りなりあ

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指先の記憶 第四章-41-

2013-08-10 13:43:05 | 指先の記憶 第四章

全部、そう言われて驚いた。
「康太は、もうちょっと力を抜け。今までは大変だったと思うけど、これからは、ひとりで背負うな。」
『康太君は、もっと人に頼っていいと思う。』
杏依ちゃんと同じだった。
「俺達、そんなに信用ないか?」
『私の友達、信じてあげて。』
兄が、まるで子どものように首を横に何度も振る。
「姫野。」
松原先輩が私の前に膝立ちした。
少しだけ、私が見下ろす状況になる。
「ごめんな。ここでさ、香坂は関係なく、2人は俺の後輩だからって言えれば格好良いと思うけど。正直、俺…そこまで根性がない。」
私は小さく首を横に振るのが精一杯だった。
杏依ちゃんの名前を出した私が卑怯なのに、松原先輩は私を責めない。
「あんまり泣くと、また腫れるぞ。」
「だって…松原先輩が格好良いから。どうして杏依ちゃんは晴己お兄さまと結婚したのかな…松原先輩が優し過ぎるから、だから取られちゃうんです。」
ポトリと涙が床に落ちる。
「それだけ言えれば元気だな。」
松原先輩の手が、また少し乱暴に私の頭を撫でて、心地良いと思っていたら。
「うぎゃっ!」
背後から手が回ってきて、私の涙が止まる。
「英樹、触り過ぎ。」
「はいはい。」
松原先輩が立ち上がる。
「康太さ…これ、兄として黙認するのか。」
「別に、どうでも良いです。」
「…じゃぁ…昼、食べに行くか。」
「はい。」
そう言って、松原先輩と兄は部室を出て行った。
兄として、これは止めるべきだと思う。
「弘先輩…お弁当、食べませんか?」
「もう泣かない?」
「はい。泣きません。」
泣くと、また弘先輩が突拍子もない行動を起こしそうだ。
「哲也さんに会った?」
弘先輩の腕の中で身体を強張らせたのが答えになってしまった。
「哲也さんの前でも泣いた?」
「弘先輩。お弁当、食べませんか?」
弘先輩の腕が離れて、私はそこからゆっくりと抜け出た。

◇◇◇

授業が終わり、部活に行く前に私と兄は担任に報告をした。
教師2人は自分達のクラスの生徒が簡潔に話す家庭の事情を少し戸惑いながら聞く。
両親が離婚し、兄は母に私は父に引き取られたこと。
私に幼少時の記憶はなく、この三連休で兄の存在を知ったこと。
学校への報告は、これで充分だと思った。
そして、私達は新堂晴己の連絡先を追加する。
それが新堂晴己の出した条件だった。
でなければ、2人とも桜学園に転入させると言われた。
部活に行くと、既に松原先輩が事情を説明した後だった。
瑠璃先輩は、驚いたけれど納得したと何度も頷いていた。
部活を終えると、和穂が待っていた。
明日の授業が始まるまでに噂を広めるように、俺には出来ないことが多いから協力して欲しい。
和穂は松原先輩に、そう言われたらしい。
直接私から話せなかったことを謝ると、兄とデートさせてと、冗談を込めて言われた。

◇◇◇

母の細い身体で階段を上るのは無理だろう、そう思っていたのに、2人は車で来なかった。
会うのは兄が住む家。
離れも母屋も、そして仏壇に参ることも、母には強要できないと兄と話した。
母が会いに来てくれる、それだけで充分だった。
以前、母に会うことが出来たら、私は「おかえりなさい」そう言うと決めていた。
でも、今、母が帰る場所は、ここではない。
待っているのも落ち着かず階段を下りる。
表の門に反して、階段の下の門は長年開いたままだった。
錆付き、枳殻が絡む門は、今は綺麗になり本来の役目を取り戻している。
門の前に立ち、母達が歩いて来る道を見る。
時々立ち止まり叔父を見上げて、今にも引き返しそうな姿。
その姿に、私は両手を大きく振って自分の存在を示した。
私に気付いた母が歩く速度を少し速めてくれたことが嬉しかった。
「好美ちゃん…」
一週間前に会った時と同じように母は私を呼んだ。
兄が言うには、母は昔から私を好美ちゃんと呼んでいたらしい。
「お母さん、疲れていない?階段大丈夫?」
何度も練習した、おかあさんという言葉は、たぶん上手く言えたと思う。
「そうね…久しぶりだから…どうかしら?好美ちゃん。高校1年、よね?」
頷く私を見て、そして母は階段を見上げる。
「私ね…初めてこの階段を上ったのが高校1年の3月だったの。」
私も階段を見上げた。
「桜が満開で」
今、母の脳裏には桜が咲いているのだろう。
「その日、初めて健吾先生に会ったの。」
とても懐かしそうに、とても嬉しそうに母は微笑んだ。
「…お母さんが好きな階段の上の桜…毎年綺麗に咲いてる。」
雅司君が伝えてくれた。
私は知らなかったから、ただ毎年見上げるだけだった小さな桜の花。
「来年…見に来てくれる?えっと…オジサンと呼ぶのは失礼なくらい若々しいけど…どう呼べば良い?」
叔父を見上げて問う。
「実際にオジサンの年齢だから構わないけど。」
仕草も口調も声も、男性だった。
「そうだ。自己紹介しなきゃ。」
私は叔父の前に立つ。
「はじめまして…って事になると思うから。えっと…和歌子の娘の姫野好美です。母がいつもお世話になっています。」
そう言って一礼した。
直後、頭上から小さな笑い声。
顔を上げて叔父を睨む。
「ちょっとぉ…そこで笑う?」
「ごめんごめん。」
「そりゃ…私もお世話になっていたけれど。」
「それじゃ、僕も自己紹介。」
風貌は変わっていても、その瞳は変わらない。
私達親子を、長い間、一番近くで守ってきてくれた人。
「はじめまして。和歌子の弟の須賀雄作です。」
差し出された手の爪には、以前のようにキラキラとしたマニュキュアは塗られていない。
重ねた手を見て、そして叔父を見上げる。
きっと、ここから新しく始めることができる。
そう感じた。



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