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緑陰茶話   - みどりさんのシニアライフ -

エッセイとフォト

日々の発見と思いのあれこれなど

相貌失認

2017年12月16日 | 話題
昔から、サスペンスドラマでは、犯人の顔を見てしまった所謂「目撃者」が犯人から付け狙われるというストーリーの作品がたくさんあります。
そういうドラマを見るたびに、私は、一度チラッと見ただけの犯人の顔をいつまでも覚えているなんて、私だったらあり得ないと思っていました。

すると、この間見たテレビの「相棒」では、相貌失認という障害(?)を持った登場人物が出てきました。
相貌失認とは人の顔を覚えられない脳の認知機能障害のことなんだそうです。
恥ずかしながら、私はそういう障害があるということを「相棒」で初めて知りました。
それで気が付いたのですが、私も軽いながらも相貌失認なのではないかと・・・。

そうなんです。私、人の顔が覚えられないんです。
いやいや、私の場合、単なるアホという可能性もあるのですが。
実際の相貌失認では、知能に障害はないし、性格的に他人に冷淡だったり失礼だったりするわけでもないらしいのです。

私の場合、顔を覚えられない為のエピソードには事欠きません。
今でも覚えています。20代の頃、就職の面接を受けに行った時の事。
面接が終わって、面接官が私より先に出て行ったのには気づいていたのですが・・・。
帰りの地下鉄、何気に吊革に掴まっていると、前に座っていた人がチラチラと私を見るのです。
「? ?」という感じだったのですが、その人のネクタイに見覚えがある。
あっと思いました。
そうなんです。私、さっき面接を受けた面接官の前の吊革に、挨拶もせず、堂々と掴まっていたのです。
ネクタイの柄は覚えようとしなくても覚えられるけど、顔は覚えようとしても覚えられない・・・💦💦

その他、病院やらスーパーやら、突然、顔を知らない人から声を掛けられることは何度もありました。
同じボランティア仲間やら、我が家に出入りしている訪問看護師さんやら、でした。
普通なら、顔を覚えていて当然の人なんでしょうね。
す、すいません。顔を覚えていませんでした💦💦って感じで・・・。
近所の人達の顔も、実はうろ覚え。違う場所で会ったら、分かりません。
過去に何度も会っていても、継続的に、ある程度濃い関わりがないと、覚えられないのです。

調べてみると、相貌失認には生まれつきの場合と、事故等で頭を打ってそうなってしまう場合があるみたいです。
先天的には人口の2%がそうだということです。
重い人だと自分の顔も覚えられないんだそうです。

私の場合、覚えやすい顔と覚えにくい顔がありますね。
だいたい人を覚えるのには、体形や全体の醸し出す雰囲気で覚えたりします。
だから似たような雰囲気の人や、出会う場所が変わると全然分からなくなってしまいます。
私だけでなく相貌失認の人は、他の機能で代替して人を覚えているようです。

私が時折ブログを見させて頂く大阪城の野鳥情報を日々アップされている元山さんという方も失顔症=相貌失認だそうです。
普通の人が見てもその差異を認識できない非常に細かい違いで野鳥の識別を行う人が、もう一方で人の顔の区別がつかないなんて不思議ですが、あり得ますね。
俳優のブラッド・ピットも自分が相貌失認だと告白しています。
このことは、告白しちゃた方が、相手に、決してあなたのことを軽んじているわけではないと理解されるので良いかもしれませんね。

相貌失認のような障害があるということ、もっと社会で認知されてもいいと思います。



夏休み

2017年08月12日 | 話題
8月に入って写真教室も夏休みだし、なんだかお疲れモードでボランティアにも行かず、勝手にボランティアも夏休みです。
(文化財収蔵館は本当は忙しくて、ボランティアにはたくさん来てもらいたいとか・・・。m(__)m  )

今日、暑くて放置してある庭にキノコを発見。
いかにもキノコらしいキノコです。

上から見るとこんな感じ。

同じ種類のキノコは2本あり、1メートル少々離れて生えてました。

さっそくお味噌汁の具に、などとはさすがに考えませんでした。

キノコが生えるなんて、やはり秋なのでしょうか。

昨日は梅田で友人とランチ。
2500円という値段のわりにはパッとしない料理。
和食だったのですがお吸い物も付いてなくて、デザートもなし。

帰り際、レジ横に割引優待カードが置いてあって、それを見ると、どうみても同じ料理が、そのカードを提示すると2000円を1900円にすると。
しかも1時以降なら1700円だと。
じゃあ2500円という値段は何? 見た目では分からない違いでもあるのでしょうか。

