浄心庵・長尾弘先生「明来闇去」

 ~ 誰れもが幸せになれる御教え ~

明来闇去

2020-10-07 00:27:53 | 明来闇去

 恩師の御著書「真理を求める愚か者の独り言」より

          第二章 必要なのは正しい生命観の確立

        ◆仏壇とお墓――誤やまった生命観からの迷い◆


先の続き・・・

先祖供養を主としてやっている宗教は多くあります。
この先祖供養の究極の目的はなんでしょう。
ある宗教では、六親眷属の中から亡くなった人を
一人でも多く寄せ集めてきて拝んだら、
功徳があると言って、それに戒名をつけてもらい、
何百体という親戚縁者の亡くなった人を集めて、一生懸命に拝んでいます。
もし悟っておられる方であれば、戒名をつけようが、名前を呼ぼうが、
あの狭いお仏壇の中などには来られません。
悟ったお方は自由なのですから、高い次元の世界に通常はいらっしゃいます。
この地上界のお仏壇にとどまる必要はないはずです。
そういうものに救いを求めて来られる諸霊があるとすれば、
これは成仏できていない不成仏霊ばかりです。
そういう方々を自分の家にたくさん招かれますと、良い結果は出ません。

先祖供養の本来の目的というのは、
亡くなった方々にこの現象界から思いを離して、
魂のふるさと、天上界に帰っていただくことにほかなりません。
供物やお経や線香や燈明を献じても、それで成仏できるわけはありません。
それどころか、「ここにおれば安心だ。ここにおれば、
お経も線香供えてくれる。
ああ、長いこと放ったらかしにされていたけれど、ここにいたら安心だ」と、
かえって霊をその場所にとどめてしまって、
その結果成仏できなくしてしまいます。
執着を与える結果となります。

先祖供養は先ず己が成仏することからと心得て下さい。
私たち自身の生活態度が大切です。
何時間も念仏を唱えて拝んでいても、
一家が喧嘩ばかりで不調和な生活をしていれば、
ご先祖様はちっとも救われません。

ご先祖様に成仏していただこうとすれば、まず己れが成仏し、救われて、
その幸せな姿を見てもらうことです。
それが物質のお供えなどより、何よりの供養となります。
「ご先祖様のお陰で本当に幸せに暮らさせていただいております。
お金はたくさんありませんけれど、貧乏はしておりません。
身体もお陰様で健康でございます。
いつも感謝に満たされております」というように
ご先祖様の前で報告させていただきますと、
ああよかったと喜んでくださいます。
お墓というものに意義があるとすれば、自分がこの世に生きた、
ささやかな記念碑であればよいと思っています。

自己という一個の肉体をいただいた人間が、自らの使命に目覚め、
どれだけ多くの人々に喜んでいただいたか、
どれだけ多くの人々のために尽くせたか、
どれだけ多くの人々に神の愛を捧げたか。
昭和六年七月二十五日にこの世に生をいただき、
この世を去ってあの光の世界に帰るまでの間に、
どれだけの行いができたか、この地球の上に
どれだけの善き行いを積めたか、
それらに関しての自己への讃美の碑としたいと思っています。
お仏壇も、ご先祖様に心を向けて、そのご恩に感謝し、
今の幸福を「ご先祖様のお陰です」
と報告させていただく天上界への窓口と
思わさせていただいております。