浄心庵・長尾弘先生「明来闇去」

 ~ 誰れもが幸せになれる御教え ~

「ブッダのことば」より。

2014-08-31 02:04:30 | 日記

       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~ 

    
               第三 大なる章 

                六、サビヤ

516、全世界のうちで内面的にも外面的にも諸々の感官を修養し、
      この世とかの世とを厭い離れ、身を修めて、死ぬときの到来を願っている人、
      ―――かれは〈自己を制した人〉である。

517、あらゆる宇宙時期と輪廻と(生ある者の)生と死とを二つながら思惟弁別して、
      塵を離れ、汚れなく、清らかで、生を滅ぼしつくすに至った人、
      ―――かれを〈目覚めた人〉(ブッダ)という。」

そこで、遍歴の行者であるサビヤは、師の説かれたことをよろこび、隋喜し、心喜び、
楽しく、嬉しく、欣快の心を生じて、さらに師に質問を発した。


               ~ 感謝・合掌 ~ 


      

「ブッダのことば」より。

2014-08-30 01:11:35 | 日記

       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~ 

    
               第三 大なる章 

                六、サビヤ

513、サビヤがいった、
     「〈修行僧〉とは何ものを得た人のことをいうのですか?
     何によって〈温和な人〉となるのですか?
     どのようにしたならば、〈自己を制した人〉と呼ばれるのですか?
     どうして〈目覚めた人〉(ブッダ)と呼ばれるのですか?
     先生!おたずねしますが、
     わたくしに説明してください。」

514、師は答えた、「サビヤよ。みずから道を修して完全な安らぎに達し、
     疑いを超え、生存と哀滅とを捨て、(清らかな行いに)安立して、
     迷いの世の再生を滅ぼしつくした人、
     ―――かれが〈修行僧〉である。

515、あらゆることがらに関して平静であり、
     こころを落ち着け、全世界のうちで何ものをも害うことなく、
     流れをわたり、濁りなく、情欲の昂(たか)まり増すことのない〈道の人〉、
     ―――かれは〈温和な人〉である。


                 ~ 感謝・合掌 ~ 


             

「ブッダのことば」より。

2014-08-29 00:30:28 | 日記

         ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
               第三 大なる章 

                六、サビヤ
510、サビヤがいった、
      「疑いがあり、惑いがあるので、
      わたくしは質問しようと願って、ここへ来ました。
      わたくしのためにそれを解決してください。
      わたくしが質問したならば、順次に、適切に、
      明確に答えてください。

511、師は答えた、「サビヤよ。あなたは質問しようと願って、
      遠くからやって来ましたね。
      あなたのために、それを解決してあげましょう。
      あなたが質問したならば、
      順次に、適切に、明確に答えましょう。

512、サビヤよ。何でも心の中で思っていることを、
      わたくしに質問しなさい。
      わたくしは一つ一つ質問を解決してあげましょう。


             ~ 感謝・合掌 ~


                 

「ブッダのことば」より。

2014-08-28 05:24:40 | 日記

         ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
               第三 大なる章 

                六、サビヤ
先の続き・・・

〈道の人〉ゴータマはわたくしの発したこれらの質問に明確に答え得るであろうか。
〈道の人〉ゴータマは生年も若いし、出家したのも新しいことだからである」と。
次いで遍歴の行者サビヤはこのように考えた、
「〈道の人〉は若いからといって侮ってはならない。
軽蔑してはならない。たといかれが若い〈道の人〉であっても、かれは大神通があり、
大威力がある。さあ、わたしは〈道の人〉ゴータマのもとに赴いて、
この質問を発してみよう」と。

そこで遍歴の行者サビヤは王舎城に向かって順次に歩みを進め、王舎城の竹園林
にある栗鼠飼養所におられる尊き師(ブッダ)のもとに赴いた。
そうして、師に挨拶した。
喜ばしい、思い出の挨拶のことばを交わしたのち、かれは傍らに坐した。
それから遍歴の行者サビヤは師に詩を以って呼びかけた。―――


               ~ 感謝・合掌 ~ 


                 