そもそも、そのランチは友人の提案で、「夏の味めぐり」という梅田北エリアの五つのホテルの共同企画でした。
スタンプラリー形式で、五つのホテルを巡れば何か貰えるらしい。
一つ巡っても、次のホテルで飲み物が1杯だけ無料になるらしい。
どのホテルもそのランチは2500円の設定なのだけど、何を貰ったところで最初から高く設定してあるのならホテルは損せず、お客が損するわけです。
料理も2000円でも高いと思う代物。
もう二度とこの企画には乗りません。

その後、梅田のグランドビル内の喫茶店「キーフェル」に行き、ケーキセットを注文。

友人が注文したシブースト。

私が注文したレアチーズケーキ。


グランドビルからの眺めはなかなかのものでした。


それにしても毎日暑いです。
今年の夏は何もしないで過ごします。

しめはミーちゃんです。
床の間の前でお澄ましです。




淋しい話

2017年04月06日 | 話題
今、私が住んでいる家は築53年です。
両親が建てました。
お隣は、私の両親がこの家を建てる前から隣に家を建てて住んでいました。

私は途中で引っ越したりしましたが、私の両親はここでずっと住み、3年前に亡くなった母はお隣とは50年来のお隣さんでした。
その間、特に仲が良かったわけではありませんが、別にトラブルなどはありませんでした。
母が亡くなってからも、私はお隣とは顔を見れば挨拶し、柿がなれば柿を、橙がなれば橙を持っていった間柄です。

お隣にはお子さんが二人いましたが、ずいぶん前に結婚して出ていきました。
十数年前に奥さんが亡くなり、旦那さんが一人で住んでいました。
ガーデニングが趣味だったようで、庭の手入れをいつもなさっていました。
穏やかな、とても雰囲気の良い人でした。

去年の夏ごろ、そのお隣さんの姿を見かけなくなりました。
その後、子供さん(といっても50代)が何度か家に出入りしているのを見かけ、町会からはお隣には回覧板は回さなくてもよいという連絡がありました。
私は、お隣さんが入院したのか、施設に入られたのか、あるいは子供さんと同居していると思っていました。
それまでお隣さんは元気で、一人暮らしであっても介護サービスを受けている様子もなかったからです。

つい最近、私はお隣さんが去年の夏に亡くなっていたことを知りました。
お隣さんの死を長い間知らなかったことに、なんだかとても淋しい気持ちになりました。

町会報には会員の訃報が掲載されるのですが、遺族の希望だったのかお隣さんの訃報は掲載されていませんでした。
(町会には死亡による退会の連絡はあったようです。)
別の場所に住む遺族からは、50年来のお隣さんだった我が家にはなんのお知らせもなく、無人のままの家があるだけです。
自分の死を伝えないことを、亡くなった方が望んでいたのかどうか、それは分からないことです。

亡くなった母が、ご近所の一人暮らしのお年寄りが、ある日突然いなくなって、生きているのか死んでいるのかさへ分からないことの愚痴をしばしば話していたのを思い出しました。
今50代くらいの子供世代にとっては、隣人を含め親の普段の交友関係などは配慮の埒外で、亡くなっても通知をする必要がない、むしろ面倒だと思われているのかもしれません。

ただ、ずいぶん時が経ってからお隣さんの死を知ることになったお隣の私の立場からすると、ちょっと淋しすぎるのです。
今では、たいていの家が家族葬ですので、何がなんでも葬儀に出席して別れを告げたかったわけでもないのですが、何も知らないまま置いておかれた心の空白感は確かにあるのです。

最近は、自分より少し年配の方の訃報を聞くことがとても多いのです。
たとえ葬儀に出席しなくても、訃報を聞けば、長年の関わりを偲びながら、心の中でお別れすることができるのです。

