雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

恥づかしきもの

2014-10-20 11:00:46 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百十九段  恥づかしきもの

恥づかしきもの。
男の心のうち。
睡ざとき夜居の僧。
みそか盗人の、さるべき隈にゐて見るらむを、誰かは知らむ。暗きまぎれに、忍びて物ひき取る人もあらむかし。そはしも、同じ心に「をかし」とや思ふらむ。
     (以下割愛)


見透かされているようで油断できないもの。
男の心のうち。
目ざとい夜居の僧。
コソ泥が、どこかの物陰に身を潜めて見ているのを誰が知っていることでしょう。暗いのをいいことに、こっそりと何かを盗んでいく人もあることでしょうよ。そういうのをね、そっと見ているコソ泥は、自分と同類だと「面白く」見ていることでしょうよ。

夜居の僧は、全く油断がならない。若い女房が集まって座り、他人のうわさをして、笑ったり、悪口を言ったり、憎らしがったりするのを、一部始終聞き集めているのですから、とても油断など出来ません。
「まあ、いやね」
「騒々しいわよ」などと、中宮様のお側近くの上臈女房たちが、本気で咎めるのを聞き流して、散々しゃべりちらした挙句に、皆だらしなく寝てしまうのも、夜居の僧の思惑を考えると、とても気を許すことではありません。

男性というものは、「気に入らない嫌な女だ。じれったいし、いらいらする」と思っていても、面と向かうと、その女をうまく持ち上げて、信じ込ませるところが、実に油断なりません。
まして、情が深く、感じがよくて、世間でも評判の男性ときたら、「見え見えのお世辞だ」と思わせるような扱いはしないにきまっています。

心中ひそかに考えているだけでなく、実はすっかり、こちらの女のことはあちらの女に話し、あちらの女のことはこちらの女に話して聞かせるらしいが、当の女は、自分の立場に気がつかず、「男がこんなふうに他の女の悪口を自分に話して聞かせるのは、やはり自分が一番なのだろう」と思ってしまうのでしょう。
ですから私は、少しは自分を愛してくれる男性にめぐりあっても、「気まぐれな男性なんだろう」と目に映って、それほど気を使うこともしないのですよ。

男性が、ほんとうにいじらしくて、気の毒な、見過ごしに出来ない女性のことでも、一向に気にもとめずにいるのも、「一体どういう神経なの」と、実にあきれてしまうのです。
そのくせにね、、男性は他の男性の不実な仕打ちを非難し、口達者にまくしたてることったら、大変ですよ。それも、身内など格別頼りになるような者を持っていない女房などを誘惑して、身重になってしまっている実情を、きれいさっぱりと知らぬ顔をしている男性も、いるのですから。


「恥づかし」というのも、なかなかうまく表現できない言葉です。
もともとは、身分や才能や容姿などに優れた相手に対する、こちらの気持ちを表現する言葉です。従って、普通に「恥かしい」と意訳することもありますが、たいていは、「気後れする、気がおかれる、気づまりである」あるいは、「(こちらが恥かしくなるほど)立派だ、優れている。尊敬できる」といった意味として受け取るようです。
いずれにしても、現代の「恥ずかしい」とは微妙にニュアンスが違うようです。
ところで、この章段の大半を占めている少納言さまの男性観、なかなか興味深いですよねぇ。
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