「ブッダのことば」より。

2014-08-27 06:08:51 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~ 

    
               第三 大なる章 

                六、サビヤ
先の続き・・・

さらに遍歴の行者であるサビヤは次のように考えた、
「ここにおられる〈道の人〉・バラモンがたは、年老いて、
年長け、老いぼれて、年を重ね、老齢に達しているが、
長老であり、経験を積み、出家してからすでに
久しく、衆徒をひきい、団体の師であり、有名で名声あり、
教派の開祖であり、多くの人々から立派な人として崇められている。
すなわちプーラナ・カッサパからさらにナータ族の子ニガンダに至るまでの
人々であるが、かれらは、わたくしに質問されても、
満足に答えることができなかった。
満足に答えられないで、怒りと嫌悪と憂いの色をあらわにしたのみならず、
かえってそこでわたくしに反問した。


       ~ 感謝・合掌 ~ 


                 

「ブッダのことば」より。

2014-08-26 06:49:40 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~ 

    
               第三 大なる章 

                六、サビヤ

わたくしが聞いたところによると、
―――或るとき尊き師(ブッダ)は王舎城の竹園林
にある栗鼠飼養の所に住んでおられた。
そのとき遍歴の行者サビヤに、
昔の血縁者であるが(今は神となっている)一人の神が質問を発した、
―――「サビヤよ。〈道の人〉であろうとも、バラモンであろうとも、
汝が質問したときに明確に答えることのできる人がいるならば、
汝はその人のもとで清らかな行いを修めなさい」と。

そこで遍歴の行者サビヤは、その神からそれらの質問を受けて、
次の〔六師〕のもとに至って質問を発した。
すなわちプーラナ・カッサパ、マッカリ・ゴーサーラ、アジタ・ケーサカンパリ、
パクダ・カッチャーヤナ、ペッラーッティ族の子であるサンジャヤ、
ナータ族の子であるニガンダとであるが、かれらは〈道の人〉あるいはバラモンであり、
衆徒をひきい、団体の師であり、有名で名声あり、教派の開祖であり、
多くの人々から立派な人として崇められていた。
〔しかるに〕かれらは、遍歴の行者サビヤに質問されても、
満足に答えることができなかった。

そうして、怒りと嫌悪と憂いの色をあらわにしたのみならず、
かえって遍歴の行者サビヤに反問した。
そこで遍歴の行者サビヤはこのように答えた、
「これらの〈道の人〉またはバラモンであられる方々は衆徒をひきい、
団体の師であり、有名で名声あり、教派の開祖であり、
多くの人々から立派な人として崇められている。
かれら、すなわちプーラナ・カッパサからさらについに
ナータ族の子であるニガンダに至るまでの人々は、
わたしに質問されても、満足に答えることができなかった。
満足に答えることができないで、怒りと嫌悪と憂いの色をあらわにしたのみならず、
わたしに反問した。

さあ、わたくしは低く劣った状態(在俗の状態)に戻って諸々の欲望を
享楽することにしよう」と。
そのときに遍歴の行者サビヤはまたこのように答えた、
「ここにおられる〈道の人〉ゴータマもまた衆徒をひきい、団体の師であり、
有名で名声あり、教派の開祖であり、
多くの人々から立派な人として崇められている。
さあ、わたしは〈道の人〉ゴータマに近づいて、
これらの質問を発することにしよう」と。


        ~ 感謝・合掌 ~  


      

「ブッダのことば」より。

2014-08-25 01:18:40 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
               第三 大なる章 

                五、マーガ

508、(マーガがいった)、
      「誰が清らかとなり、解脱するのですか?
      誰が縛せられるのですか?
      何によってひとはみずから梵天界に至るのですか?
      聖者よ、お尋ねしますが、わたくしは知らないのですから、説いて下さい。
      尊い師は、わたくしのあかしです。
      わたくしは今梵天をまのあたりに見たのです。
      真にあなたはわれわれにとって梵天に等しいかただからです。
      光輝ある方よ。
      どうしたならば、梵天界に生まれるのでしょうが?」

