りなりあ

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指先の記憶 第二章-25-

2009-01-28 23:54:22 | 指先の記憶 第二章

「杏依ちゃんって変わってますよね?」
瑠璃先輩のアルバムには、杏依ちゃんの笑顔がたくさん残っていた。
「考え方とか行動とか、全然理解できないし。」
瑠璃先輩と杏依ちゃんは同じ保育園に通っていた幼馴染だということが、アルバムから分かる。
「我が侭だし勝手だし、周りの事振り回しちゃうし。なのに本人は全然気にしていないし。あれで結婚しているっていうのが、全く信じられない。」
アルバムの最後は、結婚式の写真だった。
杏依ちゃんの隣に立っている人は、彼女の“夫”だろう。
私が見た事のある雑誌の切り抜きは、とても無機質だった。
綺麗な顔だな、とは思ったけれど、この人が本当に実在するのが不思議な感じだった。
でも、アルバムの中の結婚式の写真は、写真そのものに温もりが残っているように、とても暖かそうな人だった。
指で、彼の姿を辿る。
「姫野さん。」
「は、はい?」
瑠璃先輩の声に、私は慌てて指を離した。
「杏依とは、いつから友達なの?」
「え、えっと。あ、あの。さっきのは悪口とかじゃないですよ?杏依ちゃんの事を悪く言ったつもりはなくって、だって、そのまま真実だし」
私は慌ててアルバムを閉じた。
「えーっと…真実というか」
「別にいいわよ。姫野さんの言った事、当たっているから。」
「…すみません。」
幼馴染である友人の事を、あんな風に言われたら、気分の良いものではないだろう。
「それに、姫野さんが杏依の事を嫌っているわけじゃないのは分かるから。」
「今は、そうですけれど。前は…嫌い、でしたよ。」
「え?」
私は膝の上に置いたアルバムの重さを感じながら、以前感じていた自分の心の中の黒い塊を思い出した。
「嫌いというよりも、苦手でした。」
このアルバムが正銘してくれた。
杏依ちゃんは幸せに包まれている。
「松原先輩の話題になると“香坂杏依”という同級生の名前が出ることが多くて。私は、その存在は知っていました。その人が家庭教師の人と付き合って婚約した事も。でも、私の前に現れて名前を呼ばれて」
あの夏に、施設の前で私の名前を呼んだ杏依ちゃんを思い出す。
「杏依ちゃんの雰囲気も、声も。苦手でした。」
康太君と呼んだ彼女の声が、耳から離れなかった。
「何度か会うようになって、それでも私は苦手で。」
杏依ちゃんは、いつも勝手だった。
私は受験生だったのに。
退屈だとか、クレープを食べに行こうとか。
「杏依ちゃんは私よりも年上なのに。」
「姫野さん。」
「はい?」
杏依ちゃんとクレープを食べた日の事を思い出していた私は、瑠璃先輩に呼ばれて顔を上げた。
「杏依の事、苦手なら会わなきゃ良かったのに。」
「だって…。杏依ちゃんが来てくれる事、子ども達は喜んでいたし。絵本とか紙芝居とか、杏依ちゃん上手だったし。みんなが喜ぶのに私が苦手だからって…。そりゃ…私が施設に行かなきゃ良かったかもしれないけれど、私だって子ども達に会いたかったから…。」
「し、せつ?」
瑠璃先輩が小さな言葉を発した。
「はい。施設です。あ…もしかして」
そういえば瑠璃先輩は、中学の時はサッカー部のマネージャーではなかった。
高校に入学してから須賀君は今の家に住んでいるのだから、施設の事を知らないのかもしれない。
「えぇっとですね。」
別に隠すことではないかもしれないけれど。
「そういえば聞いたことがあるわ。須賀君は中学までは弟さんと一緒に施設に住んでいたのよね。」
「そうです。で、そこに私は時々というか頻繁に遊びに行っていて、そこで杏依ちゃんに」

「え?杏依とは、そこで会ったの?」
「そ、うです。」

「杏依がその施設に通っているの?」
「最近はあまり…でも去年は、去年の夏休みは頻繁に。」
瑠璃先輩が両手をこめかみに当てて何かを考えていた。
「あのぉ…瑠璃先輩。最近、杏依ちゃんに会いました?私は連休に京都から帰ってきた日に会ったのが最後で。」
瑠璃先輩が顔を上げた。
「私も連休が最後よ。というか、姫野さんの家で会ったのが最後。」
「そう、ですか。」
「杏依に、会いたいの?」
戸惑いながら私は頷いた。