませんでした。
すると、夜更けてから法親王が訪ねて来られました。
姫さまは、御所さまのお話を聞いていたこともあり、噂がたっているなかの大胆な訪問にあきれられた様子でしたが、事情が分かっている二、三人以外には誰もいなかったので、お部屋にお入れになられました。

そして、昨夜来の御所さまのお話の趣旨を申し上げますと、
「とても、わがもとでは育てられないことは分かっているが、そなたのもとでも無理だということはまことに残念だ。世間には、もっと違う形もあるものを」
と、とても口惜しげでございましたが、
「御所の御計らいである以上、どうしようもあるまい」
などと、なお残念な口振りでしたが、やがて出産が間近となって参りました。

夜明けを告げる鐘の音と共にお生まれになったのは、男の子でございました。
その顔だちもまだ見分けがつかず、不憫な気がするその赤子を法親王は膝に抱いて、
「前世の因縁ゆえにこのようなことになったのであろう」
などと、止まることもなく涙を流しながら、まるで大人に話をするかのように繰り返し繰り返し語り続けられました。
時間は無常に過ぎてゆき、夜も明けゆけば、名残を残しながら法親王は帰って行きました。

生まれた赤子を、御所さまがお命じになるままにお渡しいたしましたが、その後は何の音沙汰もございませんでした。
「露が消えるようにお亡くなりになったのであろう」などという噂も聞えて参りましたが、そのこともあってか、生まれてくる父親についてのとかくの世間の噂はおさまって行ったようでございます。
御所さまの細々としたご配慮が役立ったということなのでしょうが、姫さまの御気持ちはそうそう安らかなはずがありません。
さらに、姫さまの懐妊を知っておられ、出産したらしいという噂を聞いた心ある方々からは、いろいろとお言葉や御進物が送られてくるものですから、さらに姫さまは傷つかれているご様子でございました。

お産は十一月六日のことでございましたが、その後は目に余るほど頻繁に法親王は通って参られました。
十三日の夜更け頃にも、いつものように忍んで参られましたが、御出産を知った方々からの使いなどもあり、姫さまはお部屋に入れようとはされませんでした。
しかし、法親王は、
「去年より春日大社の御神木である御榊が京に渡っておいでだったが、近いうちに春日へお帰りになるだろうと騒いでいたが、どうしたことか、『かたわら病』という病気がはやって、かかって幾日も経たないうちに亡くなってしまうと聞いていたが、私のごく身近な者までが突然亡くなったと聞いて、いつわが身も死者の中に入るかと思うと心細くなり、こうしてやってきたのだ」
と訴えられるものですから、姫さまもそれ以上拒み続けることも出来ませんでした。

     * * *

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