509、尊き師は答えた、
      「マーガよ。三種の条件を具えた完全な祀りを実行するそのような人は、
      施与を受けるにふさわしい人々を喜ばせる。
      施しの求めに応ずる人が、このように正しく祀りを行うならば、
      梵天界に生まれる、とわたくしは説く。」

このように説かれたときに、マーガ青年は師にいった、
「すばらしいことです。ゴータマ(ブッダ)さま。
すばらしいことです。
ゴータマさま。

あたかも倒れた者を起こすように、覆われたものを開くように、
方角に迷った者に道を示すように、
あるいは『眼ある人々は色や形を見るであろう』といって
暗闇の中で灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで
真理を明らかにされました。
だから、わたくしはゴータマさまに帰依したてまつる。
また真理と修行僧のつどいとに帰依したてまつる。
ゴータマさまはわたくしを在俗者として受け入れてください。
今日からの命の続く限り帰依いたします。


               ~ 感謝・合掌 ~


         

「ブッダのことば」より。

2014-08-24 06:26:45 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~


               第三 大なる章 

                五、マーガ

505、マーガ青年が(さらにつづけて)いった、
      「この世で施しの求めに応ずる在家の施主、福徳を求め福徳をめざして
      供物をささげる人が、他人に飲食物を与えるに当たって、
      どうしたならば祀りが成功成就するかということをわたくしに説いてください。
      先生!」

506、尊き師(ブッダ)は答えた、
      「マーガよ。祀りを行え。祀り実行者はあらゆる場合に心を清からしめよ。
      祀り実行者の専心することは祀りである。
      かれはここに安立して邪悪を捨てる。

507、かれは貪欲を離れ、増悪を制し、無量の慈しみの心を起こして、
      日夜つねに怠らず、無量の(慈しみの)心をあらゆる方角にみなぎらせる。」


              ~ 感謝・合掌 ~  





「ブッダのことば」より。

2014-08-23 05:36:53 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
               第三 大なる章 

                五、マーガ

502、『これは(わたしの)最後の生存であり、
      もはや再び生を享けることはない』ということを、
      この世で如実に知っている人々がいる。
      ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
      ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

503、ヴェーダに通じ、安らかが心を楽しみ、
      落ち着いて気をつけていて、全きさとりに達し、
      多くの人々に帰依されて人々がいる。
      ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
      ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

504、(マーガがいった)、
      「実にわたしの質問はむだではありませんでいた。
      尊き師は、まさに施与を受けるにふさわしい人々のことを、
      わたくしに説いてくださいました。
      先生!あなたはこの世でこのすべてのことがらを如実に知っておられます。
      あなたはこの理法を知っておられるからです。」


               ~ 感謝・合掌 ~


     

「ブッダのことば」より。

2014-08-22 04:01:04 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
               第三 大なる章 

                五、マーガ

499、安らぎに帰して、貪欲を離れ、怒ることなく、
      この世で(生存の諸要素を)捨て去ってもはや(迷いの生存)に
      行く道のない人々がいる。
      ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
      ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

500、生と死とを捨てて余すところなく、
      あらゆる疑惑を超えた人々がいる。
      ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
      ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

501、自己を洲(よりどころ)として世間を歩み、
      無一物で、あらゆることに関して解脱いている人々がいる。
      ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
      ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。


              ~ 感謝・合掌 ~ 

    

「ブッダのことば」より。

2014-08-21 02:32:55 | 日記

       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
               第三 大なる章 

                五、マーガ

496、この世でもかの世でも、いかなる世界についても、
     移りかわる生存への妄執の存在しない人々がいる。
     ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
     ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

497、諸々の欲望を捨てて、家をなくして歩み、
     よくみずから制して、梭のように真直ぐな人々がいる。
     ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
     バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

498、貪欲を離れ、諸々の感官をよく静かにたもち、
     月がラーフの捕らわれから脱したように(捕らわれることのない)
     人々がいる。
     ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
     ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。


            ~ 感謝・合掌 ~ 


       

「ブッダのことば」より。

2014-08-20 03:59:38 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     
               第三 大なる章 

                五、マーガ

494、偽りもなく、慢心もなく、貪欲を離れ、わがものとして執することなく、
     欲望をもたぬ人々がいる。
     ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
     ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

