第三章 ( 二十 )
「見果てぬ夢」と愚痴を仰ったり、「悲しさ残る」などとお詠みになられた面影をはじめ、出雲路での憂きことを抱いた別れのままであればともかく、その後の様々な思い出は、姫さまのお心に辛く押し寄せておりました。
その夜は、村雨が降りしきっており、雲のありさまもただならぬ様子で、姫さまは暗い空を見上げて、悲しみに耐えておられました。
「そなたの空になびきたい」とあった法親王の水茎の跡は空しく文箱の底に残っていて、生前のままの彼の人の残り香は、僅かに手枕に名残をとどめているようで、これを機会にかねてから望みの道に進むことを姫さまは真剣に考えられたようでございます。
しかし、姫さまがもしそのような行動を取れば、世間の人たちがどのように噂するかと考えますと、亡き御方にどのような汚名をもたらすかと怖ろしくなり、思い止まるしかなかったのです。
すっかり明るくなった頃、
「いつもの稚児が来ました」
と姫さまに伝える声が聞こえてきました。
その声に姫さまは、自らお出ましになられますと、枯野色の直垂で雉を縫い付けた衣装がよれよれになっていて、一晩中泣いていたらしいことが一目で分かる様子でした。その稚児が泣く泣く語ることは、とても筆舌で表せるものではございませんでした。
「あの『悲しさ残る』とお詠みになった夜、着替えなさったあなた様の小袖を細かくたたまれて、いつも念誦を唱えられる床に置いておられましたが、二十四日の夕方になって肌に着られて、『荼毘に付す時にも、このままにせよ』と仰られましたのは、何と申し上げればよいのか、とても悲しゅうございました。
『これを差し上げよ』と、その時仰せでございました」
と言って、稚児が差し出したのは、榊を蒔絵とした一つの大きな文箱でした。
中には、御手紙と思われるものが入っておりました。
まるで、鳥の足跡かと思われるような、とても乱れた筆跡で文字の形にもなっていないほどでした。
「一夜の」と最初に書かれていて、「この世のままでは」とは、あて推量で読めますが、その後はその内容を推し量ることも難しく、姫さまは激しくむせび泣かれて、三途の川の水脈までも追おうとなされているかのようでございました。
『 浮き沈み三瀬川にも逢ふ瀬あらば 身を捨ててもや尋ね行かまし 』
これは、この時お詠みになられた姫さまの御歌でございます。
その大きな文箱の中には、包まれた金が一杯に入っておりました。
そして、形見とてお持ちの姫さまの小袖をお召になったまま灰になられたことや、また、五部の大乗経を荼毘の薪に積み添えられたということなど、細々と稚児は語って、直垂の左右の袖を乾いている所がないほどに泣き濡らしながら帰って行きました。
その後ろ姿をお見送りされている姫さまも、涙に前が見えないほどで、ただ茫然と立ち尽くしておられました。
* * *
「見果てぬ夢」と愚痴を仰ったり、「悲しさ残る」などとお詠みになられた面影をはじめ、出雲路での憂きことを抱いた別れのままであればともかく、その後の様々な思い出は、姫さまのお心に辛く押し寄せておりました。
その夜は、村雨が降りしきっており、雲のありさまもただならぬ様子で、姫さまは暗い空を見上げて、悲しみに耐えておられました。
「そなたの空になびきたい」とあった法親王の水茎の跡は空しく文箱の底に残っていて、生前のままの彼の人の残り香は、僅かに手枕に名残をとどめているようで、これを機会にかねてから望みの道に進むことを姫さまは真剣に考えられたようでございます。
しかし、姫さまがもしそのような行動を取れば、世間の人たちがどのように噂するかと考えますと、亡き御方にどのような汚名をもたらすかと怖ろしくなり、思い止まるしかなかったのです。
すっかり明るくなった頃、
「いつもの稚児が来ました」
と姫さまに伝える声が聞こえてきました。
その声に姫さまは、自らお出ましになられますと、枯野色の直垂で雉を縫い付けた衣装がよれよれになっていて、一晩中泣いていたらしいことが一目で分かる様子でした。その稚児が泣く泣く語ることは、とても筆舌で表せるものではございませんでした。
「あの『悲しさ残る』とお詠みになった夜、着替えなさったあなた様の小袖を細かくたたまれて、いつも念誦を唱えられる床に置いておられましたが、二十四日の夕方になって肌に着られて、『荼毘に付す時にも、このままにせよ』と仰られましたのは、何と申し上げればよいのか、とても悲しゅうございました。
『これを差し上げよ』と、その時仰せでございました」
と言って、稚児が差し出したのは、榊を蒔絵とした一つの大きな文箱でした。
中には、御手紙と思われるものが入っておりました。
まるで、鳥の足跡かと思われるような、とても乱れた筆跡で文字の形にもなっていないほどでした。
「一夜の」と最初に書かれていて、「この世のままでは」とは、あて推量で読めますが、その後はその内容を推し量ることも難しく、姫さまは激しくむせび泣かれて、三途の川の水脈までも追おうとなされているかのようでございました。
『 浮き沈み三瀬川にも逢ふ瀬あらば 身を捨ててもや尋ね行かまし 』
これは、この時お詠みになられた姫さまの御歌でございます。
その大きな文箱の中には、包まれた金が一杯に入っておりました。
そして、形見とてお持ちの姫さまの小袖をお召になったまま灰になられたことや、また、五部の大乗経を荼毘の薪に積み添えられたということなど、細々と稚児は語って、直垂の左右の袖を乾いている所がないほどに泣き濡らしながら帰って行きました。
その後ろ姿をお見送りされている姫さまも、涙に前が見えないほどで、ただ茫然と立ち尽くしておられました。
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