りなりあ

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指先の記憶 第二章-40-

2009-09-24 23:40:52 | 指先の記憶 第二章

女性はポーチへと手を伸ばすが、震える指先は簡単にはポーチに触れられない。
「…あの」
私の声に、女性が体を強張らせた。
「…座りますか?」
女性は少しフラフラとしながら、私の向かい側に座った。
でも、会話などない。
時々視線をあげて私を見る彼女との時間は、とても居心地が悪かった。
このまま座り続けるつもりなのだろうか?
すぐに立ち上がれというのは酷だと思うし、勧めたのは私だけれど、具合が良くなったのなら席を移動して欲しかった。
安易に同席を勧めた事を後悔し始めた時。
「相席になるほど満席か?姫野。」
その声に私は顔を上げた。
「他にも席、空いているだろ。」
いつの間に来たのか、須賀君がテーブルの横に立っていた。
「知り合い?」
「え?」
「この人。」
須賀君の視線が、下を向いている女性を見下ろしていた。
「あのね、須賀君」
この人は具合が悪くて、そう言おうとした私の言葉を須賀君が遮った。
「席を移動してもらえば?」
とても冷たい口調に、私は言おうとした言葉を飲み込んでしまう。
そして、とても嫌な空気が漂う。
「姫野?」
「えっと…あの、ポーチを私が落としたと思ったみたいで。でも私のものじゃないし、でもなんだか具合が悪そうで座ってもらって。」
「もう大丈夫じゃないのか?」
「え?」
「具合。」
女性は下を向いていて、その顔色は私には分からない。
「あの、大丈夫ですか?立てます?病院行かなくても大丈夫ですか?」
病院まで連れて行ったほうが良いのかな?
「放って置けよ姫野。知らない相手に関わるな。」
「須賀君?」
須賀君は冷たい言葉を出し、そして店員を呼んだ。
「この人、具合が悪いみたいですけれど。俺達の知り合いじゃないから。」
店員は困ったように視線を動かした。
「大丈夫ですか?手を貸しましょうか?」
それは須賀君の声で、優しい言葉を出してくれて、私は安心した。
須賀君が女性の腕を掴む。
「…ごめんなさい。」
そう言って立ち上がった彼女の体が少し揺れる。
咄嗟に、須賀君が彼女の体を支えた。
とても小柄な人だ。
立ち上がった女性と須賀君を見て、私と須賀君が並んで立つと、こんな感じなのだろうか?そんな事を考えていた時。
「あ、あのお客様!」
店員の叫び声を無視して、その女性は走って店を飛びだした。
「安心したな姫野。随分元気そうだ。」
「そ、そうだね。」
「なにか飲んでたのか?あの人。」
「えっと、何も。」
「それなら無銭飲食じゃないんだな。」
須賀君が、はき捨てるように言う。
そして店員に注文をした。
「フルーツパフェ2つ。」
私は食べたくないのに。
「雅司にはナイショだからな。」
彼の言葉に私は何も言い返せなかった。
何がナイショなの?
この店で待ち合わせたこと?
フルーツパフェを食べる事?
知らない女性が私の前に座っていたこと?
「…須賀君。」
私の声に、窓の外を見ていた彼が視線を動かす。
目が合って、そして彼は再び窓の外を見た。
「雅司には、この店でのこと何も話すな。」
小さな声。
でも、ハッキリとした強い命令だった。
私はテーブルの上に落ちたままのポーチを見た。
これは私のものではなくて、でもあの女性は私に渡そうとしてくれた。
「姫野。早かったんだな?雅司、すぐに眠ったんだ?」
「うん。今日は早かった。響子さん来てくれたし。」
雅司君が眠ってしまった後、響子さんと2人で過ごすのが嫌で、早々にカレンさんの家を出た。
「俺も早く来れば良かったな。」
独り言のような須賀君の言葉に、どう反応すれば良いのか迷っていたら、店員がパフェを運んできてくれて、私はホッとした。
可愛い盛り付け。
甘そうで冷たそうで、私は思わず身震いをした。
そんな私に構わずに、須賀君がポーチを店員へと差し出す。
「これ、落し物…忘れ物です。」
その言葉に、私は寂しさを感じた。
そして、とても自分の体が冷たくなっていくような、妙な感覚を感じていた。



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