494、実に諸々の愛執に耽らず、すでに激流を渡りおわって、
     わがものという執着なしに歩む人々がいる。
     ―――そのような人々にこそ供物をささげよ。
     ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

495、この世でもかの世でも、いかなる世界についても、
     移りかわる生存への妄執の存在しない人々がいる。
     ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
     ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。


             ~ 感謝・合掌 ~ 


     

「ブッダのことば」より。

2014-08-19 01:01:16 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~ 

    
               第三 大なる章 

                五、マーガ


491、一切の結び・縛めを断ち、みずから慎み、解脱し、苦しみなく、
      欲求のない人々がいる。
      ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
      ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

492、一切の結び・縛めから解き放たれ、みずから慎み、解脱し、苦しみなく、
      欲求のない人々がいる。
      ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
      ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。

493、貪欲と嫌悪と迷妄とを捨てて、煩悩の汚れを滅しつくし、
     清らかな行いを修めている人々がいる。
     ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
     ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。


              ~ 感謝・合掌 ~ 


     

「ブッダのことば」より。

2014-08-18 05:15:35 | 日記

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~ 

    
               第三 大なる章 

                五、マーガ

488、尊い師は答えた、「マーガよ。施しの求めに応ずる在家の施主、
     福徳をもとめ福徳をめざして供物をささげる人が、
     この世で他人に飲食物を与えるならば、
     まさに施与を受けるにふさわしい人々とともに目的を達成することになろう。」

489、マーガ青年はいった、「施しの求めに応ずる在家の施主、
     福徳をもとめて福徳をめざして供物をささげる人が、
     この世で他人に飲食物を与えるに当たって、
     〈まさに施与を受けるにふさわしい人々〉のことをわたしに説いてください。
     先生!」

490、実に執着することなく世間を歩み、自己を制した〈全き人〉がいる。
     ―――そのような人々にこそ適当な時に供物をささげよ。
     ―――バラモンが功徳を求めて祀りを行うのであるならば。


              ~ 感謝・合掌 ~ 


      

「ブッダのことば」より。

2014-08-17 06:24:38 | 日記

       ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

     

               第三 大なる章 

                五、マーガ

わたくしが聞いたところによると、
―――或る時尊き師(ブッダ)は、王舎城の〈鷲の峰〉という山におられた。
そのときマーガ青年は師のおられるところに赴いた。
そこに赴いて師に挨拶した。
喜ばしい、思い出の挨拶のことばを交わしたのち、
かれらは傍らに坐した。

そこでマーガ青年は言った、―――
「ゴータマ(ブッダ)さま。わたくしは実に、与える人、施主であり、寛仁にして、
他人からの施しの求めに応じ、正しい法によって財を求めます。
そのあとで、正しい法によって獲得して儲けた財物を、一人にも与え、二人にも与え、
三人にも与え、四人にも与え、五人にも与え、六人にも与え、七人にも与え、
八人にも与え、九人にも与え、十人にも与え、二十人にも与え、三十人にも与え、
四十人にも与え、五十人にも与え、百人にも与え、さらに多くの人にも与えます。
ゴータマさま。わたしがこのように与え、このようにささげるならば、
多くの福徳を生ずるでしょうか。」

「青年よ。実にあなたがそのように与え、そのようにささげるならば、
多くの福徳をしょうずる。
誰であろうとも、実に、与える人、施主であり、寛仁にして、施しの求めに応じ、
正しい法によって財を求め、そのあとで、法によって獲得して儲けた財物を、
一人にも与え、さらにつづいては百人にも与え、さらに多くの人にも与える人は、
多くの福徳を生ずるのである。」
そこでマーガ青年は詩を以って呼びかけた。

487、マーガ青年がいった、「袈裟を着け家なくして歩む寛仁なるゴータマさまに、
わたくしはお尋ねします。
この世で施しの求めに応ずる在家の施主、福徳をめざして供物をささげ、
他人に飲食物を与える人が、祀りを実行するときには、
何者にささげた供物が清らかとなるでしょうか。」


         ~ 感謝・合掌 ~