風のように

ゆらり 気ままに 過ごすとき
頭の中は妄想がいっぱい
錯覚の中で生きるのが楽しみ

銀杏④

2020-02-01 02:00:30 | こころ
青年はわずかに灯りの漏れている庫裏を見つけると
「こんばんは」「こんばんは」と何度か声をかけ

玄関を軽く叩いたが返事は返ってこない
仕方なくそっと引き戸を引いて中を窺った

人の気配を感じてもう一度大きな声を張り上げた
しばらくすると「ああ、おまたせしました」と住職が現れた

うっかり境内の落葉の上で寝てしまい宿の手配をせずに
夜を迎えて困っていることを伝えると住職は

軒下を貸してくれればという青年に「あいにく今日は家内の具合が悪くて
お構いできませんが本堂で横になってください」と本堂に案内した

住職が灯してくれた本堂の隅の電灯の明かりを頼りに
青年は図多袋からおにぎりを取り出した

おにぎりは昼寝の際枕にした頭陀袋の中で押し潰されていた
前夜の宿とした百姓家のおかみさんが持たせてくれたおにぎりで

中の大粒の柔らかい梅干しも押し潰され
白い飯は柔らかい梅肉で赤く染めていた

今朝早く出発しようとする青年に「ちょっと待ってな」と
百姓家のおかみさんは目の前で羽釜からお櫃に移した白飯を

扇ぎ扇ぎ荒熱をとって握ってくれたのだった「朝御飯も食べて行き」
と羽釜に残ったお焦げを握り「これはまた旨いで」と

炊きたての味噌汁を椀によそい竈の淵に置いて
「そこに座って食べて行き!」と居間への上がり框を指差したのだった

おかみさんの顔を浮かべながら大きなおにぎりを二つ平らげた
手軽な弁当としての冷めても旨い飯のおにぎりがありがたかった

水筒に残ったお茶を二口三口飲んで
本堂の畳に寝袋を広げて青年は眠りについた


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