私自身の親の死の時には、ご近所の方に、取り敢えずは知らせました。
家族葬でしたが、今回亡くなられたお隣さんは葬儀に来てくれました。

今、お隣さんの家の庭には、椿や花桃の花が咲き乱れています。

ご冥福を祈るばかりです。


                                    


我が家の庭の植物です。
毎年、桜が咲くころに咲くシュンラン。

上の写真は近づいて撮っていますが、普通に見ると花は葉に隠れて、しかも下を向いているので、とても地味な花なのです。
こんな感じです。


シャガです。

シャガも群落で咲いてるのを見ると見事ですが、我が家では日本水仙が邪魔して貧弱です。
今回、植えて数年経って花を咲かさなくなった水仙を抜きました。
来年のシャガに期待です。

2年前に水仙の球根セットを買って、最近咲いた水仙。

新しく生まれた園芸種で、花が面白いです。

しめは、庭をのし歩く、少しピンボケのワイルドなミーちゃんです。



作り過ぎたんだって!

2017年02月04日 | 話題
今日、近所のスーパーに買い出しに行ったら巻き寿司がすべて100円でした。
作り過ぎたんだそうです。



2本買って帰ってお昼に食べました。
二日続けての巻き寿司です。

ドラえもんの恵方巻、サーモンやマヨネーズ和えのツナが入ってました。
ご飯が少しパサついてました。

おいしかったです。

廃棄処分にするより良いですね。


親のお金

2016年10月26日 | 話題
月曜日の朝、何気にテレビをつけたら、NHKのあさイチで、シリーズ“親が心配”のお金編を放送していました。
見ていて突っ込みどころが満載でした。

三つほど、親のお金問題で困った例が挙げられていました。
一つ目は、私は途中からなので見ていなかったのですが、80代の母親がよく分からないまま投資信託を購入していて大損していた話です。

二つ目は、ある女性の話ですが、実家の親の住宅ローンが破たんして競売にかけられることになり、600万円で買い取ってほしいと親から言われた例です。
その人の父親は大企業に勤めていて、順風満帆の人生を過ごしていた筈なのに、なぜそうなったかというと三つほど理由がありました。

一つは、その女性の兄が仕事を辞めて実家に戻ったにもかかわらず、仕事をしていた時と変わらないお金の使い方を、親のお金でしたこと。
ここで、私の疑問です。親は実家に戻った無職の息子になぜ多額の金銭を渡し続けたのかということ。
普通、成人した子供が実家に戻れば、病気でもない限り、無職であっても逆に自分にかかった生活費くらい親に渡すでしょ。百歩譲っても、親のお金で散財はしないのでは?

もう一つは、母親が脳出血で倒れ多額の医療費がかかったこと。
母親は若い頃から体が弱く、医療保険に入ることができなかったとのことですが、これも高額療養費制度を利用すれば無茶苦茶に多額にならない筈。脳出血なので癌のような保険のきかない高度先進医療を受けてもいないでしょうから。
それとも、ずっと個室に入院していて差額ベッド代がかかったのでしょうか。

最後の一つは、父親の定年後の再就職先が決まっていたのですが、体が不自由になった母親の介護のために再就職できなくなったこと。
ここでの私の疑問。母親の介護のために介護保険は利用しなかったのかということ。
 
定年後の再就職の場合、会社は高年齢雇用齢継続給付制度を利用することと思います。
その場合、会社は給料を減らすために働く時間を少なくすることが多いのです。少なくとも収入が増えてしまう残業はない筈。(※会社が給料を定率以上減らさないと高年齢雇用継続給付は利用できない。給料が多いと、増えた給料分よりも、給料、給付金、年金の三つを合わせた本人の手取りが減る仕組み)
介護保険制度さへ利用していれば、介護しながら働いていても、そんなにきつくない筈なんだけど。

いずれにしても父親は住宅ローンが払えなくなり、その女性が気が付いた時には、父親は消費者金融からお金を借りていて、年金も担保に入っていたとのこと。

その女性は親がお金で困っていることは薄々気づいていたらしいのです。というのも父親から「お母さんの薬代がかさむので1万円貸してくれ」みたいな電話がしばしばあったからだそうです。
このお父さん、息子には散財させるけれど、娘にはたかるのですかって感じです。

このケースの場合、私に言わせれば本当の話なの?って感じがします。
番組では言えなかった事情があったのかもしれませんが、父親が、何か嘘をついているか、金銭管理がまったくできない人のように思えます。

三つ目のケースは、父親が認知症にかかり、母親が癌で闘病していた息子のケース。
息子は母親から預金通帳と印鑑・カードの場所を聞いていたのですが、それだけでは預金は引き出せません。カードの暗証番号か委任状が必要だったのです。

母親が入院した時、預金が引き出せなかったのですが、息子はどうしてもカードの暗証番号を闘病中の母親に聞くことができず、母親の医療費を自分が立て替え払いし続けたとのこと。
ついに母親の意識レベルが下がって朦朧状態になった時に初めて、大声で「暗証番号は?」と聞き続けたらしいのです。

このケースは私に言わせると、なぜ母親がしっかりしていた時に暗証番号を聞けなかったか分かりません。
最初に引き出せないと気付いた時に「暗証番号が分からないと引き出せなかった、今は医療費は自分が立て替えているけど暗証番号を教えてほしい」と言えばいいことです。

というわけで、見ていて突っ込みどころ満載の番組でした。

我が家の場合は、母の介護が始まると、母の方からカードと暗証番号を教えられ、必要な経費はそこから出していました。
ちなみにカードを預かって、現金を引き出すのは兄の仕事でした。
その普通預金の口座には、預けられた当初から300万円ほどあって、その上、年金が振り込まれる口座だったので常に十分にありました。

ただ困ったのは母の死後でした。

よく言われているように、人が死ぬとその人の預金口座は封鎖されます。
それは分かっていたので、母の死が近づいたと思われた時点で、私は何度も兄に葬儀代等の現金が必要になるので取り敢えず50万位引き出しておいてと頼みました。
ところが、兄はその度に「親のお金を使いこむ気か」といったような訳の分からないことを言って引き出さず、結局、葬儀社に支払う現金に困り、それこそ消費者金融を利用するしかないような破目になったのです。

どうやら兄は、母の死を想定して行動することを考えることさへ、したくなかったみたいです。

三つ目のケースの息子といい、私の兄といい、親の死とお金に関して、訳の分からない先走りした罪悪感のようなものに囚われて、自分で自分の首を絞めているのではと思えます。

ところで、我が家の場合、私が一番困って振り回されたのは、見れなかった番組の冒頭の一つ目のケースに近いことのようでした。
知らない間に親がとんでもないものにお金を使っていたというケースです。

母は、良い意味でも悪い意味でも行動的な人で、中年の頃からある宗教の熱心な信者になり、宗教活動に専念するようになりました。そこでの献金はハンパな額ではなかったと思います。
それは親のお金ですることであり子供がとやかくいうことではありません。

それとは別に様々な投資にも熱心で、結局、世の中を騒がしていた投資詐欺事件の被害者になったことがあったのです。
当時、既に母の目は不自由になっており、結局、私が付き添って被害者説明会に行くことになりました。そのような会に行くことは、私の感覚では恥以外の何物でもなかったのですが・・。

また、母が投資の為に購入していた土地の売買を巡って怪しい儲け話に巻き込まれかけたこともあり、それも私が付き添って行って、見るからにヤクザな人と話し合ったこともありました。
その時は恐さより怒りの感情の方が強かったように思います。

親のお金を親がどのように使おうが、それは子供の口出しすべきことではないのですが、犯罪がからむと厄介なのです。
おまけに犯罪か犯罪でないかの区別なんてつきません。(たとえば、私に言わせると金融機関が扱っている投資信託は合法的な詐欺みたいなものです)
母は最期まで認知症とかではなく、単に投資好き、儲け話好きの人だったので、すべては自己責任になります。

両親がすでにいない私にはもう関係ない話ですが、子供は自分に累が及ばない限り、親の金銭問題は放っておくしかないのです。
ただ、相談を受けた時は、これもまた自分に累が及ばない範囲で力を尽くすしかなかったように思います。

何よりも、日頃から相談してもらえる関係を親との間で作ることが大切だったのかもしれません。
オレオレ詐欺なんかでも同じですが、相談してもらえれば、被害を食い止めることができるからです。